第88話 不屈の闘志(4)

絶対零度の冷気を喰い破った稲妻の如き竜巻が嵐のように過ぎ去っていく。

そして、イツキの放った狂風は直線上に存在するモノ全てを飲み込み、ガルバーの背後に聳え立っていた山脈へと直撃した。

その衝突によって堅牢な岩石で形作られていた狩人ハンターの拠点が音を立てて崩れ始める。

理不尽なまでの威力だ。

やがて、山全体が沈み込むようにズズン……と呻き声にも聞こえる重低音をあげると、崩れていた拠点を完全に押し潰し、咳払いをするように大量の土埃を舞い上げた。

これで今度こそ完全に終戦したことになるだろう。

イツキはじっとその様子を眺めた後、何も言わずに崩れ去った狩人ハンターの拠点に背を向けた。


「…………さて、帰るぞ」

「はいはいっと………でも、いいんスか?あの狼って旦那のお気に入りなんスよね?このまま助けないと生き埋めで死にますよ?」


フィーネが未だに土煙の晴れない拠点跡を指差して疑問を呈した。

多少相殺できたとはいえ、あれだけ傷を負った状態でイツキの魔法を受けて無事だとはとても思えない。

だが、イツキは足を止めることなく興味なさげに首を横に振った。


「何か勘違いしているようだが、別にお気に入りというわけじゃない。ここで野垂れ死ぬならその程度だ。それに、今あそこに割って入るのは無粋というものだろう」

「…………??どういうことッスか?」

「お前が気にする必要はない。そんなことより、既に夜は開けている。さっさと街に戻るぞ」


頭上に疑問符を浮かべているフィーネを急かすと、イツキは相変わらずぐっすり寝たままのアンネを抱え上げ、エルネストリアの街へ向かって歩き出した。

普段通りの無愛想な元勇者の姿だ。

イマイチ腑に落ちないフィーネだったが、そんなイツキの取り付く島もない反応に「ふ~ん……そうッスか」と余計な追及はせずに引き下がる。

そして、その背中を置いていかれないようにヒョコヒョコと小柄な人形が追いかけ、ぴょんと肩の上に飛び乗った。


「旦那が手加減するから朝になっちゃったじゃないッスか~!」

「なら、お前だけ歩いて帰るか?」

「や、やだなぁ~冗談ッスよ冗談!そんなことより、お姫様は大丈夫なんスか?全然起きる気配ないッスけど」


元勇者に本気で森の中へ投げ飛ばされそうになったフィーネが焦ったように言い訳を並べる。

するとその言葉を聞き、イツキはエルネストリアの方角に向けて木々の上を飛び移りながら、腕の中で眠ったままの少女に目を移した。


「たしかにまだ目を覚まさないか……仕方ない。少し手荒な手段で――――」

「んぁ……はれ……?私どうしたんだっけ……ってイツキさん?!」

「やっと起きたか。ちょうど目を覚まさせようとしていたところだ」

「いやいや、なんか怪しい手付きでいかがわしいことしようとしてたッスよ〜?」

「おい、馬鹿なことを言うのも大概に―――」

「え、イツキさん、また変なことしようとしてたんですか……?!」

「アンネ、こいつの前で誤解を招くようなことは言うな」

「ん〜?おやおや~?また……ってことは、まさかの前科持ちッスか〜!さすが旦那やり手ッスね!」

「おい、アンネの前で下らんことを言うな」

「あわわわ……!旦那、そんな力強く握られたら首もげちゃうッスよ!」

「って、お人形さんが喋ってる……?!この可愛いお人形さんはイツキさんの友達ですか?」

「ああ、そいつはフィーネと言ってな。胡散臭い情報屋をやっている面倒くさい小人族レプラカーンだ。可愛らしい見た目だが、中身は屑だから気を付けろ。一応今回はアンネを助けるために少し協力して―――」

「って、ここどこですか!?さっきまで牢屋みたいな場所に閉じ込められていたはずなんですけど、あれってもしかして夢……?」

「いや、夢ではない。ここはヘルタの大森林だ。アンネを連れ去った連中は全部倒した。」

「え、あ、そうだったんですね!私もすっかり気が動転しちゃってて……」

「何というか、もうしっちゃかめっちゃかッスね~」

「おい、アンネが話しているんだ。少し静かにしろ」

「えぇ~…悪いのあたしッスか……?」


朝日が元気よく世界を照らしはじめたばかりの静けさが残る森林の中で、騒々しいほど矢継ぎ早に言葉が入り乱れていた。

まるで状況がわからずに焦るアイドルの少女。その質問に逐一完璧に答えようとする元勇者オタク。そして、なぜか理不尽な説教を食らう可哀想な情報屋。

とても激闘を終えたばかりとは思えない惨状だ。

だが、何はともあれ、こうして無事囚われのアイドルを救出した元勇者はエルネストリアの街へと帰還したのだった。


☆☆☆


ところ変わって、土煙に包まれた狩人ハンターの拠点跡。

巨大な竜巻に吹き飛ばされたガルバーはその外壁に激突した後、為す術もなく地面に落下していた。


「ぐっ……あっ……痛ぇ………あぁ?」


全身に迸る激痛で目を覚ます。そして、意識がはっきりしないままゆっくりと体を起こした。

どうやら少し気を失っていたらしい。

だが、それはガルバー自身にも予想外な状態だった。


「オレはなんで生きてんだ?」


純粋な疑問。

どう考えても死んでるはずだ。確実に死を覚悟したし、嘘偽りなく持てる全力でもって魔法を放っていた。

だからこそ、生きていることが不自然なのだ。

すると、不思議そうに自分の体を眺めているガルバーの元へドタドタと忙しない足音が近付いてきた。


「おい、ガルバーさんが目を覚ましたぞ!」

「よっしゃあ!じゃんじゃん薬草もってこい!」


ガルバーの元へとやって来たのは、さっき冒険者イツキに蹴散らされた若い狩人ハンターたちだった。

ふと周囲を見回せば、何十人もの若手の狩人ハンターたちがボロボロになった体を引きずりながら働いていた。誰もが命を繋ぐために必死に。

そして、そんな彼らの姿を見て、ガルバーはすぐに気が付いた。

今こうして自分が生きているのは、彼らが身を挺して助けてくれたからだと。


「お前ら……なんでこんなこと……」


つい口をついて言葉が出てくる。

もう全部終わったんだ。あの冒険者に負けた瞬間、勝手にそう思っていた。

すると、その言葉を聞いた部下たちは、元気づけるように笑いながらガルバーの背を力強く叩いてみせた。


「なに弱気なこと言ってんすか!負けても這い上がるのが俺たち狩人ハンターっすよ!」

かしらを助けるのが下っ端の役目ですから。それに俺たちはガルバーさんの背中を追っかけてここまで来たんです。勝手にいなくなられちゃ困りますよ」

「でも、見ての通り拠点も無くなっちゃったんで、また一からスタートっすね!」


誰もが諦めなど微塵も出さずに未来への言葉を口にする。まだまだこれからだ、と言い聞かせるように。

そんな彼らの姿を見て、ついガルバーの胸にも熱い何かが込み上げてきた。

取り戻すべき誇りは、どうやら心の中にあったらしい。だったら、やることは一つだけだ。


「ったく、馬鹿野郎ばっかだな………ハッ!いいぜ、お前ら、次はあの冒険者をボコボコにできるぐらい強くなってやろうじゃねぇか!」


かつて狂戦士バーサーカーと恐れられた狩人ハンターの男が、沈んでいた目を再びギラギラと輝かせながら立ち上がる。

だが、その目は以前とは違い、周りの狩人ハンターたちと共にしっかりと前を向いていた。

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