さよならセンター

 センター試験は、さよならしても一年後に名前をかえてやってくる。



 その最後を経験した一八歳たちは、喜怒哀楽の表情を風見に見せてくれた。


「来年からは『大学入学共通テスト』という名前になるようですね。後輩には、いまから身構えているものも多いようです。センター試験とちがい、過去問題がないのは不公平だという意見も耳にしています。確かに対策は立てにくくなるかもしれませんが、受験生のやるべきことがいままでと全く違ったものになることはないでしょう。ですので、僕が後輩に力を貸せることもあるだろうと信じています。

 ――試験の手応えですか? そうですね。センター試験の日は、雪の特異点と呼ばれていたそうなのですが、今年は何事もなくてよかったです。試験は実力を出すだけで済みますが、天気はそうはいきませんから」


 立派な答えに、風見のほうがたじろいでしまう。今年の試験で彼が落ちていたら、センター試験での合否はくだらないという証明になりそうだ。新しい試験方法では、こういう人材が泣きを見ることがないような形になればいいのに。そのやり方はわからないけど。


 もっとも、彼は手応えを感じて喜んでいるように見えた。だからどうせ、大学で有意義なキャンパスライフを送ることだろう。イケメンだし、やりたい放題できるだろうな。


 さきほどのインタビュー相手の反動だろうか、次にインタビューをしたのは、眼鏡の奥の目が血走っている少年だ。


「――テストがどうだったって? 私は、頭がいいから作戦をたててきました。数学で巻き返せば、ほかが駄目でも大丈夫な算段です。だから、問題を前にしても冷静でした。問題を順番に解いていって、後半に解きやすい問題があって時間が足りなくなるであろうという問題製作者の意図すら読んでいます。まずは、景気よく簡単な問題を計算してリズムを作るのが大切なんですよ――まぁ、問題用紙をめくってたら、一問も解く前に最後のページになっていたのは想定外でしたがね。うん。まぁ、合格してるでしょう」


 自信満々な言葉とは裏腹に、眼鏡少年の表情には怒りが見え隠れしている。うまくいかなかった自分への怒りが、別の感情に変化するのを風見は願っている。


 インタビューのパターンは多い方がいい。だから、次は哀しそうな顔の少女に声をかける。


「――そう、です、ね。いっぱいマークシートに記入したから、宝くじを買って帰ろうと思いました。あのナンバーズのやつ」


 そっちが当たったら、試験の結果がどうであれ、哀しい顔からは脱却できるだろうしね。


 そして、最後にインタビューをした気楽な男の子との会話は、振り返るとおそろしいものを感じる。


 言霊というものは、あるのかもしれない。



「今年でセンターがさよなら? マジっすか、それ?」


 いい反応がもどってきた。彼はセンター試験が終わり、新たな試験体勢がはじまるのを、自分とは無関係だとは思っていないようだ。結果を待つまでもなく、来年の試験を視野に入れているのかもしれない。


「去年は受験勉強で我慢してたから、今年はいっぱいライブに行こうと思ってたのに、なんだよ、それ。情報収集を怠っていた間に、そんなのってないだろ」

「何の話してます? センター試験が終わる話なんですが」

「なんだそれ? どうでもいいよ。アイドルグループのセンターがやめるから、この町を代表するヲタのぼくにインタビューしてるんでしょ?」


 この時は、気楽な勘違い野郎との笑い話だったのに。センター試験から数日後に、世界が揺らぐニュースがとびこんできて、笑えなくなった。


 願わくば、今日インタビューに答えてくれた若者たちの元に、希望に満ちた春が、桜の開花と共にやって来ますように。



 いや、それだけでは足りない。

 むしろ、大勢よりも一人でいい。尊敬している彼女だけでも幸せになってもらいたい。


 大人への反逆を大人から仕組まれてしまった絶対的センターは、所属するグループからの「卒業」ではなく「脱退」という言葉を選んだ。

 この支配からの卒業でも、闘いからの卒業でもない。

 もしかしたら、卒業してもわからないことが、脱退ならばわかるかもしれない。同じように、卒業したあとに彼女を縛りつけてくるものが、脱退ならばあるいは。


 センター試験は、さよならしても一年後に名前をかえてやってくる。



 となると、絶対的センターの脱退を過度に悲しむ必要はないのかもしれない。

 グループの枠に囚われない形となって、これからも彼女には活躍してほしい。


 そうやって、本当の自分にたどり着いてもらいたい。

 脱退に関して、自分から明るく話せる日は、そうでもしないとやって来ない気がする。


 まぁ、そんなことを言っていたら「したり顔で、あんたは私の何を知る?」って思われそうだけども。

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