岩田屋フライデー
郷倉四季
桃太郎
かつて、鬼が暴れて人々を苦しめた町、岩田屋町。鬼退治をした英雄は、本名の頭文字からM太郎と呼ばれている。
この町で後ろ楯のない状態で取材などの活動をするならば、M太郎には筋を通すべきだと風見は考え、いの一番に挨拶をした。
数多の英雄たちの中で、彼はアポがとりやすい。
彼の自宅に行けば、必ず会える。病的に白くなっている肌からわかるように、ここ何年かは一歩も家から出ていないようだ。
だからだろうか、持参したお土産にいつも喜んでくれる。
今回は、とくに上機嫌だ。大物になった代名詞とも言える事件について、自らの口から語ってくれるほどに。
「では、鬼退治についてお話いただけますか?」
「そもそも、ワシは産まれたときから特別な存在だと、風見くんも知ってるよな?」
「Mから産まれてますもんね」
「ただしくは、Mをキッカケにして産まれた、だな。うちの両親は年老いていたが、大陸から流れてきたMを体内に取り込んだことで若返った。それでハッスルして産まれたのが、ワシだ」
「てっきり、川から流れてきたMを割って、そこから産まれたものだと思っていました」
「ワシだって人間だからな。ちゃんと両親がいるさ。ただまぁ、人間を若返らせるという無茶苦茶なMのエネルギーを、子供であるワシがまるっと受け継ぐことになったせいで、異常な力が身に付いたわけだがな」
「なるほど。それで、M太郎さんが物心ついた頃には、ご両親がご高齢に戻られておられた訳ですね。その、ご両親の教育が良かったと、風の噂でお聞きしましたが?」
「教育が良かったというか、甘かったな。そもそも、不妊治療の末に手をだしたのが、Mっていうオカルトだったという話だ」
「さぞやM太郎さんの誕生が嬉しかったのだろうと、想像ができますね。圧倒的な力は、幼少期からあったそうで、その実力を隠すようにしたのは、ご両親の助言だったといわれていますよね?」
「それは、まったくの嘘だ。グータラに育っていたワシからすれば、怪力が噂になって面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったんだ。なのに、あいつのせいで全てが狂った。風見くんには、学生時代に活発すぎてうざい友達とかいなかったか?」
「うーん。カラオケに行った際に、絶対に歌わせようとする友達はいますね。あの場にいるのが好きなだけであって、歌うのは別にって感じなのに」
「ああ、わかる、わかる。そんな感じだ。あいつも根性試しとかいって、無茶をまわりに強要するやつでな。それで、自分が死にかけてるんだから世話ねぇよ」
「そこで、初めての英雄行為として有名な逸話に繋がるんですね。崖下に落ちた車をM太郎さんが引っ張りあげたっていう、にわかには信じがたいお話ですよね」
「友達を助けなきゃってことで、力が覚醒したとかアホな噂が独り歩きしてるよな。実際は、あのときに死なれたら面倒になると思っただけだから。だって、あいつヤクザの息子だったからな。それで、崖下に落ちた車の後部座席に乗ってたワシが、仕方なく担いで崖をのぼったんだ」
「車を担いで、崖を? そこは、噂通りなんですね」
「片手で断崖絶壁を登るから、もう片方の手で複数人は持てないだろ? だから、事故車に被害者をつめこんで、握力だけで車ごと持ち上げた。これで、死者が出ないからひと安心だと考えてたのが、甘かった」
「ついに、鬼退治をすることになるんですね。鬼の存在を知ったのは、そのときがはじめてなんですか?」
「いや、鬼のことは昔から知ってたよ。もとをたどれば、鬼と呼ばれる連中の異常もMからきてたらしいし。だから、争いたくはなかった。だって、やり合えば面倒なことになるって目に見えてるだろ。けどまぁ、鬼退治を命令してきた連中に逆らうほうが面倒なことになりそうだから、やるかって流れだったね」
「仲間をつくったのは、しぶしぶ行く道中だったんですね。猿、雉、犬と呼ばれる裏鬼門の三名」
「裏鬼門の三名は、たいした報酬もないのに頑張ってくれたよ。実際、鬼のアジトに乗り込んだ時、ワシがしたのは二つだけだ。鬼たちが酒盛りをはじめて泥酔するまで、裏鬼門の三名が飛び出さないようにおさえつけた。三名が飛び出したあと、ワシは鬼たちが食ってた飯と酒を味わう余裕もあったし。そうこうしているうちに、三名がボロボロになりながらも、鬼たちを追い詰めていた。ただ、追い詰めても問題があった。裏鬼門の三名と、鬼どもじゃ、格がちがいすぎて、殺すことができないんだ。だから、鬼たちにも余裕があった。回復したら、殺してやるって脅してきた。なので、ワシが見せしめにボスを殺した」
「すごいですね。格がちがいすぎるのを鬼側じゃなくて、味方にも知らしめたんですね」
「結果的には、そうなったな。おかげさまで、鬼のところにあった宝を裏鬼門の三名は率先して運んでくれたからな。トドメをさしてなかったら、いうこときいてくれなかったかもな」
「実力でいえば、宝を独り占めできたはずなのに、山分けしたそうですよね。その行為も英雄視されている理由でもあるようで」
「そもそも、鬼が奪った宝を元の持ち主に返さない時点で問題行為だろ」
「ああ、それは確かに。でも、山分けが美談となってますよね」
「アホだよな。それに、ワシは金銀財宝を本当に価値のあるものだとは思えない」
「では、M太郎さんが考えるお宝とは、なんなのですか?」
「子供時代に代表されるような、怠惰な生活だ。大人の金持ちの生活なんてものは、一般的な子供が与えられている自由と根本は変わらない。保証された衣食住。金を稼げて好き勝手生きられるのに、想像力が足りない連中は、経験した、あるいは傍で見てきて憧れた生活に手を出すだけだ。到達点がそれならば、ハナからそこを目指せばいいのに、ずいぶんと遠回りをするよな」
「そう考えると、桃太郎の話って、怠惰な人間が一度だけ頑張っただけの話なんですね」
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