第10話 スプラッタショー

 いやだなあ。もう帰りたいなあ。


 そんな思いは無視され、私は地下っぽいところへと引きずられていきます。


 痛い、痛いですって。ちゃんと歩きますから下ろしてください。


 やがて私が連れてこられたのは、小さなドーム状の空間でした。中央にはステージがあり、その周囲をぐるりと座席が囲んでいます。


 そしてその座席には、老若男女の人々が嬉しそうに腰かけていました。信者でしょうね、状況的に。


 私たちはそんな彼らを追い越して、最前列の席へと座らせられました。


 やったー、特等席だー。嬉しくない!


「信者の皆様、ようこそ。本日も罪人を浄化しましょう」


 教祖が朗々と響く声で言うと、信者たちは沸き立ちました。


 ややあって、ステージに一人の男性が引きずられてきます。


 背が低くて猫背の――あれ。御堂筋さんじゃないですか。


 仲間のはずの信者さんたちに拘束された御堂筋さんは、ステージの中央まで引っ立てられていくと、そこにあった椅子へと縛り付けられました。


 御堂筋さんは口にさるぐつわを噛まされて暴れています。教祖さんは腕を広げました。


「彼は神に背く行為をした大罪人です。そして、罪人は裁かれなければなりません」


 あー、なるほど。わかってきましたよ。


 彼らの教義は罪人を裁くこと。だけど殺しても罪悪感がないほどの罪人がそうそう転がっているはずもなく、かといってぽこぽこ信者を殺してしまうのでは財源を失うだけ。


 ならば、どうしようもないクズを外から連れてくるのが一番。児童養護施設を巻き込んでいるのはその一環ということですね。


 次に連れてこられたのは省吾くんでした。ミカミくんと一緒にやってきた省吾くんは、ぼんやりとした眼差しで周囲を見回しています。


 ミカミくんはそんな彼の肩を抱き寄せて、御堂筋さんを指しました。


「いい? 省吾くん。この男は君のお父さんとお母さんがいなくなってしまった原因なんだ」


 げんいん、と省吾くんは繰り返します。


「悪い人ってことだよ」


 省吾くんは御堂筋さんをぼーっと見ています。あれ? あの様子、ちょっと前に見たような? というかあの敵討ち映像を見た後の顔では?


 ……ということは、また変な草をかがせたんですね……健康に悪いです。健康被害という概念がないのでしょうか。


「悔しいだろう? 仕返ししたいだろう?」


 ミカミくんは省吾くんの腕に指を這わせます。そして、手に持っていたナイフを彼の手に握り込ませました。


「ほら、これを持つんだ」


 省吾くんの視線はゆっくりとナイフに向けられます。


「彼を罰すれば君も神様になれるんだよ」


 ミカミくんの囁きに省吾くんは彼の顔を見て、それから目の前の御堂筋さんを見ました。


「できるよね?」


 省吾くんはこくりとうなずき、御堂筋さんのほうに歩みを進め始めました。


 はぁー。やっぱりそういう展開ですか。


 つまりここの信者さんたちはこういうスプラッタショーを観て楽しんでいるということですね。わーい、悪趣味。


「んんー! うぐぐーーっ!」


 御堂筋さん、とても暴れています。椅子はびくともしません。省吾くんは彼に歩み寄ると――むき出しになった彼の喉に、一息にナイフを突き立てました。


 面白いほどあっさりと皮膚は裂かれて、省吾くんの手は血に濡れます。


 あらあら。血がどばどば出ています。活きがいい魚みたいにびくびく動いていますが、まあ失血死確定ですね。


「悪は清められ、その血は尊いものへと変化しました!」


 観客の盛り上がりは最高潮です。御堂筋さんから取り出された生き血をミカミくんは飲み込みます。そして、残りの血を信者たちは回されてきた盃で一口ずつ飲んでいきます。


 えっ、なんかそういう儀式なんですか? 宗教というかもはや黒魔術の域では?


 そんなことを思っている間にも、盃は徐々に近づいてきます。


 来ないで来ないで、私の番来ないでー。


 祈りが通じたのか無事に私は飛ばされました。


 あーよかった。成人男性の生き血を飲む趣味はありませんからね。いえ、たとえ美少年の生き血でもご遠慮願いたいですが。私、別にカーミラとかではないので。


 やがて舞台から御堂筋さんの死体が下ろされ、信者たちは次々に席を立って去っていきます。


 ステージにいたミカミくんも、信者に案内されてホールから出ていきました。


 残されたのは教祖と警備員の皆さんだけ。


「あなた、何も感じないんですか」


 ドン引きした顔で教祖さんは言います。いや、あなた方の行為に私がドン引きなんですが?


 パペットを取り上げられているので、しぶしぶ自分の口でしゃべります。


「何も……というと?」


 意味が分からなくて問い返しました。皆さんはすぐには答えてくれませんでした。仕方なく私は自分で考えて――あ、と思い当たる節にたどり着きました。


「あ、この場で私になじられると思っていたんですね」


 教祖さんたちはたじろいだように見えました。いやいや、そんなに変なことじゃないと思うんですが。


「ひどいなあとは思いますがそれだけですね」


 そもそも私と彼は無関係な他人ですし。いや、名前は知っているので知人ですかね。


 とりあえずご愁傷様。来世はもっと真っ当に生きて、素敵な人生を送ってくださいね。


 周囲の大人の皆さんは私に異様な目を向けていました。私はまた反応を間違えてしまったのでしょうか。私はさらに考え込み、一つの結論にたどり着きました。


「あっ、もしかして私の反応を楽しむためにこんなことをしているんですか?」


 我ながら流ちょうに喋っているなあと思いながら、私は首をかしげます。


「てっきりあなた方の論理に基づいての行動だと思っていたので、ちょっと意外です」

「き、さまぁ! 黙って聞いていれば!」


 警備員の一人が私を殴ろうと腕を振り上げます。


 やっば。怒らせちゃいました。これだからリスクマネジメントが重要だというんです! 馬鹿馬鹿! ひばなの馬鹿!


 ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えたちょうどその時、派手な音を立てて入り口の扉が開きました。


「動くな、警察だ!」


 先頭になって入ってきたのは拳銃を構えた狸さんでした。でかした、狸! ナイスタイミングです!


「殺人の容疑で逮捕する!」


 続いて入ってきた刑事さんたちが、私と警備員を包囲していきます。


 チェックメイトというやつですね。ちなみに私はチェスはできません。


 しかし私の横にいた警備員さんのうちの一人が、私の首に腕を回してその頭に銃口を突きつけてきました。


 ちょっと! 法治国家! 銃刀法違反!


「動くな! この子がどうなってもいいのか!」


 うわ、三文芝居でも今どきそんな文句使いませんよ。


 逆に冷静になりながら私はされるがままになります。狸さんたちはこちらに銃口を向けてはいますが攻めあぐねているようです。


 このままでは状況が泥沼化して逃げる機会がどんどん減っていきそうです。


 はぁ、仕方ないですね、とっておきを使いましょう。使えるかどうか不安ですが。


「さあ、そこをどいてもらいましょうか。さもないと彼女が――」



 銃声が一発鳴り響きました。――私の手元から。



 おお、にわか仕込みの知識でもゼロ距離なら問題なく当たるみたいですね。私を拘束していた警備員さんは腹を押さえて崩れ落ちました。


 辺りはしんと静まり返ります。


 うんうん。正当防衛、正当防衛。


 ああでも一般人が銃を撃っちゃいけないんでしたっけ。まあいいか。念のためってこれを渡してポシェットに入れてきたのは水無瀬ですし、責任はそちらに押し付けましょう。


「捕まえないんですか、その人たち?」


 私の言葉にその場の大人たちは一気に正気に戻ったようでした。追いかける者、追いかけられる者。狸さんは私を保護して拳銃を受け取ってくれました。


「な、なんて危ないことをするんですか! 一般人が拳銃を使うなんて……!」

「おい」

「えっ、はい!」


 不機嫌な顔で言ってやると、狸さんは背筋を伸ばしました。私はそんな彼を睨みつけて尋ねます。


「パペットはどこだ」





 無事にパペットを取り戻し、屋敷の外につけてある覆面パトカーに歩いていくと、無駄に背が高い馬鹿の姿が目に入りました。


「あ、バンビさん!」


 うわ、水無瀬。


 水無瀬は飛びつくようにして私に抱き着くと、私の体をぺたぺたと触り始めました。


 こら、セクハラで訴えますよ。


「大丈夫? 怪我はない?」

『大丈夫だ』

「痛いところも?」

『ああ』

「変なところも? かゆいところも?」

『ないって言ってるだろ!』

「よかったあ。これでバンビさんとまた遊べるね」


 こ、こいつ! 心配って言葉を知りやがりませんね!?


 私がいら立ちを募らせていると、無線で何かを話していた狸さんが近づいてきました。


『おい。もう帰っていいか。組織は壊滅しただろう』


 今回は水無瀬の活躍はありませんでしたがね! 危険手当として倍額吹っ掛けてやりましょうか、こんちくしょうめ。


 そんなことを考えていると、狸さんは言いづらそうに目を泳がせました。


「その、追跡に失敗して、彼らの一部を取り逃がしてしまい……」


 ちょっと、何やってんですか国家権力。

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