第3話 自殺少女 その2

 学校に着くや否や人の多い正門はスルーして裏手の方へ行く。

 カンカンカンと足音を立て、外の階段を一段一段登っていく。

 向かう先は屋上。

 この学校はそこそこ都会の方に作られたから、横が狭く上に高いタイプの建物だ。

 おそらくすぐに死ねるだろう。

 そう思うとこの階段が天国への階段のように思えてきた。

 まぁ天国なんてものがあるかは知らないし、私がそこに行けるとも限らないのだけれども。


 上に高いタイプの建物なだけあってとても疲れた。

 普段、運動しない身にこの階数はキツいものがある。

 私は屋上のフェンスにもたれかかった。

 空が、よく見える。

 眩しいくらいに太陽が輝いていて目が痛くなる。

 珍しく雲ひとつなく、ずっと向こうまで澄んだ空が広がっている。


「……綺麗な空」


 ぽつり、と零した。

 最期に見る空としては申し分ないだろう。

 

 息が整ってきたところですくっと立ち上がる。

 フェンスを乗り越え、ギリギリのところから下を見下ろす。

 朝の忙しい時間なだけあって人の往来が激しい。

 まるで働きアリのように忙しなく動いている。

 玩具の街みたい……と言うのには周りの建物が大きすぎて言えないけれど。

 こうして振り返ってみれば、この街は駅から学校までの道しか行ったことがなかった。

 もっと色々見てみれば良かったとか一瞬思ったが、それはもう意味の無い考えだ。

 少し感傷に浸ってから、覚悟を決めて空へ一歩を踏み出す。


 しかし、私は鳥になれなかった死ねなかった


 後ろから、誰かに抱きとめられている。

 顔だけ後ろの方を振り向く。


「お前……っ!」

 

 今朝見た顔がそこにいた。


「アンタ……どうしてそんなに私の邪魔するの?

というかついてきてたの?」


 なんだか騒ぐ気力も湧かなくて、大人しく捕まえられていた。


「だって死のうとしてるやつだから心配じゃねぇか!」


「……アンタもうちの学校の人なら噂くらい聞いた事あるでしょ?

アタシいじめられてるの、安息の場所がないの、生きてて辛いの、分かる?」


 淡々と、何の感情も籠らない声で吐き捨てる。

 そう、私はいじめられている。

 自殺としてはよくある理由のひとつ。

 きっかけは何だっただろうか。

 前にいじめられていた子を庇ったとかだった気がする。

 今は助けた子にまでいじめられているのだから哀れなものだ。


「それでも……っ!

オレは、誰かが死ぬのを見たくない!」


 その言葉を聞いて、ふっと心が凍る感覚がした。


「そういうの勝手なエゴでしょ

責任のない正義感振りかざして……私のこと、本当に助けてくれたりなんてしないくせに!!!」


 声を荒らげて吐き捨てる。


「あ……」


 男は言葉を失った。

 どうせ、図星だったのだろう。


「とりあえず、離して」


「それは……できない……」


「……なら、そっち戻るから

なんかアンタのせいで萎えたし」


 それを聞いて渋々という様子で腕を離される。

 実際萎えたのは事実だったし、私はフェンスを乗り越えて階段の方へと向かった。


「……もう、邪魔しないで」


 自分でもびっくりするくらい低い声で言い捨てて、私はそのまま降りていった。


 ───次は、誰にも邪魔されないところで死のう。

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