第86話 不屈の闘志(2)

「がぁ……ぁぁぁぁぁぁあああああ―――!!!」


気迫だけで意識を取り戻したガルバーがフラフラと立ち上がった。

足はガクガク。自分でも立ってるのか倒れてるのかわからないほどボロボロだ。きっと見た目はもっとエグい感じになっているのだろう。

だが、どういうわけか痛みも疲れも全て通り越して、フワフワとした高揚感が体を包み込んでいた。もしかしたら全身の感覚がほとんどなくなってきているだけかもしれない。

けれど、どれだけ死に体であっても、まだ闘う意志だけは失っていなかった。


「負けて…たまる…か……っ!」


口から魂を吐くかのように声を絞り出す。

声に出しておかなければ今にも倒れてしまいそうだった。

“絶対に負けられない”

その揺るぎない衝動だけがガルバーの体を動かしていた。


☆☆☆


「あれだけの傷を受けて尚、心だけで立ち上がってくるのか……にわかには信じがたいな」

「うわぁ……なんかキマってる感じするッスねぇ……」


ふらつきながらも立ち上がった満身創痍の狩人ハンターの姿を見て、イツキは驚愕の表情を、フィーネは引き気味の表情をそれぞれ浮かべた。

どう考えても致命傷に等しい傷を負ったはずだ。

それに加えて、疾風の靴ゲイルブーツで酷使した足はまともに動かないはず。たとえ立ち上がったとしても耐え難いほどの激痛が襲い掛かっているだろう。

一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。なぜそうまでして立ち上がろうとするのか。

その傷だらけの獣は、イツキでさえも理解の及ばない異常な気配を放っていた。


「ぐ……っ!ぁ……がっ……ぁあ!」

「やめておけ。それ以上は命を落としてもおかしくはないぞ」

「冒……険者が……っ!同情すんじゃ……ねぇ……!」


イツキが至って冷静な口調で静止をかけるが、ガルバーは強引にそれを振り払う。

誰かに指摘されるまでもなく、自分の体が壊れかけていることなど十二分に承知していた。命に危険が迫っていることもよくわかっていた。

だが、それをよりにもよって冒険者に指摘されることが無性に気に食わなかった。


「ハ……ッ!てめぇら冒険者に…心配されるたぁ最低な気分だ……!」

「心配はしていない。ただ事実を言ったまでだ」

「くひひ……!そう……かよ。いいねぇ……最高だ……!」


表情をピクリとも変えない冒険者を見て、ガルバーはなぜだか妙に笑えてきてしまった。

正直自分でも立ち上がれているのが不思議なぐらいだ。命を落とすと言われてもあながち間違ってはいないだろう。

だが、体の内側から不思議と力が湧いてくる。

ごちゃごちゃしたことは考えるな。

今はこの衝動を目の前に立ち塞がる敵にぶつけるだけだ。


「残念……だが、オレの体は……まだ動くぜ……?」

「ああ、そうらしいな。だが、今更どうこうしようとお前の負けだ。無駄な足掻きをしても後々の自分を苦しめるだけだぞ」


満身創痍で若干ハイになっているガルバーを前にしても尚、イツキは警戒心を解くことなく冷静に受け答えをしてみせた。

息絶えていなければ全ての存在が等しく敵である。そう言わんばかりの泰然自若とした姿。

あらゆる才能を遺憾なく発揮し、攫われた少女を助けるために単身で敵の本拠地に殴り込んでくる姿はまさに英雄そのもの。

先ほどまで殺し合った敵に向かって『闘うのはよせ。お前の負けだ』などと言えるヤツは決まって英雄と呼ばれる類の人間しかいない。眼前で颯爽と立っている不愛想で小汚いチンケな装備を身に纏った男がまさにそれだ。

少なくとも、英雄を志した獣の目にはそう映った。


「てめぇは……主人公なんだ…ろうなぁ…!真っ当な道を……走りやがってよぉ……!」


狂戦士と呼ばれた男がつい羨ましさに表情を歪めて口をこぼす。

自分の道が間違っていたとは思わない。けれど、こうして実力の差をまざまざと見せ付けられて全く気にしないわけにもいかなかった。

だが、当の元勇者はそんな眼差しをも冷ややかな目で打ち返す。


「言っておくが、俺は主人公じゃない。こうして人を至極当然と殺せる者に真っ当も何もないだろう。自身の過ちを後悔するなら勝手にしていろ。そんなものは闘わなくてもできるはずだ。だが、死んでは何も成すことはできない」

「チッ……こんな時も……綺麗事の正論マシーンかよ……」

「綺麗事など知ったことか。俺はいつでも本気だ」


一刀両断。

曇りのない真っ直ぐな瞳で冒険者は語る。

ああ、そうだ。この鬱陶しい冒険者はいつだって大真面目な馬鹿野郎だった。

ガルバーは心の中ですんなりと納得する。

勝てない相手に尻尾を巻いて逃げなかったのも、きっと相手がこいつだったからに違いない。


「よぉ……てめぇには……死んでも守りてぇモノはあるか…?」

「ああ。だからここまで来た」

「ハッ……!そうかよ、やっぱりあのガキが……それってわけか」


イツキの揺るぎない返答を聞き、ガルバーは天を仰ぎ見ながら僅かな後悔を噛みしめる。

一番聞きたくなかった答えが返ってきた。いや、どうせそうじゃないかと心のどこかで思っていた。

ならば、これは避けられない闘いだ。

改めてそう実感したガルバーはギリリ…ッと歯を食いしばって、両手を眼前の冒険者に向けてかざす。


「なら、オレがここで引けねぇ理由もわかんだろ……ッ!!」


互いに譲れないのなら闘うしかない。

強さを追い求めた獣には、それしか前に進む手段がないのだから。

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