第85話 幕間 狩人の追憶

声が聞こえた。

自分を指差して嘲笑する者たちの声が。

ただ獣を狩る辺境の部族。エルフの真似事をするヒューマン。彼らにとってはそれが狩人ハンターであり、自分たちがこの森を安全に通るための道案内としか思っていないのだろう。

ふざけるな!

そう、幼い頃の彼は叫んだ。

数多くの英雄譚を読み漁っていた彼には、かつて栄華を誇った部族である狩人ハンターが力もない商人相手にヘコヘコと頭を下げ、小間使いのように警護をする姿が耐えられなかった。

傑出した弓矢の腕と他の追随を許さない統率力を持つ英雄たち。それが彼にとっての"憧れの狩人ハンター"だったのだから。

そして、王都から離れたヘルタの大森林に居を構えた今でも、その卓越した技術は衰えておらず、エルネスタ王国全土に溢れ返っている有象無象の冒険者たちよりも遥かに優れた能力を備えているはず。少なくとも、幼少期のガルバーはそう信じて疑わなかった。

だからこそ、孤高の夢を語ってみせた。


「エルフだぁ?知ったこっちゃねぇだろうが!オレたち狩人ハンターが世界で最強なんだからよ。こんな森に引き籠ってねぇで世界を獲りに行こうぜ!」


だが、現実は無情だ。

ガルバーが殻を打ち破ろうと懸命に叫んでいても、ほとんどの狩人ハンターは賛同すらしなかった。それどころか外の世界を知る若者以外は誰も彼もが変化を嫌い、ガルバーを"異端者"として非難した。

彼らは既に、心までもが狩猟部族に成り下がっていたのだ。


「………力が必要だ。誰にも負けねぇ力を手に入れて、オレがこの世界を見返してやる」


絶望に打ちひしがれた後、若き日のガルバーはそう誓った。

誰にも負けなければ、誰も狩人ハンターを見下すことはなくなる。そうなれば、他の狩人ハンターたちも誇りを取り戻してくれるはずだ。

そして、その言葉通りに彼は強くなった。

類まれな身体能力を持ちながらもひたむきに狩人ハンターの技術を修得し、忌み嫌われていた外界の魔法の知識も貪欲に吸収しては自身の力へと昇華していった。

もはや総合力では狩人ハンターの中でも右に出る者はいないと言われるほどの強者へと成り上がってみせたのだ。


狩人オレたちはまだ落ちぶれちゃいねぇ。小さな灯だろうが、野にを放てば全てを飲み込む真っ赤な炎になるんだからよッ!」


やがて、ガルバーは同じ志を持つ若い狩人ハンターを従えると、自分たちの力を誇示するようにエルネストリアを我が物顔で闊歩する冒険者たちの排除をはじめた。

最初は下級冒険者を、そして次第に標的を大きくしていき、終いには冒険者ギルドすら敵に回すようになっていった。

しかし、誰が何と言おうと、エルネストリアは冒険者の街だ。生活からも産業からも冒険者を欠くことはできない。

そんな街で冒険者ギルドを相手にしようなどと考える輩はこれまで現れなかった。もし対立すれば、あらゆる道が途絶えるからだ。

しかし、我武者羅に強さを追い求めていたガルバーは面目も体裁も関係なく、立ちはだかる輩を全て叩き潰してみせた。

まさに狂犬だ。ルールも何も関係がない。一部の冒険者の間では、彼のことを”冒険者狩り”と揶揄する者も出てきたらしい。良くも悪くも有名になってきたことだけは確かだった。

そんなある時、どこから聞きつけたのか、彼の元に黒装束を纏った貴族の腰巾着がやってきた。


「貴様のその気高き願い、叶えてみないか?我々の力になれば、必ずや成就するだろう」


下らねぇ。

最初はそう吐き捨てた。

誰にも支配されない誇り高い部族を取り戻すために闘っている彼にとって、貴族の手先に落ちることなど以ての外だ。権力の上に胡坐をかいている力を持たない弱者が我が物顔で威張っている姿こそが最も気に食わないのだから。

だが、ガルバーにはこの提案を無下にできない理由があった。

なぜなら既に多くの冒険者と戦端を開いていたガルバーには後ろ盾となるような存在がいなかったからだ。

いくら鋭い牙を持っていても、闘いの舞台に上がれなければ披露することさえもできない。そのうえ貴族とも揉め事を起こしてしまえば、狩人ハンターの誇りを取り戻すどころかエルネストリアから追放されかねない。

おそらく誘いにきた貴族の使いも、それを理解した上でこちらの足元を見てきているのだろう。


「我々も貴様ら狩人ハンターを無下にはしない。世界の理を変えるには力が必要だ。違うか?」


尤もらしい台詞を、尤もらしい表情で語りかけてくる。

いくら馬鹿なガルバーにも、目の前に立つ黒装束の男が信用できない相手であることはわかっていた。だが、この男の言う通り、貴族の持つ絶大な力が必要なのも事実だ。

上等じゃねぇか……!

そこまで考えを巡らせた結果、この狡猾な獣は貴族すらも利用しようと画策した。

首を垂れても魂までは屈しない。それが彼の流儀だった。


「どうせ闘う相手が冒険者なのは変わらねぇ。オレたちが全員ぶっ飛ばして、下らねぇ貴族共の寝首をかいてやりゃあいいだけじゃねぇか!」


そう言うと、いつだって強気な彼は鼓舞するように不敵な笑みを仲間たちに向けた。

その背中を押しているのは、誰にも負けないという誓いと、かつての英雄たちを夢見る憧れだけ。

だから、彼が折れるわけにはいかなかった。たとえ敵うわけがない相手であろうとも。

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