34 コウモリ娘4


 コウモリ人である彼女は腰のあたりまで飛膜という膜が繋がっている。

 そのため普通の衣服は着用出来ない。

 貫頭衣のような横の穴が大きく開けられるタイプの物を使う必要がある。

 彼女達の指は意外なほど器用なため、ヒモを結ぶ事が出来るのはせめてもの救いか。


 とはいえ、翼、というか腕の長さが災いして自分の服のヒモを結ぶのに時間が掛かってしまう。


 だから、と言って良いのか。

 いつからか、僕は彼女の世話もするようになった。

 ベッドの縁に座る彼女の後から僕は櫛を持ってベッドの上に座る。


「じゃあやるよ」

「お、おねがいします」


 翼を折り畳み縮こまる彼女の表情は見えない。


 僕は彼女の、長くなった髪に手を差し込み、櫛を入れる。

 上から下へ、引っかかっても無理に引っ張らないように、梳く。

 梳きすぎるとぺたんとなってみっともないから加減が必要だ。何時までもこの時間を味わいたいのに。


 一度、二度、梳いたら次の髪の束を手に取る。


 よく逆さになるのであまり手入れしなかったという髪は、今では僕の手により一つ上の美しさを手に入れていた。

 と、言うのは言い過ぎ、もしくは自画自賛、だろうか?


 ちらり、と横目で彼女の脇に置かれた服を見る。

 丁寧に畳まれているこの服は、彼女がタンスから出してきたものだ。


「今日は黒い気分?」

「少し寒いので……」


 僕が尋ねると、彼女は遠慮がちに応えた。


「もう少し派手でもいいのに」

「あまり目立ちたくないんです」


 何度も繰り返してきた会話だけど、不思議と飽きない。


「そうだね、あまりキミが目立って人気になっても、困る」

「そうですか?」

「キミを独占できなくなっちゃうからね」

「そうですか」


 小声で返事を返す彼女。

 背を丸め、更に縮こまっているってことは、彼女なりに恥ずかしがっているのだろう。

 うれしさも混じっているであろうことは楽しげな語調から分かる。


 全体を軽く梳いたところで僕は櫛をひとまずポケットに入れた。


「それじゃあ、着替えようか」


 過保護すぎるだろうか?


 奉仕は愛の発露だ。

 かといってやり過ぎても押しつけがましく、彼女を弱くしてしまう。


「お、お願いします」


 思考の溝に嵌まりかけていたらしい。

 動こうとしない僕に彼女がこちらを振り向いて言った。


 今は、してあげたいを大切にしようと思い、僕は彼女に頷いた。


 彼女の服は大抵、ヒモを使う。

 袖を通せないため、紐を結んで固定する必要があるからだ。


 僕は彼女の腰の辺りにある紐を引き、結び目を解く。

 ちょうちょ結びの結び目は、引けば解ける。

 四ヵ所解き、肩のところを掴んで上に持ち上げるようにして脱がした。


 彼女の脇に置いた服を取り、広げる。


「あれ?」


 見覚えのない服だ。

 広く短い袖が付いている。

 立体縫製で胸側が緩く膨らんでおり、背はファスナーで締められるようになっていた。

 脇が大きく空いているのは彼女の体の関係で仕方ないが、袖の内側はフェイクファーが取り付けられ、暖かそうだ。


「その、友達が作ってくれたんです」

「ああ、あの派手な服装の……自分で服を作っているっていう」

「ええ」


 大学で、彼女が講義室を移動するときは僕が運んでいる。

 そのため友達が出来るかどうか心配していた。

 けれど、彼女が友達といい、こんな服を作ってくれる、ということは心配は杞憂だったようだ。


「それは、お礼をしなくちゃいけないね」

「彼女、いらないって言ってましたけど……やっぱり、したほうがいいですか?」


 肩越しに僕の方を見て彼女は訊いてくる。僕は彼女に頷いた。


「他にも服を作って貰おう。それと、服の代金も払って、一緒にご飯を食べよう。他の友達も呼んでさ」


 折角の大学生活だ。

 僕とだけしか会話しないというのはもったいない。

 友達付き合いをして、一杯学んで欲しいと思う。

 少し、僕のエゴも混じっているかもしれない。

 けれど、彼女の幸せにはやはり、同棲の友達は必要だ。


「はい!」


 彼女は微笑んだ。


「さ、早く服を着よう。風邪を引いてしまう」


 僕は彼女の前に、新しい黒い服を回し、腕を取って袖を通した。

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