第34話 速やかなる解決

 人でごった返す港に、妙度と水無瀬は立っていた。


 二人の周囲にいるのは浮かれた様子の客たち。家族連れがいないということは、格式高いくだんのパーティへの招待客だろう。


 港には豪華客船が聳え立っていた。この船でクルージングをしながらパーティを楽しむという趣向だ。


 真っ黒なスーツを着た水無瀬の背中を、真っ赤なドレスに身を包んだ妙度は思い切りひっぱたく。自然と曲がっていた彼の背中が伸びた。


「背筋を伸ばしなさい。お行儀よくしてれば君も色男なのだから」


 水無瀬は笑顔のまま妙度を見た。あまり意味を理解していないようだ。


「私の隣にいるにふさわしいふるまいをなさい。いいね?」


 顔を近づけて妙度は凄む。ややあって水無瀬はこくりと頷いた。


「よろしい。ではついておいで」


 ヒールを鳴らしながら妙度は歩き、ふらふらしながら水無瀬はそれについていく。タラップを踏んで二人は船上の人となったが、足元の客船はほとんど揺れることはなかった。





「一階から四階が客室とレストラン。五階に広大なパーティホール。最上階にはダンスホールまである。ふふ、成金は寄せ付けない格式があるということか」


 デッキ近くにあった案内板を見上げながら、妙度は上機嫌そうに言う。水無瀬もまたぼんやりとそれを眺めていたが、案内板から目を離さないまま、妙度へと尋ねた。


「てっぺんくんはここにいるの?」

「ああ。私のカナリアちゃんを人質に、この船のどこかにいるらしい」


 私の、と強調して妙度は言う。水無瀬はそんな彼女に視線を向けたが、何も言わずに案内板へと目を戻した。


「もちろん彼の『仲間』もいるはずさ。招待客全員が参加するパーティ会場で見定めようじゃないか」


 パーティ開始の時間は近づき、船室やデッキに散っていた参加者たちが続々とパーティホールへと集まっていく。


 やがて重い扉がバタンと閉まり、参加者たちは外界と隔絶された。


 司会者が壇上に上がり、招待客たちのざわめきが静まる。


 そして――


「きゃああああ!」



 死体が頭上から落ちてきた。



 響き渡る悲鳴をよそに、妙度都築は軽く肩をすくめた。


「おやおや、事件発生というわけだ」


 落下した死体から距離を取る人々。死体にすがって泣き出すドレスの女性。彼女を慰める男性。男はその中でひっそりと笑っていた。


 さあどうする。彼らが探偵であるのなら、この謎を解いてT様に繋がる情報にたどり着こうとするはずだ。


 T様には存分に遊べと言われている。この完全犯罪、お前たちに解けるのか――


「やれやれ。かくして謎は提示され、推理のターンに入らされるということか」


 大袈裟に首を横に振りながら、カツカツと踵を鳴らして妙度都築は死体に近づいていく。そして、死体を片足で踏みつけながら、あたりをぐるりと見回した。


「やあ、諸君。始まって早々で申し訳ないが、事件を終わらせようか」


 突然すぎる宣言に、周囲は言葉を失う。男もまた、目を見開いて彼女を凝視してしまった。


 まさか。まだ死体が一つできただけだぞ。死因も人間関係も分かっていない。それとも事前に全ての情報を仕入れていたのか……?


「水無瀬くん、君の見解は?」


 妙度はふらふらと突いてきた水無瀬片時に声をかける。水無瀬は顎に指を置いてうなった。


「んー」


 彼の何を考えているのか読み取れない笑顔が、周囲全てに向けられる。そして、彼は言い放った。


「この人たち全員犯人?」


 その場にいる全員が硬直した。男自身も、食器を持つ指に力がこもってしまう。


 唯一リラックスした様子の妙度は、気軽な口調で水無瀬に尋ねた。


「ほう、何故そう思う?」

「なんとなく?」


 さらりと返された答えは、信用に足りるものではなかった。だが誰かがそれに反応する前に、妙度は形のいい唇をにいっと歪めた。


「なんとなくか。ふふ、奇遇だね。私も同意見だ」


 言い終わるか終わらないかのタイミングで、彼女は太ももに隠されていた銃を抜き放って近くにいた男性へと向ける。


 男性はとっさに隠し持っていた銃を構え、周囲もそれにならって彼女たちに銃口を向けた。


「こらこら駄目だよ、そんなに簡単に正体を現しちゃあ」


 くっくっと妙度は笑みを深める。


「ただのブラフかもしれないのに」


 しまった、嵌めれらた……!


「まあ理由は一応あるよ」


 右手で銃を構えたまま、彼女は左手の指を一本立てた。


「君たちは全員、私たちを最初から事件の中心に据えた動きをしたね? ひそかに私たちに目を向け、足を動かし、私たちに道を空けた。まるで、私たちがこの事件の当事者かのように」


 盲点を突かれ、周囲の全員――Tの『仲間』たちに緊張が走る。


「無意識の行動かもしれないが、それゆえに根拠たりえるものだ。詰めが甘いぞ、諸君?」


 成績の良くない生徒をからかうように、妙度はパチンとウインクをした。


 それがきっかけだった。


「囲め!」


 男の号令に従って、妙度と水無瀬は包囲される。


「水無瀬くん。ちょっと机の陰にでも隠れておきなさい」


 言いながら妙度は丸テーブルを片手でひっくり返す。水無瀬はあわあわとその後ろにうずくまった。


「かかっておいで。お姉さんが遊んであげよう」

「撃てッ!」


 数秒後に男が見たのは悪夢だった。


 発砲音。四方八方から飛び交う銃弾。妙度は体を少し引いただけでそれを避け、標的を失った銃弾は、向かい側にいた『仲間』へと命中する。『仲間』たちはうめきながら地面に転がった。


「フレンドリーファイアというやつを知らないのかい? 素人が向かい合って対象を包囲するものじゃないよ」


 倒れ伏した『仲間』の手からひょいひょいっと武器を拾い上げ、進行方向にいた『仲間』の体をためらいなく撃ち、妙度はさっさと扉へと向かった。


「行くよ、水無瀬くん。もうちょっとやりやすい場所に移動しよう」


 水無瀬は笑顔のままふらふらとそれについていく。男はそれを見送ってしまいながら、無傷だった『仲間』に指示を出した。





 男が二人に追いついたのは、パーティホールからほど近く、階段付近の曲がり角だった。


 角を曲がった二人を追いかけて、男は握り込んだ噴射装置を妙度と水無瀬に向けた。


「動くな!」


 二人は半分だけ振り返った状態で動きを止めた。男は震える指で装置を握り込みながら、歪んだ笑いを浮かべた。


「毒ガスだ。一歩でも動けばここでばらまいて――」


 銃声が三発。男と一緒にやってきていた三人の『仲間』が次々に倒れる。


「な、なんで……」


 一歩後ずさる男に、妙度は正面から歩み寄り、装置を持つ手首をつかんだ。


「毒ガスと言ったね? 実はこれ、この前のお祭りのために私が調達したものでね。致死量は把握してるつもりだよ」


 ぎりぎりと手首を握り締められ、男は思わず装置を取り落とす。


「結論から言えば、これには人を殺せるほどの威力はない」


 妙度は足元に落ちた装置を、固いヒールで踏み壊した。バキッと音がして、装置は破壊される。男はぽかんと口を開けた後、すぐにもう片方の手でスマホを取り出し、画面をタップした。


 ズズン、と船は揺れ、遠くで爆発音らしきものが響く。


「爆弾……ああ、皐月くんの余り物か」


 眉を顰める妙度に、男は勝ち誇った表情を向けた。


「残念だったな筋肉女。流石のお前も爆弾には勝てないだろう」


 彼女は男の手首を解放する。男はふらふらと距離を取った。


「同じ爆弾が残り三個、船内に仕掛けられている。全て爆発すれば沈没は免れないな」

「ほう、集団自殺というやつか。それは大変だね」


 他人事のようにそう言った後、妙度は男に首をかしげてみせた。


「ところで頂上葉佩くんはどこだい? 私たち、彼に用があるのだけど」


 男はくっくっと喉の奥で笑う。


「俺たちはT様の情報を漏らさない。T様は目的を遂げられ、爆弾は作動し、この船は沈む。この謎はお前たちには解けない。それだけだ」

「……謎?」


 妙度はぷっと噴き出すと、こらえきれないといった様子で腹を抱えて笑い出した。


「あっはははは! 謎! 謎ときたか!」


 その不気味さに男は足を震わせながら、一歩後ずさった。


「な、何がおかしい」

「おかしいとも。ああ、お前は私たちを誤解している」


 彼女は笑いを収め、男へと一歩を踏み出した。


「私はもう探偵ではなく、水無瀬くんももう刑事ではない。だったら取る手段は一つだろう?」


 太ももに隠されていた工具を取り出し、妙度はにこりと笑う。


「実力行使といこうか。なあに、ちょっと痛い思いをするだけさ」

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