第11話 久しぶり、水無瀬くん。

『で、誰を逃がしたんだ』


 狸さんに詰め寄ります。彼はしょんぼりしながら告げました。


「教祖とその息子、あと側近が数名です」


 おいこら、一番大事なところ逃がしてるじゃないですか。


「儀式に参加していた信者はおそらく全員逮捕。くだんの機密情報を流していたとみられる御堂筋も死亡が確認されました」

『そうか』


 パトカーのボンネットに寄りかかりながら水無瀬も話を聞いています。いや、聞いていませんねこの男。その辺を飛んでいるちょうちょを見ています。


『他に繋がる情報は』

「ええと、信者によるとこの団体は元々健全なサークルだったらしいです。適度に集まって、適度にパーティをするようなご近所づきあいだったとか」


 私は眉を寄せます。


『それがなぜカルトになる』

「信者本人たちにも分からないそうなんです。ただ、教祖が友人の勧めで健全な同好会を始めたところからおかしくなったと……」

『どんな同好会だ』

「いえ、ただの映画マニアが集まる集団だったようです。観る内容も特段暴力的なものではないようで……」


 聞けば聞くほどわかりません。何故それが新興宗教になったのか。どうしてスプラッタショーなんか始めたのか。


 むむむと腕を組んでいると、背後で気配がしました。振り返ると、珍しいことに、本当に珍しいことに、水無瀬がうーんと考え込んでいました。


『どうした水無瀬』

「んー、なんというかこう……」


 首を傾げています。傾げすぎて腰まで横に曲がり始めています。


「なんだか既視感があるんだよなあ」


 体の方向を変え、水無瀬はボンネットにぼすっとのしかかりました。こら、公用車ですよ。今更ですが。


『犯人に心当たりでもあるのか』

「え? ううん、そうじゃないんだけど」


 ごろりとボンネットの上で寝返りを打ちます。


「やり口というか、配置の仕方というか、見たことがあるような……」


 うーんうーんと水無瀬はうなりっぱなしになります。少しの間私はそれを見ていましたが、やがてこれ以上は無意味だと判断して狸さんにさらなる情報の提供を求めました。


『で、奴らが逃げた場所の目安はついているのか』

「あ、はい。規制線は張ったので、この範囲に限られるかと」

「へぇ、ふむふむ」


 いつの間にか考え事から復活していた水無瀬が覗き込んできました。水無瀬は地図をぐるぐるとなぞると、びしっととある場所を指さしました。郊外の田園地帯です。


「いるならここだと思う」

『根拠は』

「んーなんとなく?」


 イラッ。パペットパンチを繰り出そうとする手を押さえ込みます。


 そんな内なる攻防を繰り広げている私の後ろに、いつの間にか老紳士は立っていました。


「水無瀬くんがなんとなくというならそこなんだろう」

「あ、鳥ちゃん」


 ぎゃあ! 六条子羽!


 私たちを覗き込むようにして、悠々とした雰囲気で六条さんは微笑んでいました。


「田貫くん、至急この辺りに不審な場所がないか捜査しなさい」

「はっ、はい!」


 狸さんは鋭く敬礼をして、車へと駆けていきました。水無瀬は私の隣でうーんと伸びをしています。


「じゃあ帰ろっかバンビさん。録画してたニチアサ消化しなきゃ」

「何を言っているんだ。君の仕事はここからだよ?」


 にこにこと笑いながら六条さんは宣告します。


「奴らの事件を終わらせて来なさい」


 水無瀬の表情は一気にむすっとしたものになりました。


「えー早く帰りたいー」


 唇を尖らせて水無瀬は主張します。お前は駄々っ子か。


「早く帰ってカードもらいたいー」


 私はため息を吐きます。このままではらちがあきません。実力行使といきましょう。


 パペットパンチ!


「うぐぇ!」


 みぞおちに叩き込んだ一撃に、水無瀬は腰を折って悶絶します。そんな水無瀬の頭を見下ろして、私は言い放ちました。


『行くぞ』

「うぅ……」


 水無瀬は腹を押さえてしょんぼりしながら、パトカーに乗り込む私の後ろについてきました。





「周囲の家に聞き込みをしたところ、最近あの屋敷に複数人の見知らぬ若者が出入りしているそうです」


 狸さん、有能。犯人は取り逃していますが、汚名返上しましたね。犯人は取り逃がしていますが。


「どうします? 警官隊で突入しますか?」

『いや、六条さんは水無瀬に終わらせろと言ったんだ。きっとあそこには、普通には裁けない類の人間がいるんだろう』


 まったく、汚れ仕事はいつもこっちなんですから。本当に危険手当請求しますよ?


「となると……」

『水無瀬の馬鹿を放つしかないな』


 隣に座って窓の外を眺める水無瀬の脇腹を、私はつついてやりました。


『聞いてたな水無瀬。お前の出番だ』

「え、なになに? 聞いてなかった」

『聞け馬鹿!』


 しぶしぶドアを開いた水無瀬を車内から蹴りだします。そして、状況が分かるように回線をオープンにしたまま、屋敷へと送り込みました。


「こんにちはー、僕、信者希望者なんだけどー!」


 こら水無瀬! もっと演技をだなあ!


 屋敷から出てきたのは、話にあった通りの若者でした。年齢は大学生ぐらいでしょうか。あのぐらいの年頃はカルトにはまりやすいらしいですし、まあありえなくはない話でしょう。


「え、なんですかあなた……うちの教義とか知ってるんですか?」

「ん。知らない! 教えてくれない?」


 水無瀬……。それで素直に教えてくれる奴がいるはずがないでしょうに。


「いいですよ、同志が増えるのはいいことですし」


 教えてくれた!?


 若い信者はカルトの教義を懇切丁寧に語り始めました。良い人……カルトにはまってさえいなければ。


 しかし水無瀬はきょとんとした様子で反論を始めました。


「ねえ、それっておかしくない?」


 うわっ、面倒な話が始まる予感がします。


「悪い人を殺したらいつか神様になれるって? だけど次に殺されるのが自分かもって考えてみたことはないの?」


 今度は青年がきょとんとする番でした。


「そう思うとさ、救いなんてないんじゃないかな」


 青年は黙り込みます。水無瀬の言葉をゆっくりと考えているようです。


「君たちの言う教祖様って、もしかして君たち全員殺しちゃうつもりじゃないの?」


 無邪気な口調で水無瀬は尋ねました。青年は黙ったまま何度か水無瀬を見て、地面を見て、また水無瀬を見ました。


 やがて青年は何かを言って、屋敷から立ち去っていきました。


「じゃあ突入しまーす!」


 水無瀬はずかずかと建物の中に入っていきました。――数分後、建物の窓から煙が立ち始めます。


 は、早い……。これはもう状況が混乱し始めていますね。


『そろそろ行くぞ、狸。水無瀬を回収する』

「えっ? あ、はい!」


 まだ若干混乱している狸さんを連れて、私は建物に近づいていきます。煙にいぶされて出てきた若者たちを、待機していた警官たちが次々に確保していきます。


 水無瀬、遅いですねえ。煙にまかれて死んでいなければいいのですが。


 その時、開きっぱなしにしていた通話の向こう側から、能天気な声が響きました。


「悪い人なのに殺さないの?」


 一切の邪気がない馬鹿水無瀬の声です。途切れ途切れに聞こえる反論の声を聞くに、どうやら教祖さんとミカミくんと同じ場所にいるようです。


「え? だってその人、君のお父さんでしょ? 自分の息子を神様に仕立て上げて私腹を肥やしてるって、すっごーーく悪い人だよね!」


 ぱっぱーんと擬音をつけたくなるほど腕を大袈裟に広げていますね、これは。


 数秒後、叫び声と断末魔、そして何かが倒れる音が聞こえてきました。


 そして、水無瀬はふふんと鼻を鳴らしました。


「よかったね。悪い人は死んじゃった!」





 そんなこんなで事件は終了しました。ええ、終わりましたとも。


 信者たちは一網打尽になりました。豪邸にいた信者は全員捕まったようですし、逃げ場所にいた信者もかなりの数を逮捕したようです。


 ついでに言うと、残りは死んだらしいです。六条子羽から指令が下らないのを見るに、扱いが面倒な信者は運良く死んだのでしょう。よかったですね。


 そして、神様だった少年。父親が作った教義に従って父親を殺し、彼は何を思っているのでしょうね。まあ、私には関係ありませんが。


「まったく面倒な事件だったね」


 私の後ろをてくてく歩きながら水無瀬は言います。


 ほぼ何もしていないに等しいのに我が事のように言う水無瀬にいら立ちが募ります。いえ、こいつは何もしないのが仕事なわけですが、それでも腹立たしいのは変わりません。


『カードにつられて参加したくせに。そんなにカードが大事なら一人で帰って遊べばいいだろう』

「カードは別に欲しくないよ?」

『は?』


 何言ってるんですかこいつ。あんなに嬉々として条件をのんだでしょうに。


 水無瀬はいつも通りの胡散臭い笑顔のまま、答えました。


「バンビさんと遊びたかったんだよ?」

『は?』


 遊びたかった? そういえばこいつが喜んだのはカードをくれると言ったときではなく、私とスターターデッキで遊べると聞いた時でしたが、そんな。


「昔みたいに遊ぼうよー、バンビさん」


 後ろからのしかかる形で、私の頭に顎を乗せてきます。私はなんとなく一つの結論にたどり着いた気がしました。


 ああそうか、この男は。


 この男にとって、私はいつまでも親戚の子供なのでしょう。その認識がアップデートされない。ただ、親戚の年下の子と遊びたいという思いだけで私に接しているのです。


 そう思うと、いっそ哀れに思えてきました。


 人でなしです。彼には感情の機微が理解できないのです。


『……分かったよ』


 パペットをぱくぱくさせてから、水無瀬の腕から逃れます。


『ほら帰るぞ。おなかもすいただろ』


 そのまま歩きはじめると、水無瀬は私に歩調を合わせてゆっくりついてきました。


「帰ったらカードで遊ぼうね!」

『はいはい』


 生返事をしながら私は歩いていきます。


 しかし、ある公園の横を通り過ぎたとき、それは起きました。


 小学校低学年ぐらいの男の子が公園の入り口から車道に向かって飛び出していったのです。


 まさかこんなベタな出来事が起きるとは。その辺に貼ってあるポスターでもあれだけ書いてあるでしょうに。『とびだし危険!』って。


 そして運が悪いことに、車道では彼めがけて車が突っ込んできていました。私と水無瀬はそれを視界に入れていましたが、何もすることはしませんでした。


 あーあ。これは間に合いません。


「危ない!」


 鋭い声と同時に、少年を突き飛ばして覆いかぶさる人影がありました。


 ずべしゃっと音を立てて、二人は車の行く先から脱します。


 まさに少年を轢こうとしていた車は、蛇行運転をしながら逃げ去っていきました。ひき逃げ未遂ですもんね。


 まあナンバーは見えましたが、それを通報するのも面倒なので放置としましょう。


 それよりも起き上がった男性と少年のほうが重要です。


 少年を突き飛ばした人物は、どこか気弱そうな男性でした。顔立ちも柔和で、お人好しの権化のような表情をしています。


「あたた。少年、無事?」


 地面にぶつけた額をさすりながら男性は立ち上がりました。ぽかんとしていた少年も起き上がると、何が起こったのか分からないままこくりとうなずきました。どうやら大きなけがはないようです。


 自分の命を張って赤の他人を助けるなんて、勇気のある方ですね。前世でどれだけ徳を積んだらこんなに善人になれるのでしょう。ああいや、今世で徳を積んでいる最中なのかもしれませんね。


「そっか。擦りむいた膝はちゃんと消毒するんだよ?」


 彼は子供に言い聞かせて公園に戻らせます。まさかこれほどのいい人を見かけることになるとは。若干やましいことを経験してきた身としてはちょっとまぶしく思えます。


 するとその場で立ち止まっていた私たちに男性は振り向き、一片の隙も無い笑顔で微笑みました。


「やあ、久しぶり水無瀬くん」

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