30 ドワーフ娘1


 僕は地下への扉を開く。


 我が家には珍しく地下室があるのだ。

 ただ、家の中庭から穴を掘っただけのもので、一応階段で降りるようになっている。

 この穴の所為で我が家の中庭に屋根を作るハメになった。

 ついでに雨の時浸水しないよう盛り土をしてある。


 階段は石を階段状に並べたものでかなりしっかりした造だ。

 これを彼女一人で作ったとは到底思えない。


 階段を降りたそこには、彼女の私室がある。

 ちゃんと客間を用意したのに。


「入るよ」


 僕は扉をノックして彼女の返事を待つ。


「どぞー」


 ぞんざいな、だけど大きな返事が聞こえた。

 また酔っているな。


 扉を開けると、彼女は土の地べたにそのまま腰を下ろし、胡座をかいていた。

 彼女の周囲には甘くて炭酸なお酒の缶が転がっている。


「また飲んで……」


 彼女は、というか彼女の種族は僕らからは考えられない程お酒に強い。

 けれど、見た目から物凄くちぐはぐな気がして、つい僕はとがめてしまう。


「いいだろ?」

 彼女は手に持っていた缶をあおり、飲み干した。

 見た目1mとちょっとしかない少女、幼女と表現したほうが良いような彼女がそうするのは物凄く変な感じがする。

 顔もまるっこく、幼いがその目は大人のもの。

 細い手足は大人でも負けないパワーを秘めている。

 この地下室も、彼女が作った。


 彼女はドワーフ。

 身長が低く力が強く、そして朗らかで酒のみの種族だ。

 違う。大酒飲みの種族だ。


「分かってる。君達はこれが普通、なんだよね」


 僕も分かってはいるのだ。

 人間としての常識が彼女を責めてしまう。


「でもね、ここはやめてくれないかな?」


 地下室はまずいんだ。


「えー、あたしらは土にかこまれてたほうが落ち着くんだけどなー」


 分かってるんだ。だが。


「君がここにいるとご近所さんや他のお客さんに誤解されるんだ。幼女を地下室に監禁してるって」


 これが一番の問題なんだ。

 中庭から入る地下室に見た目幼女な彼女を住まわせる。

 絵面がヤバい。


「気にすんな!」


 彼女はけらけらと笑いながら新しい缶を備え付けの冷蔵庫から取りだし、空ける。

 カシリと軽い音は僕の憂慮まで笑い飛ばしているように感じた。


「お前も飲め飲め。命の水だ」


 真昼間からかっくらう趣味はない。それに、


「僕は君達ほど強くはないんだ。夜にまたお邪魔するよ」


 僕はため息を吐いた。

 今日もだめだった。

 とはいえ、彼女は毎日学校に出かけるし、この明神市はほかにも亜人が沢山いる。

 そこまで悩むほどの問題ではないのは事実だ。


「まあ待ちなよぉ」


 踵を返して出て行こうとした僕の裾を彼女は掴む。


「たしか今日はもう予定ないよな?」


 たしかに予定はない。僕は予定を思い出しながら頷いた。


「ならもうちょっと話そうぜ? な? ほらこっちきて座って」


 あまり力を入れていないのか、引っ張る力は感じられない。

 前はずいぶん乱暴で、無理矢理引っ張るようだったが、どうやら直ってきたようだ。

 前は抵抗すら難しかったのだが。


 僕は少し悩み、彼女の希望を叶えることにする。


「はいはい、分かりました」


 開けっ放しだった扉を閉め、彼女を抱きかかえる。

 見た目より重い。骨や筋肉がしっかりしているのだろう。

 彼女も僕の体に腕を回してきた。


「まだ昼だから話をするだけだからね」

「分かってる、分かってるさ!」

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