第24話 爆走!軽自動車!
「お嬢ちゃん、一人でお見舞いかい? 偉いねえ」
四角くて清潔な建物の前で、おばあさんに絡まれました。うぐぐ、水無瀬がどこかにふらふら行ってしまったせいでこのざまです。
でも彼女としては善意でおしゃべりをしているつもりなのでしょう。こういう人には強く出られません。というかもう帰りたいです。
おばあさんの迎えが来るまでの数分間私は耐え続け、やっと解放されたと同時に建物の中に逃げ込みました。
建物の入り口に書いてある名前は、風用大学病院。爆弾魔、皐月月斗が爆弾をしかけた場所です。
水無瀬を探して病院を進んでいくと、彼は病院の中庭でしゃがみこんでいました。
『ここに爆弾があるのか』
水無瀬の横に近づいてパペットを動かします。しかし水無瀬はすぐに振り向きませんでした。
『おい、聞いているのか水無……』
「バンビさん、見て見て! ネコ!」
『は?』
そこには水無瀬に地面に押し付けられて動きを封じられている黒猫の姿がありました。
コラッ! 動物愛護団体に怒られますよ!
こんなことをしている場合ではありません。さっさと爆弾を見つけてさっさとおうちに帰りましょう。
馬鹿の腕を引いて猫を解放してあげようとしたその時、猫の首輪から声が響いてきました。
『こんなに早く見つかるとは思っていなかったよ』
ヴァッ!?
『ハジメマシテ、人でなし青年。俺は皐月。爆弾魔さ』
「ん? こんにちはー」
ノリノリの皐月さんを無視して、水無瀬はリラックスしきった声で答えています。皐月さんは一瞬言葉に詰まったようでした。分かります。この馬鹿と会話すると、あらゆる人間は一度言葉を失うのです。
『ま、まあいい。君たちが持っているその猫なんだがね、そいつの首輪には爆弾がしかけてある』
え? それは俗に言う、動物虐待というやつでは?
『威力はその中庭を吹っ飛ばせるぐらいさ。つまり君たちはその猫の爆弾をどうにかしなければ死んでしまうわけだ』
ええ、猫と心中するの嫌なんですけど……。もうこのネコを郊外にでも捨てて爆破させたりするのじゃいけませんかね。
『ちなみに君たちがその猫を爆破処理しようとしたら、その場で爆発させるからな。もちろん警察に連絡するのもなしだ』
チィッ! 心を読まれました!
『君たちとその猫は一蓮托生の仲ということだ』
え、嫌だ……。
『爆破されたくなければ今から言う場所にネコを連れていくことだな』
私は水無瀬を見て、それから地面に押さえ込まれている猫を見ました。周囲に人はいるにはいますが、この口ぶりだとどうやら彼は私たちを見張っているようです。
……ここは言うことを聞くしかないようです。
『どこに行けばいい』
見えない相手ですが、癖でパペットを動かして尋ねてしまいます。皐月さんは小さく笑ったようでした。
『病院裏に行け。そこに止めてある赤の軽自動車に乗るんだ』
しゃがみこんでいた私が立ち上がると、水無瀬はきょとんと私の顔を見上げてきました。……どうやら話を聞いていなかったようです。
『行くぞ、馬鹿水無瀬。その猫を連れてこい』
「え? あ、はーい」
水無瀬はそのまま立ち上がり、猫のわきの下に手を入れて持ち上げました。猫の体がびろんと伸びます。
『……ちゃんと抱えろ』
「ん、分かった!」
そう返事をすると水無瀬は、猫のわきの下に腕を回して持ち上げました。
違う、そうじゃない。
……まあでもいいか。面倒だし。
異様なものを見る目を向けられながら、私たちは病院の裏に回ります。そこには犯人さんが言う通り、かぎが刺さりっぱなしになった軽自動車がありました。
私が迷わず運転席に乗り込むと、水無瀬は目に見えて動揺したようでした。珍しい。
「えっ、バ、バンビさんが運転するの?」
『お前は免許持ってないだろう』
「でも、えっ」
『うるさい。さっさと猫と一緒に後ろに乗れ』
私がにらみつけてやると、水無瀬はしょんぼりした顔で後部座席に乗り込みました。
『助手席に地図があるだろう。そこを目指してもらおうか』
猫の首輪から偉そうに皐月さんの声がします。私は助手席の地図を確認しました。ふむ。飛ばせばここから三十分ぐらいのところです。
私はパペットを外し、ハンドルを握りました。座席が低かったので、私の座高に調整します。
「シートベルトはしたな?」
「う、うん……」
バックミラーごしに確認すると、水無瀬は猫を抱えたまま青くなっているようでした。どうしたというのでしょう。私がじきじきにドライビングテクを披露してあげようというのに。
私はギアをドライブに入れ、軽自動車を急発進させました。後ろからうひゃあっとか情けない声が響きます。
裏路地から大通りに飛び出てハンドルを左に切ります。左右確認? しましたよ。瞬時にですが。
さて、運転というのは久しぶりです。教習所で習ってから数回しか乗っていないですが、まあなんとかなるでしょう。現にこの車は私の手足のように動いているのですから。
制限速度を二十キロオーバーして私は大通りを走り抜けます。周囲の車は私に恐れをなして道を譲ってくれているようです。優しい。
「バっ、バンビさん! 後ろ!」
悲鳴に近い水無瀬の声に、バックミラーを見ます。いつのまにか数台のパトカーが私の車を追いかけていました。
え? 私たちが追われる理由などないはずですが?
『君たちの乗っている車を強盗犯として手配した』
猫の首輪から声が響きます。
え? なんですって? 彼らは私たちを強盗犯だと思っているってことですか?
皐月さんは首輪の向こう側から、私たちをせせら笑いました。
『もちろん彼らにつかまっても猫は爆破だ。せいぜいドライブを楽しむといいさ』
そう言い残すと、皐月さんは通信を切ったようでした。私は軽く息を吐き出します。
いいでしょう。ちょうど興が乗ってきたところです。その挑戦、受けて立とうじゃないですか。
「水無瀬」
「ひゃい!」
「しっかり捕まっていろよ!」
「ひえぁああ!?」
答えを聞く前にギアを切り替え、急ハンドルを切ってアクセルをベタ踏みします。ふふ、流れていく景色が気持ちいいです。
「こっ、この車、軽自動車だよね!? なんでこんなに爆走できるの!」
「なんだ知らないのか、水無瀬」
ハンドルを、手袋をした指で軽くたたいてから、ふふんと鼻を鳴らします。
「車はな、アクセルを踏めば速くなるんだ」
背後ではパトカーがサイレンを鳴らし始めたところでした。ですが、他の車がパトカーに道を譲るよりも早く、私の車は車間をすり抜けて爆走していきます。
ふふふ、まるで全能の神になったようですね。これだから運転はやめられません。
私たちの乗る軽自動車は都内を駆け抜け、ちょっとした山がある方面へと抜けました。目的地はこの山の中腹のようです。
山道のカーブをドリフトしながら曲がり、地図に指定された小屋の前に、車を停車させました。
ふむ。臆病者センサーによれば、辺りには人の気配はないようです。ということは、爆弾魔はここには潜伏していない、と。
後部座席から猫を抱えた水無瀬が下りてきました。冷や汗をぬぐっています。
「いやー危なかったねー、あとちょっとで僕たち……」
聞くに堪えない音が響きました。水無瀬が草むらに嘔吐しているようです。おや、猫もグロッキーになってふらついていますね。
あれしきのドライブで酔うだなんて、三半規管弱すぎでは?
よいしょ、と猫を抱え上げて、私は小屋に向かい合いました。
『行くぞ、水無瀬』
「ま、待って……ちょっとだけ待っ……」
言い終わらないうちに聞くに堪えない音、第二弾。
仕方ないですねえ。本当に事件を壊す以外、水無瀬は無能なんですから。
ほんの数分待った後、ふらふらの水無瀬を連れて私は小屋の中に突入しました。
全身がぴりぴりします。人の気配はありませんが、何かよからぬ仕掛けはありそうですね。
小屋の真ん中には机が一つありました。その中央に置かれたスピーカーから、男の声が響きます。
『おめでとう。そこにあるのが猫爆弾の解除のカギだ』
爆弾魔、皐月月斗ですね。きっとスピーカーの向こうではドヤ顔をしていることでしょう。
とにかくカギをもらったなら、さっさと解除してしまいましょう。私はスピーカーの近くに置いてあったカギを猫の首輪へと差し込んで開錠しました。
かちゃりと音を立ててあっさりカギは開きました。戒めから解放された猫はぴゅーっと逃げていきました。よかったですね、生き延びられて。
『ハハハ、運がよかったじゃないか。俺としてはお前らが派手に爆発するのを見たかったんだがな』
『そうだなラッキーだ。で、お前はどこにいるんだ』
こちらとしては手早く事件を終わらせて帰りたいのです。爆弾なんて危険極まりないものにもう近づきたくないんですよ。
皐月さんはちょっとだけ沈黙しました。言葉を失っていたのかもしれません。
『お前たちは聞かないんだな。『何故こんなことを』とか』
『ああそうか。お前は聞いてほしかったのか? もしかしてかまってちゃんというやつか?』
パペットをぱくぱくしながら尋ねます。言ってしまってから気づきました。しまった! これ、煽りになってますね!?
『なるほど。Tが言っていた通りだ』
幸運なことに皐月さんは気分を害さなかったようです。なんだか勝手に満足したような口調でよく分からないことを言いだしました。
『お前らは最低最悪の人でなしだな。俺のほうがよっぽど人間らしいぜ』
『そうか』
「ふーん」
あっ、これも煽りじゃないですか!?
リ、リスクマネジメント! 私の口の馬鹿! パペットさん、もっと社会性フィルターを!
『人でなし青年。お前のことはTからよーく聞いてるよ』
皐月さんの言葉に水無瀬は特に反応しませんでした。解除した首輪爆弾をいじっています。
水無瀬、お前のことですよ? 話を聞きなさい!
『あいつ曰く、お前はロボットのようなものなんだそうだ』
ほう、頂上さんがそんなことを。ちょっと興味深いですね。仮にもこの男の友人をやっていた人間の認識というものには興味があります。どうぞ、続けてください。
『お前は食事をする。痛みを感じる。それに対して、お前は反応する――人として当然の反応を。だけどそこに情動も情緒もない』
うむ。そうでしょうね。その点については私も同意です。
こいつにとって、きっと感情とはまねごとなのです。あることは知っている。でも意味を理解していない。だから、周囲のまねをするしかないのです。
『水無瀬片時。お前には真なる意味で心が存在しない。そしてこれは普遍的な欲求らしいんだが……』
皐月さんは一度言葉を切り、笑い出す寸前のような声で言いました。
『人ではないロボットに、人間は感情を与えたがるものなんだってよ』
あーなるほど? なるほど。
いや、頂上さんはそう思って水無瀬に接してちょっかいを出しているのですかね? 本当にそうなのですか?
『まあでも、俺には関係ないね』
嘲るような声色に、考え込んでいた私はハッと正気に戻ります。
『ここで死ぬといい。人でなし二人組』
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、臆病者センサーがびびびっと急上昇します。斜め後ろからです。
『……水無瀬!』
私は遊んでいた水無瀬の手の中から首輪を奪い取ります。
窓は開いています。
私は思い切り首輪爆弾を外へと投げ捨てました。
激しい破裂音がして、窓ガラスが吹き付けてきました。私たちはその衝撃で吹き飛ばされて、床に倒れます。
くっ、うかつでした。配信であんなゲスなことをした犯人がこういう手を使うのは分かりきっていたというのに。
突然の轟音のせいでちかちかする視界の中、なんとか体を起こします。
大きなけがはなし。幸いにも体にガラスは刺さっていないようです。
隣の水無瀬もきょとんとした顔のまま起き上がり、きょろきょろと辺りを見回した後に何が起きたのか理解したようだった。
水無瀬は私の体をぱたぱたと触り始めました。セクハラで訴えますよ?
「ええと、えっと、痛い? 変なところない?」
心配するところがズレてるんですよねえ、この男。
幸運なことに水無瀬にも怪我はないようです。倒れた時に額をすりむいたぐらいですが、まああれなら数日で治るでしょう。
さてこれからどうするかですが……。
ぐるりと破壊された室内を見回すと、横転した机の引き出しから、一枚の紙が覗いているのが目に入りました。
引っ張り出して内容を確認します。よく分からない文字列と記号がありました。
はあ、また暗号ですか。
『狸に送るか』
「ん、そうだね」
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