新成人生存確認

 ●島県内のみで販売される地方雑誌。

 毎年、二月号の特集は『新成人生存確認』と決まっている。


「岩田屋町の新成人のみなさま。『新成人生存確認』にご協力してくださる方は、こちらの紙になんでも書いて並んでいってくださいね」


 出版社のスタッフが足を運ぶのを嫌がる田舎の岩田屋町が、外注で仕事の依頼を受けた風見の担当だ。一人でこなせる仕事量ではないので、地元のナンパな未成年に協力を頼んだ。


「そこのお姉さま方、綺麗な振り袖姿で雑誌デビューしましょうよ」


 成人式を終えた直後の新成人が、白い紙に思い思いの言葉をマジックで書いていく。


「準備が終わった方は、あちらで写真撮影を行います。できましたね。どうぞ、あなたが一番乗りですよ。風見さん。準備はいいですか?」

「いつでもいけるぞ」


 風見は一眼レフカメラを構える。

 ここから、自分は写真を撮りまくるマシーンと化すのだ。

 希望者全員の写真を雑誌に掲載させる予定なので、感情を殺さないと最後までやってられない。


 最初の撮影相手の紙には『平和』と書かれてある。

 花魁のように和服を着崩し、肩を露出させた女性が、世界平和を願っているとは思えない。

 だから、これは麻雀の役だろう。ピンフというオーソドックスな役が好きなので、ここでもついつい書いちゃったのか。


「紙は胸のあたりで掲げておいてください。ナイスですね。パーフェクトですよ」


 白い紙に書いてもらう内容は、基本的に自由だ。

 一番乗りの女性が方向性を決めたとは言い難かったが、そこは大人の仲間入りを果たした連中だ。誰に言われなくとも、例年通りの流れにのる。

 新成人としての目標や誓い。誰かへの感謝が綴られる。


『彼女募集中』

『情熱乃風、復活』

『こんな私を綺麗にしてくれて、両親と美容院に感謝です♡』


 タバコを咥えた金髪が下ネタを紙に書いていたが、わざわざ注意せずに撮影する。

 ガキじゃないんだから、全部を教えてやる義理もない。

 雑誌を見て、自由を履き違えてはなにも与えられないと学べばいい。希望者全員掲載からも弾かれるとは、哀れなガキ大人だ。


 八人の男女仲良しグループは、頭が切れる新成人たちだ。

 一人が一文字を担当することで『2016祝新成人』と繋げて読めるようになっている。


 こういうのは、出版社側からすれば重宝できる。

 雑誌のレイアウトがどうなるのかは撮影枚数によって変わるのだが、だいたいが町ごとでページを変えていく仕様だ。

 だから『2016祝新成人』のグループは、岩田屋町のページでタイトル代わりとして、先頭で使われる可能性が非常に高い。仲良しどうしで、並んで写真も使われるので雑誌を購入した際の喜びも大きくなるだろう。


 賢い方法である。が、残念ながら、こういう連中は大きく引き伸ばされる写真には選ばれにくかったりする。

 写真の大きさが同じだと、撮影した人数の都合から、どうしてもページに余白がうまれてしまう。そこを埋めるために、何枚かの写真を今年も大きくするはずだ。

 可愛い子で、紙に書かれた内容がインパクト十分ならば、大きい写真に採用されやすい。


 もっとも、岩田屋町は美人が多い土地柄だ。なので、顔よりも白い紙に書かれた自由な主張が重要となる。

 そういう独創性の高い岩田屋の新成人に心当たりがあるにはある。だが、彼はある事件に巻き込まれて、高校を中退して行方不明となっている。


「風見さん。次の人は、誰よりも綺麗に撮ってくださいね。そんで、出来れば写真を大きく使ってください」

「あ? そんな風にひいきはできないぞ」

「そこをなんとか。オレの身内の朱美ちゃんが、早起きして美容院で髪や着付けを仕上げた人なんすよ。これで綺麗に撮れてなかったら、朱美ちゃんになに言われるかわかったもんじゃないんすよ」

「そんなことは知らん」


 風見が知っているのは、次に撮影する女性が、行方不明の男と親しいということぐらいだ。


 ひいきをするつもりはないけれども、写真を大きく使う可能性はゼロではない。彼女のルックスは、レベルが高い。編集部の許可も簡単にとれる。ゴリ押しとも言われない。

 だからこそ、白い紙に書いたものが重要となる。


『私のファーストキスを返せ』


 新成人の主張には、色々と複雑な感情が渦巻いてるようだ。大人っぽさと幼稚な感覚が絶妙なバランスで混ざっている。


 大人に傾き過ぎている風見は、彼女の主張が完全には理解できない。それが、どうしようもなく悔しくて、自分の経験と照らし合わすことで理解を深めようとする。


 風見はおそろしくなった。

 ファーストキスの記憶が曖昧だ。

 頭をひねって思い出せるのは、中学の頃に未遂で終わった初めてのチュウの、微妙な空気感だった。


 未成年の大事な初めてが霞むのも仕方がない。教室で見た夢の道は長く、成人して今日までの間に、引き返すのが嫌になるほどの遠くまで歩いてきた。


 過去は懐かしむだけでいい。返してほしいとか、戻りたいとか思わない。


 それよりも、オッサンは今をうまく生きたいと望むばかりだ。

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