放火犯の心理状態
2019年には、歴史に刻まれる火の災いが複数件起きている。
京都アニメーション放火殺人事件
首里城火災
風見がお蔵入りとした取材記録をチェックしていると『放火犯の心理』というタイトルを発見した。
「まず最初に。確認事項として、三つ質問させてもらいます」
「名前は言わんぞ」
「当時のN氏の家に誰が住んでいたかご存じでしょうか?」
「正義感の強い姉とチンピラの弟だろ」
「火災とは無関係のところで、それより以前に亡くなられていた姉弟のご両親については?」
「知ってたはずだが、ダメだな。昔のことすぎて忘れてしまった」
「では、ベンヌという鳥のUMAをご存知ですか?」
「なんだそれ。岩田屋で鳥のUMAといえばサンダーバードだろ?」
2013年の秋に、岩田屋町のN氏の一軒家が火災被害にあった。
今回の取材記録は、風見が独自のルートで、放火犯とおぼしき人物にアポをとったものだ。
相手方の希望により、取材の日時や場所などの記載は一切できなくなっている。
「放火の背景にある心理は、その特徴から七つにわけられることはご存じでしょうか?」
「いや、知らん」
「では、順を追って説明させていただきます。それによって、今回の放火事件において、どれが、あるいはどのような複合的なもので放火に至ったのかを紐解きたいと思います」
「まず、第一の要因として、『恨み・復讐』というものがあります」
「放火理由にありがちだな。『恨み・復讐』ってのは」
「その建物に居住している人物を殺害したり、相手にダメージを与えるために放火に至るという流れです。この場合、建物内や周囲の建物にいる人を巻き込んでしまうことが多く、大規模な火災になったり、多くの死傷者を出す結果となることも多いのですが」
「うん、ちがうな。だいたい、家に誰もいないときに放火したんだよ、こっちは」
「では、家にいないからこその第二の心理状態に繋がるかもしれません。『権威への反発』というものなのですが」
「なんだそれ? 『権威へのなに』って?」
「反発です。本人よりも強大な存在に対して、反抗する意味合いで放火に至るケースですね。たとえば、姉の正義感や弟のチンピラといった象徴的なものに抗うといった意味合いで。どうしました? 笑っておられますね」
「すまんな。見当違いすぎて、面白くなった」
「でも、そこまで笑うことでもないんですよ。実際に、更地となった跡地で何名かが短い動画をつくり、SNSで発信しましたからね。どれも似たような内容でした。『この家を燃やしたのは、俺だ私だって』彼らの行動は、正義やチンピラに対して反発した結果のように思います」
「くだらない動画だな」
「否定するってことは、第三の心理状態の『承認欲求』でもなさそうですね」
「思うに『承認欲求』に飢えてるのは、嘘ついて、目立とうとした奴らのほうだろ。しかし、理解に苦しむ。動画をあげた連中は、それでなにがしたかったんだ。ダサすぎだろ」
「その通りだと思います。ですが、放火そのものを楽しむ心理よりはマシでしょう。第四の心理状態である『愉快犯』は、火を見て興奮したり、消火活動を見物することを目的とするそうです」
「もっとえげつない『愉快犯』なら、放火によって、性的な満足度を得ている奴もいるんだぜ」
「もしかして、あなたがそうだとか?」
「ちがうっての。むしろ興奮してるのは、嘘ついて動画をあげた連中だろ。おれの芸術的な仕事に群がりやがってからに、SNSにしか居場所のない、くそしょうもない連中がよ」
「群がったのは間違いないですが、彼らは彼らで罰を受けてますよ。最初におたずねしましたが、N氏宅の母親が警察官だったと知らなかったんですよね」
「警察官だったのか?」
「ええ。だから、ふざけた動画をあげた連中は、もれなく捕まっていましたよ。身内が傷ついた際の警察は、極道と着ている服がちがうだけですね」
「向こうは制服、こっちはスーツってか?」
「そういう事情もありまして、警察は本気になって捜査をしました。なにかしらの証拠が残っていないかと必死です。最近は、すごいんですね。建物内での事件性があることの『証拠隠滅』って、燃やしたぐらいじゃ消せないんですよ。これぞ化学の発展です」
「第何個目かわからんが、次の心理状態は『証拠隠滅』ってか?」
「お察しのとおりです。たしか、五番目ですかね。とにもかくにも、消火後でもさまざまなデータを採取でき、犯人の特定にまで至ることが多いそうです。でも、その人物を特定するのは、僕のほうがはやかったみたいですがね」
「なんにせよ、『証拠隠滅』とかの言葉を使うなよ。そんな理由で放火してねぇからな」
「では、六番目の『利得目的』ですね。実は、これが一番怪しいと踏んでました」
「具体的に教えろ。『利得目的』ってのは、なんだ?」
「学校に放火して授業を休みにする、会社に行きたくないから火をつけるといったように、個人の願望のままに放火するようなものです。先ほどの、警察の捜査によれば、家主が不在の状態が続いていたにも関わらず、誰かが生活していたのが判明したようです。それって、あなたが生活してたんですよね?」
「そうだと認めたら、『利得目的』になるのか?」
「調べはついてるんですよ。あなたは、弟に一矢報いる役だった。弟は、行方不明の姉を探すために、極道組織に恥をかかせたという狂った男です。狂った男が育った家で生活するあなたは、単純に弟がこわくなって火をつけた」
「ちがう。おれがそんな薄っぺらに見えんのか?」
「ええ。ただ家を燃やしただけですもんね。どうせ火をつけるなら、弟に脅しのひとつぐらい入れるべきじゃないですかね? あ、ちなみに放火の七番目の心理状態は『脅し』です」
「残念ながら、脅し目的で放火したんじゃねぇから、それも外れだ」
「ものは言い様ですね。脅迫すらしなかった雑魚なのに、認めないなんて」
「顔を真っ赤にして煽るねぇ、風見くん」
「わかってますか? 切羽つまって火をつけるのなら、SNSの小僧どもと同じで、子ども遊びと変わらないって」
「だから必死すぎるぞ。七つの心理状態を出しつくしたのに、おれの放火理由にあてはまらなくて、苛立ってるんだろ?」
「そうですね。最初から答えをきいておくべきでした。どのような理由から、N氏の家を放火したのですか?」
「芸術作品を産み出したかったんだ。猿が火を道具として使うようになってから、人間はここまで炎をコントロールできるようになったってのを証明したかったんだよ」
「人間が火を支配できると信じてるんですか?」
最初にたずねたが、放火魔はベンヌを知らなかった。
ベンヌとは、エジプト神話に伝わる不死の霊鳥だ。不死鳥やフェニックスといった火の鳥の原型でもある。
火に深い関わりを持つ鳥は、毎朝生まれ、夕暮れと共に死んで次の朝に再び生き返るとされた。生と死を繰り返す姿は、おそらく太陽を象徴している。
太陽の動きとは、人間が最初に得た時計だ。
火を支配できるという傲慢は、時を支配できるという妄想に似ている。
「おれは放火しても、人は殺さない。人が燃えるのなんざ、二流の仕事だ。いずれは、重要文化財も綺麗さっぱり燃やしてやるよ。人間が産み出した傑作を燃やしつくす」
「あなたの余罪を調べていないので、他の放火は、確かに芸術の一環なのかもしれませんね」
「おれの放火は、火を支配した芸術以外のなにものでもねぇ」
「けど、岩田屋での放火に限っては、そうじゃない。あなたのくだらないプライドを守るために、消防隊員は被害を最小限に食い止めた訳じゃない」
「消防士が、みな英雄だとでも言いたいのか? 消防士の中には、おれみたいに放火癖で悩んだ過去を持つ奴だっているんだぜ」
「あなたこそ、消防士に幻想を抱いていますね。必死になって、N氏の火災被害を最小限におさえたのは、英雄たちが活躍したんじゃない。むしろ、最も人間らしい理由だっただけです」
「いま、思い出したぞ。N氏の家の父親は殉職した消防士だったな。そうか。母親が警察官だったから、必死に捜査したようなものなのか」
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