ありあまる定食

 馴染みの定食屋で、いつもと同じ席に風見は座る。

 メニュー表を見ることなく、お冷を運んできた女性従業員に注文を告げる。


「いつもので」

「はい、Cセットですね」

「あ、それと」

「珍しいですね。風見さんが、他にも注文するなんて」

「そうじゃなくて、あれは何を揉めてるの?」


 声を潜めて訊ねる必要もない。レジカウンターを挟んでの、店長と客の話し声が大きいために、こちらの声は向こうに聞こえないだろう。


「うちの新メニューをご存知ですか?」

「大食いチャレンジみたいなやつだろ」

「お客さんが、完食したんですけどね。店長がお金を請求してまして」



「おかしいだろうが。完食したら、タダになるって、メニューじゃなかったのかよ? あ?」

「勘違いするな。ワシは、そんな単純なコンセプトで、あの料理を提供している訳ではない。お前が、注文したメニュー名は、なんだ? 言ってみろ?」

「あ? そんなのどうでもいいだろうが」


 怒り狂う客と違って、風見はメニュー名が気になった。

 壁にはられた手書きのポスターを見て、確認する。


 飢餓と食品ロス定食。


「どうでもよくない。ワシは、食のありがたみを理解してもらうために、この定食を提供してるんだ。知ってのとおり、地球上の人間は九人に一人の割合で飢えに苦しんでいる。それなのに、生産される食品の三分の一は捨てられているんだ」

「知らん!」

「なら、この機会に覚えて帰れ。捨てられる食品を、どうにかして飢えに苦しむものに与えられれば、五秒に一人のペースで餓死する子どもたちを救うことができるんだ。ワシはな、飢えに苦しむ人が腹いっぱい食べればと思って、こんな風に大盛りの定食を提供しようと決めた。だからこそ、残したときには、食品ロスした罰として、大金をもらっているんだ」

「だから、残してねぇだろ。なにが不服なんだ」


「いただきますを、言ってから食べたか?」

「こっちは、店に食いに来てる客だ。店員が作ってくれるのに感謝しなくても、別にいいだろ」

「お前の理屈で、料理人に対しての挨拶をしなくていいとしても、食べ物になった生命に対しての感謝をおろそかにしてはダメだろう」


「なんだよ、それ。カードゲームのUNOで、UNOって言わずに残り一枚になったらペナルティーがあるみたいなもんかよ」

「それは、知らん。UNOってなんだ? 食えるのか?」

「わかんない話は忘れろ。とにかく、こういうことか? おれは定食を食い始めた時点で金を払うのが決まってたってか?」

「食に感謝する言葉は、いただきます、だけではないだろ?」


「ごちそうさまでした」

 怒り狂っていた客が、きちんと手を合わせる。

 その様は、飢えに苦しむものに対しての謝罪のようにも見えた。

 飽食な国では、知らぬうちに誰もがどこかで食品ロスに加担している。


 どこかの国では、給食があるから学校に行く子供がいる。学校という救出。

 それよりも、もっと飢えに苦しむところでは、飯を食うために戦争に参加する人もいる。支給される食料を目当てにしなければ、餓死してしまう。どうせ死ぬのならば――ということなのだろうか。


「でもまぁ、お前はダメだ。挨拶が半人前だから、半額は払えよ。今日の勉強代だ」

「ムカつくな。これで、まずかったら文句しかねぇけど。店長の作る定食は美味いからな、畜生」

「当然だろう。美味さってのは救いだ。生命をいただいている罪悪感を忘れさせる役割も担ってるんだからな」


 結局、客と店長は仲直りしている。

 定食屋は今日も平和だ。

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