13 兎娘


 ウサギ、というのは弱い生き物だ。

 ウサギの獣人も、同じく弱い。

 骨は脆く、少しの段差も飛び降りれば折れる。

 心はストレスに弱い。

 ウサギ人は誰かに依存しないと、生きてはゆけぬ、弱い存在なのだ。


 彼女もそうだ。


「せんせ、せんせ」


 僕を先生と慕う彼女は一つ下の幼馴染みだ。

 たまたま家が隣で、頼まれて家庭教師をしたこともある。

 それだけの縁だった。


「ね、せんせ、せんせ。どこいくの?」


 せわしなく身体を動かしながら僕に問いかける。

 愛らしい動きを熟知しているかのように彼女は千通りに僕にアピールする。

 それは彼女の本能からの動きだ。


「ね、ね、私もいくの?」


 自らの弱さ故に、愛玩されることで生存を獲得してきた強かな人々。

 僕はそう思う。

 彼女の母も、地元の名士である彼の愛人になることで今の生活を維持しているのだ。

 彼女もきっと、誰かに依存して生きていく。


 彼女は自身の熱を染み込ませるように身体を僕に寄せた。


「せんせ、おいてかないで?」


 彼女達皆が依存せずにはいられない。

 それを知ったのはこの間。

 そして既に手遅れだ。


 僕は僕の胸に顔を埋める彼女の頭を抱き、脅かさないよう、優しく言う。


「少しでかけるだけ。君を捨てたりしないから、安心して」


 白い彼女は日光に弱い。

 目も良くない。

 外に出して、何かあったら僕が耐えられないだろう。

 そうされてしまった。


「ほんと? ね、せんせ、ほんと?」


 柔らかい身体をふるふると震わせて、僕の目を見て問いかける彼女。

 何をそんなに怯えているのだろうか。

 分かっている。

 捨てられるのと、いなくなることが怖いのだろう。


 捨てたりできないのに、僕は彼女を心から安心させることは出来ない。

 常に何かに怯え、何かに寄り添う彼女が安心出来るのは、夜眠りに落ちた時だけなのではないだろうか?


「ほんとうだよ。さ、明日は何処かへ連れて行って上げるから」


 いくら外の環境に弱いとはいえ、彼女の身体は動くことを欲している。

 身体を動かし、めいっぱい運動して、あどけない顔で眠る。

 明るい笑顔と華奢で柔らかい身体。

 彼女達は自らの天然の魅力で、誰かを魅了してきたのだろう。


 僕もそうなのだろう。


「せんせ、せんせ。やくそくだよ? ね?」


 頭を左右に揺らしながら目を細め、口角を上げる彼女。

 自然な明るい笑みは彼女によく似合う。

 その笑顔は麻薬に近い。

 また笑って貰おうと、僕は彼女に尽くしたくなってしまう。


「できるだけ早く帰ってくるよ」


 そうすれば、また彼女の笑顔に会えるのだから。

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