第28話 探偵の流儀

 ちんちくりんな正装に身を包んだ私は、繁華街の裏路地にあるドアにやってきました。ドアの前では、屈強な男が怪訝そうに私を見下ろしてきます。


 帰りたいなあ。帰りたいけど頑張らないとなあ。


 私は自分のポケットからコインを取り出して彼に見せました。


『妙度さんの紹介だ。入れろ』


 男性はコインと私を何度も見比べ、しぶしぶ道を開けました。まったく、この見た目だとこういうところで手間取るのが面倒です。


 ドアの向こう側には地下へと下る階段が。それを降りると、ディーラーがトランプを配り、ルーレットに玉を落とす光景が広がります。俗にいう違法カジノというやつです。


 足音荒く店の奥に進みます。本当はこそこそ歩いていきたいところなのですが、こういう場所では堂々としていないとなめられてしまうのです。妙度さんとここに来た時に、一度それで痛い目にあったので間違いありません。


『いるか、情報屋』

「あれぇ、カナリアちゃんじゃないか」


 妙度さんが使う私の愛称を呼ばれ、露骨に顔をしかめてしまいます。由来が由来なのであんまり呼ばれたくないんですよねえ。


『情報をよこせ』

「ふむ、ほほう。情報ね」


 情報屋さんは整えられたあごひげを何度かさすってニヤリと笑いました。


「で、情報の対価に君は何を差し出す? 見たところ、金目のものは持っていないようだが」


 やっぱりそう来ますよね。ですが、こちらにも備えがあるのです。


『そんなものは気にする必要がない』

「ほう?」

『妙度さんは一週間後、この東京を地獄に変えるそうだ』


 彼は軽く目を見開きました。


「……それは比喩ではなくか?」

『妙度さんは本気で言っていた』


 情報屋さんは口を何度かパクパクさせました。ここです。ここで押し切りましょう。


『東京がなくなればお前の仕事もパイプも全部なくなるんじゃないのか?』


 私たちの間に沈黙が満ちました。情報屋さんは考え込んでいるようです。やがて彼は顎から手を離し、大きくため息をつきました。


「……まったく、君たち師弟ときたら、そういうところばっかり似やがって」


 失礼ですね。妙度さんは周囲をけむに巻く天才ですが、私はただ事実を述べたまでです。


「何が知りたいんだ。妙度の居場所は俺にもわからないぞ」

『簡単なことだ』


 私は情報屋さんに近づき、用件をぼそぼそと伝えました。彼は目を見張って私を見た後、その意図に気付いたのか苦笑いをしました。


「それなら三日もあれば調べられるな」

『頼んだ』


 それだけを言い残すと、私はさっさとカジノを後にしました。


 さて、これで私の仕事はおしまいです。ここから先は他の方々のお仕事。私はそれのおいしいところだけを頂戴していくとしましょう。





 四日後、約束の日。

 私は自分の事務所で悠々と座っていました。


 ここまでは順調です。あとは運がこちらに向くのを待つまでですが――


 手持ち無沙汰にスマホをポチポチいじっていると、急に画面が切り替わり、本体が振動し始めました。着信です。相手は、妙度さんです。


 私は迷いなく電話を取り、スピーカーを耳元に当てました。


『もしもし』

「やあ私だよ、妙度都築だ」


 明るい声で妙度さんは言います。後ろの音から考えるに、どうやらどこかの屋上にいるようです。


「結局私を止めることはできなかったね。残念だよカナリアちゃん」


 ふふんと笑いながら妙度さんは宣告しました。しかし、それは間違いです。


『いいえ、私はあなたを止めることに成功しました』


 こうして彼女が私に電話をかけてきた時点で、私の勝利は確定なのです。もし気づかれなければそれで終わりでしたから。


「へぇ? どうして私が止められると?」


 妙度さんは余裕たっぷりに尋ねてきました。私は大きく息を吸い込んで言います。


『あなたが何をたくらもうと、どこで何をしようとしていようと、そんなことは問題ではないんです』

「ほう?」


 彼女の声に嬉しそうな色が混じりました。楽しんでいますね、この状況を。


 私は頭が痛くなるのをこらえて、つとめて冷静に言いました。


『妙度さん。あなたへの報酬である宝石の取引口を押さえました』


 彼女は沈黙しました。言葉を失っているようです。私はたたみかけました。


『直近で大きな取引がある貴金属の情報を集めて突き止めました。今頃、水無瀬が組織ごとぐちゃぐちゃにしているはずです。つまり、あなたへの報酬は今この瞬間、ゼロになったわけです』


 妙度さんの後ろでびょうっと風が吹き抜けました。私はトドメに宣告します。


『私の知る妙度さんは、報酬が出ない仕事なんてしません』


 そう。探偵というものはこそこそと探し回るのが仕事です。基本的には事件を解くのではなく、あらゆる方法で情報を集めて、それを活用するだけ。


 ならば、探偵の戦い方というのは事件を解決するのではなく、事件を起こさせないことにつきるでしょう。


 まあ、それも今回の敵である妙度さんの教えなのですが。


 ですがどうでしょう。この論理は通じるでしょうか。今更になって不安になってドキドキと心臓が跳ねまわります。


 そんな私の緊張を吹き飛ばすように、妙度さんはふふっと小さく噴き出し、やがて声を上げて笑い始めました。


「アッハッハ! いやあ、負けだ! 完敗だよカナリアちゃん!」


 どうやら腹を抱えて笑っているようです。お気に召した答えだったみたいで何よりです。私は安堵で大きく息を吐き出しました。


『もうこんなことしないでくださいよ? すっごく怖かったんですから』

「ふふ、いいとも。私は頂上葉佩にこれ以上助力することをしないと約束しよう」


 妙度さんはこれ以上なく上機嫌です。仮にも弟子らしき私が予想以上の働きをしてくれたのが嬉しいのかもしれません。はた迷惑なことこの上ないですが。


 はぁ、よかった。死にたくないですし、こうして頑張った甲斐がありました。


 私はまた大きく息を吐いた後、ふと気になったことを口に出しました。


『ところで一つ聞いてもいいですか』

「なんだい?」

『テロって何をするつもりだったんですか』


 妙度さんはふふっと妖艶な声で笑うと、そのまま通話を切ってしまいました。


 怖っ。


 ああいやだ。もう二度とやりあいたくないです。どこか私の知らないところで平穏無事に暮らしてほしいものですね。

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