第75話 逃走劇(2)

蛇行するように複雑に絡み合った地下迷路を、綺麗とはお世辞にも言えない格好の冒険者と異様に殺気立った様子の狩人ハンターが激走していた。


「待ちやがれぇぇぇええええ!!!おらぁぁぁぁああああ!!!」

「あいつはどれだけ体力があり余っているんだ……」


背後から全力で猛追してくるガルバーの叫び声を聞いて、イツキは鬱陶しそうに苦笑を浮かべる。

あれから延々と走り続けているにも関わらず、追跡者の狼は疲れるどころか段々と活き活きしてきているのだ。

大した奴だ、とイツキは心の中で密かに感嘆しつつ、早急に出口へ向かうべく前方を見据えた。

地下を抜けるまでの道のりで言えば、残り半分といったところか。変わり映えのしない地下迷路の風景にも飽き飽きしてきた。


「ん~…それにしても、なかなか振り切れないッスねぇ……」


振り返れば僅かに姿が見える距離にいるガルバーを見て、肩に乗っているフィーネが疑問を呈した。

速度で言えば圧倒的にイツキに分があるにも関わらず、常に一定の距離内に騒々しい狩人ハンターの姿があるのだ。

少し離されては追いつき、また引き離されては追いついてくる。

凄まじい執念があるのは承知していたものの、気持ちで左右されるほど実力の差は簡単には埋まらないはずだ。


「ここは奴らのホームだからな。隠し通路でも使って常に最短の道を通っているのだろう。逆に俺たちはさっき使った道を逆走しているに過ぎない。相対的に見て、差が広がらないのは当然の話だ」

「あ、なるほど~!」


イツキの冷静な回答にフィーネが納得したように手を叩いた。

これだけ入り組んだ地形であれば、侵入した側は当然迷うことになる。それに対して、守る側は隠し通路や最短経路を把握しておけば確実に侵入者を追い詰めることができる。

さすが陰湿な罠を仕掛ける狩人ハンターの拠点だ。

ようやく原理はわかったが、そこでフィーネの頭の中に新たな疑問が生まれた。


「でも、このペースならいくら頑張っても旦那には追い付けないんスから、結局意味ないんじゃないッスか?まあ走るのが大好きな犬っころなんで、獲物に喰い付きたくて仕方ないだけかもしんないスけど……」


そう。いくら完璧なルートを通ったとしても、現状ガルバーがイツキに追い付くことはまずありえない。

なぜなら、もし追い付けるのなら既にイツキを背後から襲っているはずだ。あの狼には悠長に構えていられるほどの余裕はない。


「いや、本命は上だ。俺たちの真上に狩人ハンターたちが集結している」


そう言って、イツキは前方斜め前の天井付近を指差した。

その場所をフィーネが耳を澄ましてみると、数多くの足音とざわめきが聞こえてきた。十中八九この拠点内にいる他の狩人ハンターたちだ。

背後にいるガルバーにばかり意識が向いてしまっていたが、上階では着々とイツキたちを盛大に出迎える準備をしていたらしい。


「ち……っ!気付かれたか。おめぇら、射て!射ちまくれ!!そいつらを足止めにしろ!!」

『了解っす!ガルバーさん!』


首領の掛け声に、待機していた部下の狩人ハンターたちが一斉にトラップを起動する。

侵入者を徹底的に駆逐する狩人ハンターのカラクリ屋敷の本領発揮だ。

足元の至る所で落とし穴が口を開いて待ち構え、イツキたちが激走している地下へ向けて隙間という隙間から矢が放たれ始めた。


「うひゃあ!毒矢の雨ッスよ〜」

「ちっ……!下らん仕掛けだが、厄介だな……」


当たっても関係がないフィーネは愉しげな様子だが、イツキは苦い顔で片手に短剣を持つと、向かってくる矢を片っ端から叩き切っていった。

例のごとく矢には毒が塗りたくられ、当たれば即痺れて動けなくなるおまけ付きだ。

毒への耐性があるイツキには関係のない話だったのだが、今は腕の中に眠ったままの少女アンネがいる。

万が一にでも直撃させるわけにはいかない。


「見ろ!奴の速度が落ちてきてるぞ!」

「よし、もっと矢を放て!」

「俺たちもガルバーさんに良いところを見せるんだ!」


毒矢への対応に足が鈍ってきていたイツキの様子を見て、若手の狩人ハンターたちが活気立つ。

そして、最初は気後れしていた者たちも次々に戦列の中へ加わりはじめ、見る見るうちに弾幕が増していった。


「いけるのか……?勝てるのか、あの化け物に……?」

「お、俺たちにも意地ってもんがあるんだ……!」


彼らにとって、すぐ真下を駆け抜けている冒険者は恐怖の対象にも等しかった。何せ自分たちの首領であるガルバーをいとも簡単に倒してのけたのだから。

中には、劇場での乱闘の時に目にも止まらぬ速度でイツキにはじき飛ばされた者もいる。

実力の差をまざまざと見せ付けられた。

そんな敵を相手取って、少しずつだが確実に戦果を上げることができている。自分たちの力が通用しているのだ。

そして、彼らの心の中にかつて聞いた、とある言葉が浮かんできた。


『冒険者は敵だ!オレたち狩人ハンターの誇りを奪っていった簒奪者だ!!オレはかつて栄華を極めた狩人ハンターが再び誇りを手にするために立ち上がる!!おめぇらもついてこい!!』


この派閥クランの立ち上げの時、ガルバーは集まった若手の狩人ハンターたちに向かってそう言った。

遥か昔、まだ他種族間での交流が僅かだった時代において、狩人ハンターはエルネスタ王国の中心的な存在だった。

卓越した戦闘技術と統率力を兼ね備えた部族として、エルネスタ王国黎明期を支えたとされている。

だが、魔法の発達と魔法道具マジックアイテムの発展によって彼らの立場は徐々に隅に追いやられ、森の守護者であるエルフの存在によって最早ただの辺境の廃れた部族となってしまった。

そして、いつしかヘルタの大森林が彼らの唯一の居住地となり、商団の護衛や猛獣の退治といった仕事もその大半が冒険者によって奪われた。


『おめぇらは惨めじゃねぇのか?こんな扱いをされてよ。オレは御免だぜ。だから闘うだけだ』


多くの狩人ハンターがそれを時代の流れとして受け入れている中、異端児と言われていたガルバーは圧倒的な実力を以てそれに反発した。

この派閥クランにいる若者は全員が彼の言葉に惹かれた者たちだ。

鬱屈した日常を打破し、狭苦しい部族を飛び出したい。そして、狩人ハンターとしての誇りを取り戻す。

それが今の彼らの姿だ。


「俺たちは狩人ハンターだ!冒険者には死んでも勝つんだ!!」

『おおおおぉぉぉぉぉぉお!!!!』


誰かが上げた鬨の声に、狩人ハンターたちが一斉に雄叫びを返す。

その雄叫びの波は大きなうねりとなって、彼らの拠点の中を響き渡るように木霊した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る