したきりすずめの開封動画

 福袋の開封動画が投稿される頃は、きまって彼女への取材を思い出す。

 誰が呼んだか、強欲の王。女性なのに、王女ではなく、王。

 今まで取材したなかで、一番の金持ちだ。




「強欲の王と揶揄されるほどの富を築かれましたが、お金持ちになった秘訣は、さすがに答えてもらえませんよね?」

「教えてもいいが、参考になるとは思えないな。とにもかくにも、いまの生活があるのはパートナーのおかげだよ」


 そういうと、強欲の王は指につけている装飾品の中で、もっとも地味な指輪を感慨深く触った。


「想像してもらいたい。路地裏で撃たれた男をみつけた。風見さんなら、どうする?」

「関わりたくはないですね。だから、貧乏な生活を送ってるって指導いただいても、この性格が変わるかどうか」


「いまにして思えば、パートナーは変化を求めていたのかもしれない。ただ、付き合わさられる身としては不満がいっぱいだった。家に友達を呼ぶのさえ、いやだった頃だ。なのに、二人の部屋に招くのが『雀』とかいうコードネームを持ったあきらかにやばい奴なんだから。しかも、怪我の手当てをしてかくまうことになるしね」

「想像するに、日常に異物が入り込んだ感じですよね。しかも、手当てが必要ってことは、しばらくは寝たきりだったとかなら、もっと大変ですよね」

「実際に寝たきりだったわ。けどね、その頃のほうがマシだった。大変になるのは、『雀』が動けるようになってからよ。何がキッカケだったのか覚えてすらいないんだけど、すぐに私の我慢は限界に達した。多分、ものすごく些細なことだったんだと思う。でも、私は激昂して『雀』を追い出した」


「パートナーの方と、それが原因で揉めたりはしませんでしたか?」

「直接、文句を言われることはなかったけど、見るからに『雀』のことを気にはしていたみたいだったわ。だから、揉めたのは『雀』を追い出した直後よりもパートナーが小さな箱を持って帰ったときの方かしらね」


「小さな箱?」

「箱の中身は金銀財宝だったわ。どこで手に入れたのか気になるので、問い詰めると『雀』が所属する組織のアジトに顔を出して、歓待を受けて土産としてもらった箱だと話してくれたわ」

「パートナーさんは、危ないことをしてたんですね。そりゃ、揉めますよね」

「そもそもね、私のパートナーでありながら、こそこそと『雀』と会ってるだけでも腹ただしいっていうのに、それよりも怒るべきことがあったからね。持ってかえってきた土産の箱のことよ――土産は大きな箱と小さな箱を選べる状況だったそうなの。それで、小さな箱をパートナーが選んだのは悪手でしょ。貰えるものは全部、貰っていけよ、このたわけ者が」


「なんだか、オチが読めてきました。今度はあなたが『雀』のアジトに押しかけるんじゃないですか?」

「そうよ。『雀』は私とパートナーの家で療養したんだから、私にも見返りを得る権利はあるはずでしょ。実際、私も歓迎されたわ。いまの生活に通じるものの基礎は、あそこで得たといっても過言ではない。あんな美味しいものを食べたのは初めてだった。快楽の座よ、あれこそ。なのに、夢のような時間はすぐに溶けて消え、現実と紐づけるものとして、お土産を選ばせてもらえるだけになった。あのときの私は未熟で、片方しか選べなかった」


「元気でいるってことは、小さい方を選んで、パートナーの分と合わせて、金銀財宝を元手に起業したってところですか?」

「全然ちがう。私が選んだのは、大きな箱よ」

「大きな箱?」

「そう、大きな箱。金銀財宝が小さい箱よりもいっぱい入ってるって安直に考えてね」


 したきりすずめの昔話だと、それって不幸になるはずでは。

 現実はちがうのか。


「家に帰るまでは開けるなと言われていたんだけど、あまりにも重たくてね。箱を車に載せてたら、重さで後輪のタイヤが死んだほどよ。思わずムカついて、どれほどのものが入ってるのかと思って、開けてみた」

「約束破ったらやばいパターンでしょ」

「なんで? すごいのが入っていて喜んだわ」

「小さい箱よりも、金銀財宝が、がっぽがっぽと?」

「いえ。入っていたのは、魑魅魍魎よ。素敵だとは思わない?」


「素敵じゃないですよ。あきらかに『雀』が所属する組織の嫌がらせじゃないですか。命を狙われてますよね」

「向こうの思惑はどうでもいいの。魑魅魍魎を私にくれたって事実が重要なの」

「いや、でも。どう考えたって、開封したときに入ってるのが金銀財宝のほうが嬉しいですよね」

「嬉しいのはそっちだとしても、価値があるのは魑魅魍魎でしょ?」


 金銀財宝と魑魅魍魎。頭の中で、二つとも意味を思い出してみる。

 財産や宝物。財産となる価値の高い物品。

 人に害を与える化け物の総称。

 このどちらかが手に入る福袋が新年に販売されていたとしても、風見は購入に踏み切れないような男だ。

 金銀財宝の手に入った未来が、魑魅魍魎のせいで霞んでしまうから。


「最初は私を食い殺そうとしてた魑魅魍魎が、私に教えてくれた。私の中にあった、底知れない強欲にね。それに気づいたら、私が食い殺されるはずがない。むしろ、魑魅魍魎を従えるのも自然な流れでしょうに?」


「なるほど。ちなみに、魑魅魍魎を従えた強欲の王が最初にしたのは、いったいなんなのでしょうか?」

「パンクした車を引っ張ってもらって、Uターンすることよ。『雀』のアジトに戻り、小さい箱を貰いにいったの。ほら、私へのインタビュー前に写真を撮っていたあの箱よ」


 写真撮影をさせてもらった直後なので覚えている。

 小さいとはいっても、スーパーで売っているみかんの入ったダンボール箱ぐらいの大きさはある。噂では、年末ジャンボの一等ぐらいの金が手に入ったそうだ。


「そういえば、外観しか撮影していなかったわね。中身を見てみる?」

「いいんですか?」


 風見が撮影用のカメラを準備している間に、強欲の王は『雀』からもらった小さい箱を開ける。


「いまは、やっぱり空ですよね。あたりまえですけど」

「そうよ。でも、新年を迎えたときには、これがいっぱいになってるのよ」

「どういうことです?」


「あたしを殺そうとしたんだから、一年に一度、誠意をいれてもらってるのよ。この小さい箱を開封するのが、新年の楽しみね。毎年、買ってないのに年末ジャンボが当たってるのよ」

「最後まで僕の想像力が貧困でした。強欲の王と呼ばれる方ならば、箱いっぱいの金銀財宝を一度しかもらえなくて満足するはずありませんよね」

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