田貫弓道は人間である

第21話 揺らぐ人間

 捜査課の面々は数枚の資料を覗き込んでいた。資料には人相の悪い一人の男が映っている。


「皐月月斗、ですか」


 資料に書かれた名前を田貫が読み上げると、資料を用意した張本人である六条は重々しく頷いた。


「国外で活動するテロリストの一人。爆発物の扱いに長けており、合計百人以上の被害者が出ている。……簡単に言ってしまえば、最低の爆弾魔だ」


 田貫はごくりと唾液を飲み込んだ。


「こいつが日本に入国したという情報を得た」


 捜査員たちはざわめく。六条はそんな彼らを軽く手を上げて制し、静かにその名前を告げた。


「頂上葉佩」


 捜査員たちの間に驚きが広がる。


「彼がこいつと一緒に活動していた時期がある」

「……頂上に協力するために、日本にやってきたと?」


 田貫の先輩である両崎が尋ねる。六条の答えは沈黙だった。だが、それが答えのようなものだ。


「現状こいつがどこに潜伏しているのかも分からない。だが、どこかに手がかりはあるはずだ」


 熱を込めて六条は言う。 


「私たちは警察だ。絶対にこいつに犯行を行わせるな!」

「はい!」


 刑事たちは力強く返事をした。


 逃がすものか。これ以上、頂上葉佩に犯罪を行わせるものか。絶対に事件が起こる前に捕らえてやる。田貫たちはそう意気込んでいた。



 ――なのにどうして。なんでこんなことに。



「視聴者の皆々様。俺は皐月。爆弾魔の皐月月斗」


 動画配信サイトに、その光景は映し出されていた。


「君たちには今からとっておきのショーを見せてあげよう」


 資料にあった通りの人相が悪い男、皐月月斗は悠々と椅子に腰掛けながらこちらへと語りかけてくる。だが、その言葉に込められた悪意は隠れようもない。


「この東京に二つの爆弾を仕掛けさせてもらった」


 彼の言葉に刑事たちは慌ただしく動き始める。各所に電話をかけ、配信元を探し始める。そんな中、田貫はモニターの前から動けずにいた。


「二つの爆弾は連携しててな。片方を解除すればもう片方が爆発する」


 にやにや笑いながら皐月は指を二つ立てて揺らした。


「一つは善良な市民がはびこる街中に。そしてもう一つは――こちらの警察官どのの体内に入れた」


 カメラが動き、男のすぐ隣に拘束された人物を映し出す。そこにいたのは、数日前から行方不明になっていた両崎だった。


「両崎先輩……!」

「外科的なことは専門外だったが、Tが色々手配してくれてね。生きたまま死なないように解剖してくれたんだ。素敵だろう?」


 田貫は足下からせり上がってくる感情にただ全身を震わせた。それが怒りなのか、それとも恐怖なのかは分からない。


「さあどうするかな? 君たちはどちらを選ぶ?」


 どこか頂上にも似た悪意に満ちたその笑顔を前に、田貫はハッと正気に戻ってモニターから離れようとした。


 探さなければ。探して、両崎先輩を助けて、それで。


「来るな!」


 鋭い声に田貫は動きを止める。画面の向こう側で両崎は皐月をにらみつけていた。


「なめるなよ皐月月斗。俺は警察官だ。市民の安全を守れるなら死んだって構わない」


 血まみれになった彼の言葉に、皐月は一瞬言葉を失った後、腹を抱えて笑い出した。


「ハッハハ! 正義の味方ってやつは素敵だねえ。聖人君子と言ってもいい」


 そんな嘲笑を受けてもなお、両崎は皐月をにらみつけていた。


「フハッ、モニターの向こうの警察諸君も同じ考えなのかな? いやあ、泣かせるねえ。それでこそ人間ってやつだ」


 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を、皐月はぬぐいながらモニターに向き直る。


「だが――これを前にしても、まだお前らは無害な『人間』でいられるかな?」


 皐月はスイッチを取り出し、何のためらいもなく指に力を込める。




 画面の中央で、両崎の体が、内側から爆ぜた。




「おおっ、死んでるのに笑ってるなこいつ。自分が死んで市民が守れて喜んでるのかな?」


 爆弾魔は、体を失った両崎の顔を持ち上げてモニターに向けさせる。田貫はその光景から、目を離せなかった。皐月は両崎の頭から手を離しながら、笑った。


「まあ、こっちの人質も殺すんだけどな?」


 皐月が手元のスイッチを押し込む。ズン、と、地響きが鳴り渡る。


 庁舎の近くで爆発があった、死傷者が多く出ている。


 そんな叫びがどこか遠くで響いている。


 田貫は――己の中の大切な何かが、ぷつんと切れてしまうのを感じた。





 街のど真ん中で爆発ですって。怖いですね。私はふむふむとそれを読み終えてから、新聞を畳みました。


 物騒な世の中になったものです。カルトに通り魔。今回は爆発配信ですか。リスクマネジメント的にはもう事務所に引きこもるしかないのでは?


「バンビさん、ハンバーガー食べたい」

『お子様セット目当てだろう。一緒に行かないからな』

「えーっ」


 そんなことを言いながら、水無瀬はテレビの軽快な音声を聞いています。子供用CMです。


 次の言葉は簡単に予測できます。シール付きの魚肉ソーセージがほしい、です。


「バンビさん、ソーセージ食べたい」


 ほらね。


『買うなら一人で行け』

「えーっ」


 無駄に長い足を動かして、水無瀬は抗議の意を表明してきました。行きませんよ。誰が好き好んで必要も無いのにお外に出るものですか。


「……お邪魔します」


 薄っぺらいドアを開けて、何者かが事務所に入ってきました。とはいっても、この声には覚えがあります。狸さんですね。


 何の用でしょうか。絶対にろくでもない内容であることは確かですが。いい加減、六条さんは私たちを便利屋だと思うのをやめてくれないでしょうか。


 そう思いながらパーテーションから姿を現した狸さんを見て、私は軽く目を見張ります。


 今日の狸さんはスーツではなく私服だったのです。


『何の用だ』

「事件を終わらせてほしいんです」


 パペットをぱくぱくと動かしながら尋ねると、予想通りの言葉を俯いたまま狸さんは吐きました。でもあれ? なんだか違和感が?


『何の事件だ』

「……連続爆弾魔です」


 ああ、今話題の彼ですか。嫌だなあ。爆弾とか命の危機があるじゃないですか。いやですよ、私。爆死とか。


 すぐに答えなかった私に、狸さんは言いました。


「頂上葉佩が関わっています」


 あーあ。やっぱりその関係ですか。水無瀬を窺いますが、大した反応は見せません。多分、知っていたのでしょうね、彼が関係しているということに。


 だけどぬぐえない違和感に、私は狸さんの顔を見ました。俯いたままでも察せられるほど、陰鬱な表情です。


 なるほどね。なんとなく分かりましたよ。


『狸、お前――それは上からの指示か?』


 狸さんはびくりと肩を震わせました。はぁ、やっぱりそうですか。


「自分は捜査をしただけです」

『だがその捜査で謹慎を食らっている、と』


 おおかた、同僚が死んだせいで感情的になって、強行な捜査でもしたのでしょう。そして、それでもどうしても自分で解決したくて、私たちを頼った、と。


 駄目ですね。警察を通していない以上、彼の言うことを聞くのに何のメリットもありません。


 だって、そんなことをしたら警察から何の情報も貰えない状態で捜査することになるじゃないですか。そんなの嫌ですよ、私。


『帰れ、狸。お前にできることは何もない』


 そう宣告し、私はしっしっと手を振りました。


 ゆっくりと顔を上げた狸さんは、憔悴しきったうつろな表情をしていました。

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