第22話 犯行予告

 狸さんが帰って行った数時間後、案の定六条さんはやってきました。これが手土産ですよと言わんばかりの大量の資料を持って。


「犯行予告が届いている」


 うわーっ。聞きたくない! ここから先の話、すでに聞きたくないです!


「てっぺんくんから?」

「いや、皐月月斗からだ」

「ふーん」


 露骨に興味を失うんじゃありません、水無瀬!

 そもそもお前と頂上さんの因縁の結果じゃないですか!

 喧嘩というよりあっちが一方的に怒ってるだけな気もしますが!


「爆弾魔、皐月は頂上葉佩とおそらく共謀している」

「ん。かもね」

「それでもやる気は出ないのかい?」

「んー」


 水無瀬はうなりましたが、お子様アニメから目を離そうとしません。何故やる気がないのでしょう。


 いえ、やる気が無いのはいつものことですが、頂上葉佩に関する前の事件ではやる気に満ちていたというのに。


 六条さんは大げさに天を仰ぎました。


「あーこれ面白いのになあー、かっこいい暗号が犯行予告にあるのになあー」

「僕も犯行予告見る!」


 ちょろっ。いや、ちょろすぎません?


 水無瀬はアニメを放置すると、六条さんが持ってきたカードを受け取りました。


「んー……」


 指先でつまんでじっと眺め、裏返し、光に透かして、においをかいで一言。


「これ、僕宛てじゃないよ」

「ほう」

「警察への挑戦状だって。だから僕に解かせる気は最初からないね」


 水無瀬はぽいっとカードを放り出し、アニメへと戻っていきました。床に落ちたカードを六条さんは拾い上げます。


「君はこれが警察にしか分からない暗号だと?」

「ん。そうだね」

「君も一応警察なのだけどねえ」

「あれ? それもそうだね?」


 とぼけたようなことを言いながらも、水無瀬はアニメから振り向く気はないようです。六条さんはため息をつきました。


「分かった。これは持ち帰ろう。だが、君は君で考えてほしい」

「んー」


 水無瀬はうなります。六条さんはカードをしまい込もうとしました。


「あ、待って」


 ぴょんっと跳ぶようにして水無瀬は近づき、六条さんの手の中のカードにスマホを向けました。パシャッと音がして、写真が撮られます。


 え? は?


 私は慣れた手つきでフリックしている水無瀬を見て、口をぽかんと開けていました。


「あれ? どうしたの、バンビさん?」

『……お前、スマホ持ってたんだな』


 というか水無瀬、スマホを扱う知能があったんですね? いや、これは私が水無瀬をなんだと思ってるんだという話ですが。


「ん、これ官給品ってやつ。こっちも持ってるけど」


 ズボンのポケットから取り出したのはお子様ケータイでした。ポケットから一緒にアメの包み紙が飛び出てきます。水無瀬……。


「あ。もしかして番号交換したい? 友達登録しようよ、バンビさん!」

『断る』

「えー、なんでー」

『スタンプ爆撃される未来しか見えないからだ』

「しないよ!」


 どうだか。軽くため息をつく私に、六条さんは苦笑いを浮かべながら立ち去ろうとしました。私はふと気づいて、その背中に声をかけます。


『待て、六条』


 振り返った彼に、私は口を開きかけ、躊躇しました。


 言うべきでしょうか。ついさっき、独断行動をしている狸さんがここに来たということを。


『……いや、なんでもない』


 逡巡の末、私はそれを告げないことにしました。六条さんは「そうかい」とだけ言うと、事務所から去って行きました。


 さて、どうするべきでしょうか。水無瀬いわくあれは水無瀬宛てのものではないそうですし、そもそも私はあのカードの内容を見せてもらっていません。


 であれば、私たちにできることはないのでは?


 アニメのエンディングテーマが流れ、残すは次回予告だけとなったとき、水無瀬はテレビの電源を切り、大きく伸びをしました。


「よーし!」


 おや、水無瀬が何か動き出すようです。何か捜査に向かうのですかね。


 ついていきたくはないですが、水無瀬の手綱は握っておきたいですし、仕方ない。ついていくとしますか。


 内心、覚悟を決める私に、水無瀬は笑顔で振り向きました。


「バーガー屋さん行こう、バンビさん!」


 は?





 本当にバーガー店につれてこられてしまいました。


 水無瀬はレジで散々迷って店員さんと後ろのお客様に迷惑をかけた後、目玉焼きとパティが挟まったバーガーのLセットを頼みました。


 セットを受け取ると、ぐいぐい引っ張られ、高い椅子のカウンターに座らされます。


 水無瀬は私の左隣に座ろうとして、何度か椅子から落ちていました。その長い足は飾りですか?


「いただきます!」


 元気に言うと、水無瀬はバーガーの包み紙を開けました。私は死んだ目でそれを見ます。


 ちなみに私の目の前にあるのはお子様セットです。水無瀬に勝手に頼まれました。くっ、屈辱です。何故私はこいつを止められなかったのでしょう。


 まあでも、食べ物に罪はありません。ついてきたオモチャを水無瀬のトレーに置いた後、私はぺたんこのバーガーの包み紙を開きました。


 あぐっと噛みつき、もぐもぐと咀嚼します。うーむ、カロリーの味がします。カロリーは美味しいものですが、恐るべき敵でもあります。明日からダイエットしましょう。ただでさえ水無瀬に押しつけられる残飯のせいで最近体重が――


「ここいいですか?」


 柔らかな青年の声が右隣から響きました。私のOKも聞かないまま、彼は私の隣に座ります。都会ってそういうところありますよね、一応許可を取るけど、相手の都合は聞いていない的な。


 でもあれ? なんか今の声、聞き覚えがあるような……?


 私はハンバーガーをもぐもぐしながら、何気なくお隣さんを見ました。つい最近見たばかりの、ちょっと前髪が長めの好青年と目が合いました。彼は私の視線に気づくと、害意など一切ない表情で、にこりと笑いかけてきました。



 ち、ちょちょちょちょ頂上葉佩ーッ!??!

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