草食系が花を食う

「よう、少年。バレンタインは、どんな感じだった?」


 和菓子メインの喫茶店のアルバイト、有沢暁彦は苦い笑みを浮かべた。

 有沢はバレンタインに向けての事前準備をしっかりしていた。新年を迎えてからは、下ネタを控え、女性に優しくし、ブランドを身につけて、さりげなく男らしさをアピールをしてきたそうだ。


「風見さん、チョコが食いたかったら洋菓子店で働いてますよ」

「和菓子屋にも、チョコはあるだろ」

「邪道です。あんこ食ってください、あんこ」

「いつものおしるこは、すでに頼んでるから」

「てか、その紙袋はまさか? ほとんどの男子に意味のないイベントを満喫してんすか?」

「ほしけりゃやるよ。義理ばかりだけど」


 学生時代の風見も、有沢のようにバレンタインなんて無関係なイベントだった。

 そんな男でも、社会人になったら義理チョコはもらえる。


「義理でも、もらいたいっすよ」

「お返しが面倒だから、いらん」

「そこからはじまって、来年には本命になるかもしれないでしょうが」

「えー、めんどくさい」

「そういう考え方が、若者の恋愛離れを引き起こしてるんですよ」


「有沢くんさ、恋愛離れとか、あれは数字上だと嘘だからね。恋愛をしている未婚男女のデータを1982年からグラフで見たら、男は20%台、女は30%台をずっと推移してるんだよ」

「おかしくないですか? なんで、男女で差が出てるの? そうか。一人で大勢から本命チョコもらう奴がいるってことですね?」


「じゃなくてだ。単純に未婚男性の数が多いってのと、時間差一夫多妻制が要因らしい。再婚男は初婚女とひっつく割合が一番多いんだとか。でもまぁ、多少はモテるやつのせいで割り食ってるのも事実か」

「もう、この際モテる奴への文句はなしにします。それよりもムカつくのは、草食系に女が流れることですよ。ガツガツいく俺みたいな肉食系が腹をすかしてるのは、なんで?」


「有沢さんみたいな肉食系は、肉食ってればいいからでしょ。草食系のほうが、女性を好きなのは当然でしょうが」

「どういうことだよ、咲ちゃん?」

「うるさいなぁ、もう。サボってないで仕事してくださいよ」


 女性の後輩に怒られて、しぶしぶ有沢は仕事に戻る。


「風見さん、注文とりましたか?」

「おしるこ頼んだ。それより、咲ちゃんチョコいる?」


 義理チョコ入りの紙袋をポンと叩く。


「お返し用意しませんよ」


 そんなものは、いらない。

 と思ったが、ここでジャーナリズム精神がうずいた。


「お返しのかわりに、草食系のほうが女好きって断言した理由を教えてほしいかも? ずばり経験からくるもの?」

「そうじゃなくて、女性はよく花にたとえられるでしょ」


 草食系は肉食系とちがって、草花を食うのに適している。

 花を女性と考えれば、草食系男子のほうが、肉食系男子より女が大好きで、なければ生きていけないということになる。


「うまいこというねぇ、ここのおしるこばりにうまくて、甘いよ」

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