第87話 不屈の闘志(3)
「血迷ったか、この馬鹿が……ッ!」
両手をこちらに構えて魔力を急激に高め始めた堪え性のない獣に向かって、イツキが盛大に舌打ちをする。
どう考えてもガルバーは魔力不足だ。あれだけ
魔力を使い切ること。それは即ち気力を失うことと同義だ。
そして、肉体が万全の状態ならともかく、ガルバーはほぼ死にかけという体たらく。これでは自ら寿命を縮めていると言う他ない。
「旦那〜……あれ、そのまま死んじゃいません?」
「だろうな。たとえ魔法を放てたとしても、そのまま気絶して死を迎えるだろう。まったく少しは忠告を――――ん…!?」
そこで、イツキはようやくガルバーの放つ気配の異変に気付いた。
「(これは、魔力が際限なしに上がっている……?)」
違和感に刺激され、イツキは研ぎ澄まされた肌感覚だけで対面する
…………そうだ、勘違いじゃない。先ほどまで沈みかけていた魔力の波が、まるで不死鳥のごとくうねりを上げながら跳ね上がってきていた。
「が……ぁぁああ……はぁぁぁぁぁぁあああああ――――!!」
ガルバーが魂を削るかのように叫び声を上げる。
力尽きる寸前だった
ここにきて火事場の馬鹿力が働いているのか、はたまた何か特殊な
いずれにせよ、普段からは考えられない魔力を発していることだけは確かだ。
「………フィーネ、アンネのところまで下がっていろ」
イツキは有無を言わせぬ緊迫感を伴った声音で
あれだけの魔力で魔法が放たれれば、ここら辺一帯がどうなるかわかったものではない。そんな魔法の嵐にアンネを巻き込むわけにはいかない、というイツキのアイドル至上主義による判断だ。
いつでも大事なのは、推しのアイドル。
だが、それは同時に異常な気配を放つガルバーの魔法を真っ向から受け止めるということを意味していた。
そんな元勇者の行動にフィーネが心底嫌そうな表情を浮かべる。
「えぇ〜…まさか撃ち合うんスか……?流れ弾で吹っ飛ぶなんてことになるのだけは嫌ッスよ?」
「安心しろ、勝負は一瞬だ。それで終わる」
放つは一撃。穿つは一閃。
これは魔法の撃ち合いなどという大層なものではない。風前の灯火となった男が仕掛ける悪あがきを正面から打ち返すだけだ。
一度決めたら断固として譲る様子のない元勇者の姿に、フィーネは「まあ別にあたしの知ったことじゃないッスから」と呆れた様子でイツキの傍から離れていった。
残ったのは、相対する不愛想な冒険者と傷だらけの
「ハッ……!てめぇなら…乗ってくると…思ったぜ……」
「誘いに乗ったわけじゃない。俺にとってはこれが最適解なだけだ」
「そうかよ……なら、これで消し飛びやがれッ――――!!」
魔力の収束。
ガルバーの体内をたゆたっていた魔力の波が一気にその双手へと集中し、蒼白の輝きがじわりじわりと溢れ出す。
一人の
「【フロスト・ジャベリン】――――ッ!!!」
巨大な氷柱が大地を食い破り、唸りを上げて突貫していく。
膨大な魔力を含んだ単詠唱による氷魔法。
これだけの魔力量となると完全詠唱魔法では容易にコントロールできないと踏んでの単詠唱なのだろう。もしくは獣の本能的な采配か。
どちらにしても十二分な威力を伴った渾身の一撃が仇敵に向けて放たれた。
「凍り付けぇぇぇぇぇええええええ――――――!!!」
莫大な魔力によって生み出された冷気が周囲の木の葉まで凍り付かせ、森林を銀色に染め上げながら侵食する。
今のガルバーが唱えられる限界の威力だ。小さな村程度なら飲み込んでしまうほどの破壊力を誇っている。
だが、それを迎え撃つは油断も隙もない元勇者。
単詠唱とは思えない超常的な魔法を前にしても眉一つ動かさず、ゆっくりと片手を氷の波へと向けた。
「―――――――――【ハイリベレーション・イーレ】」
たった一詠唱。
それだけで、絶対的な大気の嵐が巻き起こる。
そして、次の瞬間には忍び寄っていた冷気を悉く消し飛ばし、広大な森林全体に響くほどの風切り音を吹かせる巨大な龍を模った竜巻がこの地に舞い降りていた。
単詠唱であるにも関わらず、
それは、あらゆる足枷から解放されたイツキが放つ仮借なしの全力だった。
「―――――――――――――――――ッッ!!!」
絶対零度の冷気と神災にも等しい狂風が衝突する。
直後、金切り声のような騒音がしんと静まり返ったヘルタの大森林を切り裂くように響き渡っていく。
一進一退の激烈な攻防戦だ。
空気をも凍らせる冷気の渦が地面すらも凍り付かせながら冒険者へと迫るが、それを稲妻の嵐となった幾条もの竜巻が氷漬けになった森林ごと根こそぎ空へと打ち上げる。
そして、氷の波が覆い尽くすように風を止め、さらにそれを竜巻が暴力的に切り裂いていく。
しかし、実力の差は歴然だった。
「ぐっ……クソがぁぁぁあああ……ッ!!」
ガルバーが全身の魔力を振り絞りながら苦悩の表情で叫び声を上げる。
そして、とうの昔に限界を超えた肉体に鞭を打ち、魂すら削り取るかのようにあらゆる力を注ぎこんでみせた。
だが、それでも狂風の化け物の勢いはとどまることを知らず、巨大な口で全てを喰い散らかしていく。
無慈悲で、理不尽にさえ見えてくる恐ろしいまでの力だ。とても人間業とは思えない神の領域にすら踏み込んだ超常現象は、目の当たりにした者の無意識の中に恐怖を呼び起こす。
だが、ふとした疑問、ガルバーにはそれが神罰のように映った。
「チッ……やっぱ敵わねぇか……」
言い逃れようのないほどの完敗だ。
そして、最後の最後まで不敵な笑みを浮かべたまま、孤独を背負った
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