第23話 怪獣大決戦

「やあ、水無瀬くん」

「あ。てっぺんくん」


 二人はさも今気がつきましたよーって顔で目を合わせました。いや、水無瀬は今気づいたんでしょう。頂上さんは絶対に故意ですが。ていうか何しにきたんですかこのラスボス!?


「この前はあっさり見つけられちゃって悔しかったよー」

「あはは、てっぺんくんがわざと見つけさせたくせに」

「はは、まあそうなんだけどね? でも、ちょっとは手こずってくれるかなって思ってたんだよ」

「てっぺんくんの心はふくざつかいきだねえ」


 ちょっと! 私を挟んでニコニコ怪獣大決戦やらないでくれます!? GW公開の映画ですか!? 泣きますよ!?


「あ。水無瀬くん、そのポテト食べていい?」

「いいよー。僕もうおなかいっぱいだし」


 まだ二口しか食べてないでしょうが、水無瀬ェ!


 頂上さんは私の頭上を通って水無瀬のトレーに手を伸ばしました。自然と彼の体と私の顔が近づきます。


 ぎゃーっ! 近寄らないで! ぎゃーっ、ぎゃーっ! あっ、いい匂いがする。イケメンの匂いだ。


 ふわっと漂ってきた香水の匂いで現実逃避をしていると、頂上さんはポテトをもぐもぐ食べて、自分の頼んだパイに手をつけていました。一緒にホットコーヒーも頼んでいるようです。


 いや、絵になってますね? スタイリッシュですか? PC抱えた人が行くようなもっと落ち着いた店に行ったほうがいいのでは?


「捕まえようとしないんだね、君、警察でしょ?」


 パイを一口飲み込んだ後、平然とした顔で頂上さんは切り出します。水無瀬は指についた油をぺろぺろ舐めていました。


「だって僕、君を捕まえろって言われてないし。今は悪いこともしてないし?」


 水無瀬は目の前の窓ガラスへと目を向けていました。ガラスの向こう側には、平和なコンクリートジャングルが広がっています。


「それに君って僕より運動神経いいでしょ? きっと武器も持ってるだろうから、こんな人混みで暴れられたら死人がでちゃうと思うんだよね、まあ別にそれはそれでいいんだけど」


 道行く子供を目で追いながら、水無瀬は言います。視線を向けられていない頂上さんは、笑顔のまま問いました。


「……そこまで考えてるなんて、まるで僕が接触してくるのが分かってたみたいだね?」

「ん。大体分かってたよ?」


 事も無げに言った水無瀬に、私は化け物を見るような目を向けてしまいました。いえ、こいつは実際人でなしなのですが。


「あの爆弾魔、間接的だけど君の名前を堂々と出してた。世界中に配信されてる動画で、堂々と」


 水無瀬は人差し指を立ててくるくる回した後、頂上さんへと向けました。頂上さんはわずかに肩を震わせたようでした。


「君ってそういうの好きじゃないでしょ。どっちかっていうと密かに暗躍するのが好きなタイプだ」

「だから僕の仕業じゃないと?」

「ううん、君の仕業だとは思ってるよ。ただ、今は君の制御下から外れて――暴走してるんじゃないかなあとは思ったけど」


 そもそも僕に解かせる気がない暗号を君が送ってくるはずないんだよねえ。


 そんなことを言いながら、水無瀬はでろんとカウンターにうつ伏せになりました。ちょっと! 服の端がポテトについてる! 油!


「相変わらず君にはかなわないなあ。僕のことをそんなに理解してるなんて」


 右隣から聞こえてきた彼の声に、私は顔を伏せながらそっと様子を伺います。場にそぐわないほどのさわやかな作り笑顔でした。うわ、気持ち悪。


「それで、君はどうする? 僕としては、君に何とかしてもらいたいのだけど」


 えっ、それでこちらが動くとでもお思いですか? あなたの責任なのだから、あなたがなんとかしては?


「んー」


 水無瀬はマイペースに唸ると、放置していたバーガーの包みを開けてもそもそ食べ始めました。沈黙すること十数秒。右隣からの視線が痛いです。私に向けられているわけではないのに内心ガクガクです。


 答えて! 早く水無瀬答えて!


 彼は包み紙に突っ込んでいた顔を持ち上げ、んぐんぐと口の中身を咀嚼してようやく答えました。


「あの暗号、写真に撮って狸に送ったからさー」

「狸……ああ、あの君たちの事務所に出入りしてる刑事か」


 心なしか頂上さんの声が険しくなった気がします。嫉妬ですか? 怖。


 水無瀬は鼻の先にソースをつけたまま、頂上さんを振り返りました。


「僕が何もしなくても警察官の狸が解いてくれるでしょ。僕たちはそれに便乗して事件を壊せばいいと思わない?」


 頂上さんは自然な動きで水無瀬の鼻の汚れをおしぼりで拭き取ります。頭上でほのぼのシーンを繰り広げるのやめてくれません!?


 水無瀬は「ありがとー」とか言っていますし、頂上さんもにこにこしています。仲が良いのはいいことですね。よくない!


 頂上さんは右隣で肩をすくめました。


「うん、なるほどね。君にかかれば皐月くんの謎なんて、ただのマクガフィンになり下がるということか」


 はい? もしかしてあなた、ポエマーですか?


「ん? マフィンは朝だけの限定メニューだよ?」

「マクガフィン。話を転がすためだけに登場人物が追い求める内容のないもののことだよ」

「うん、知ってる。用法間違ってない?」


 分かってるのかこの男。分かっているとしても、その返しは最悪手なのでは?


 幸いにも頂上さんはふふっとほほ笑むだけにとどめました。彼の中で満足したんですかね。満足しててくださいよ? 心の底で煮えたぎった感情抱えてる男に隣に座られたくないですよ?


 祈りが通じたのか頂上さんは、Sサイズのコーヒーへと視線を戻しました。ぬるくなったであろうホットコーヒーを吸い口からごくりと飲みます。


「あっそうだ。ところで水無瀬くん」


 からっぽになったコーヒーをトレーに置くと、頂上さんは何気ない口調でいいました。ちょっと低い位置に頭がある、私を指さしながら。


「この子、何?」


 ゲェーーッ! 私に話を振らないでください! ひばな嫌! あなたに関わるの嫌!


「何っていうとバンビさんだよ?」

「バンビちゃんって呼ばれてるのは知ってるけどね?」


 頂上さんが水無瀬のペースに持っていかれそうになっています。行け、水無瀬! その調子だ!


 しかし彼は一瞬で調子を取り戻して尋ねてきました。


「君にとって彼女は何者なのかなって思ってさ」


 ホギャーッ! な、なななんですかこの男! こんな年下の女の子まで嫉妬の対象ですか! 私、大人ですけど!


「んーーーーー」


 水無瀬は唸って考え始めます。頼むお願いだから、無難な答えを返せ水無瀬!


 彼は人差し指を立てて考え込んだ後、こてんと首をかしげました。


「遠い親戚の可愛い女の子?」


 よし、よくやった! 今言える最適解です! やればできるじゃないですか水無瀬!


「確か、おばあちゃんの五番目の男の、兄弟の、娘の、その時付き合ってた男の、一番下の妹だよ」

「……それ親戚?」

「五番目の男と盛大な結婚式やるぞーって決めたときに、親戚っぽい人全部集めて披露宴したの」

「ああ、だから接点が見つからなかったんだ……」


 普通に私のこと探ってやがります。この男、気持ち悪い……。


「そんな親戚の女の子に、どうして君は構ってるの?」

「ん? 知らないの、てっぺんくん?」


 水無瀬はかしげた首をもとの位置に戻しながら、さも当たり前のことのように言いました。


「親戚の可愛い女の子はかわいがらないといけないんだよ?」


 沈黙が流れます。周囲のお客の方々のざわめきがやけに大きく響きます。私は心臓がバクバク跳ね回っているのを必死に押し殺して、トレーを見つめ続けました。


「へぇ……そう」


 ウワーッ! お願いですからこれ以上この激重感情男を刺激するようなこと言わないで水無瀬! ほら頂上さん、声色が低くなってるじゃないですか! 怖い! 怖!


「うん、そうだよ!」

「そっかぁ」


 あはは、ふふふ。


 傍から見れば爽やかな男二人が談笑しているように見えたことでしょう。ですがその実態は人でなしと悪人のすれちがい通信です。やめてーっ! 私を巻き込まないでーっ! 私、ゲーム端末はスマホしか持ってないんです!


「じゃあそろそろ行くね。君のお仲間に捕捉されるのも面倒だし」


 頂上さんは立ち上がると、トレーを片手に去っていこうとしました。


 よ、よかった。なんとか死なずに済みました。


 しかしそこで余計なことをするのが水無瀬という男です。


「あ、待って、てっぺんくん」


 頂上さんは振り返ります。水無瀬は包み紙をごそごそと畳んだ後、食べかけのバーガーを満面の笑みで彼に差し出しました。


「はいあげる。目玉焼きだけ食べちゃったからあいでんてぃてぃ失っちゃったけど」


 水無瀬ェーーッ!





 頂上さん、引きつった笑顔のまま帰っちゃったじゃないですか。彼的には宣戦布告を兼ねたずうずうしいお願いをしにきたつもりだったのでしょうね。いっそ可哀想です。


 私たちはといえば、案の定水無瀬が残したバーガーセットを紙袋に入れて持ち帰っていました。


 これ、明日ぐらいまでもちますかね? 信条的にあまり食事は捨てたくないのですが……。


「あ。狸からお返事だ」


 ぺぺぺっとスマホを操作しながら水無瀬は言います。フリックめちゃくちゃ早いですね? SNSとかやっているのでしょうか。いや、水無瀬がやったら大炎上待ったなしなので、やっていないことを祈りますが。


「バンビさん、爆弾の場所分かったってー」


 普段通りのにこにことした笑顔で水無瀬は言います。


 はぁ、やっぱりやらなきゃいけないんでしょうか。やらなきゃいけないんでしょうね。


 私は重い腰を上げて、パペットをしっかりと手にはめました。

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