第76話 逃走劇(3)

「な~んか盛り上がってきてるッスねぇ~…これじゃあ、まるであたしたちが悪者みたいじゃないッスか~」

「ちぃっ………!!」


無謀にも勢いに乗る若い狩人ハンターたちの猛攻を前にして、イツキが苛立ちを露わにするように舌打ちをする。

彼らは一種の狂戦士化した状態だ。

それに伴って、劇場前での激闘で脳裏に焼き付いていた冒険者イツキへの恐怖が徐々に減退していき、代わりに圧倒的な存在を倒す高揚感が彼らの精神を侵食していっていた。

戦闘における強敵を倒すことジャイアントキリングほど、快感を齎すものはない。

勝てる!力を合わせれば、自分たちよりも強い敵を倒せるんだ!

そう、誰もが己の心を鼓舞していく。


「俺たちの手で、この冒険者を仕留めるんだ!」

「そうだ!俺たち誇り高き狩人ハンターの力を見せつけるぞ!」


じわじわと難敵を追い詰めていく達成感が若い狩人ハンターたちの心を支配する。

彼らは若いが故に“負ける”という可能性を考慮することができず、そして、そんな本来ならば命を守るための意識が削げているからこそ、逆に冒険者イツキを攻め立てることができていた。

だが、彼らはまだ理解できていなかった。

自分たちが手を出している存在の恐ろしさを。


「んん………?!」


まず異変に気付いたのは、すぐそばにいたフィーネだった。

変だ、と思った直後、至近距離にいる人形フィーネを押し退けるように、イツキの体から測り切れないほどの魔力が膨れ上がる。

そして、降り注ぐ矢の雨の中でも着実に進み続けていた元勇者の足がピタリと止まった。近くにいれば心が押し潰されそうになるほどの威圧感を伴って。

冷静沈着と言われていた元勇者は、どう見ても完全にキレていた。


「あ……あはは、いやぁ〜旦那。ここは少し穏便に―――」

「今だ!奴の足が止まったぞ!一気に叩き込め!!」


様子のおかしい冒険者を見て毒矢の効果があったと勘違いしたのか、若手の狩人ハンターたちが一層の盛り上がりを見せる。

高揚感に支配されている彼らには、イツキの放った威圧感すら欠片も届いていないらしい。

そして、それとは対照的に、彼らの無謀な行動を目の当たりにしたフィーネが「あちゃー…」と諦めたように顔を覆った。

彼我戦力の差を見誤るどころか、"勇猛な果敢さ"と"考え無しの無鉄砲さ"を履き違えた絶望的な失敗だ。それを彼らは身をもって知ることになるだろう。


「射て射て!勝利は目前だ!!」

「…………なあ、待て。あれはどうなってんだ?」

「おいおい何を言って―――――なんだ……?矢が浮いてる……?」


狩人ハンターたちの視線の先。

そこでは、放ったはずの矢が空中で止まっていた。まるで時が止まったかのように。

そして、その中心には多数の矢が突き刺さった冒険者が立っているのだが、よく見てみれば一本も届いていない。

空中にある"何か"が、狩人ハンターたちの攻撃を全て防いでいた。


「ど、どうなってるんだ……?奴には矢が効かないのか……?」

「そんな訳ないだろ!?奴もさっきまでは必死に防いでいたんだ!魔法に決まっている!」

「そうか!でも、一体いつの間にそんな魔法を唱えたんだ……?」


あまりにも異質な光景を前に、若手の狩人ハンターたちの間でざわめきが広がっていく。

魔法道具マジックアイテムにも触れず、伝統的で原始的な生活を営む彼らには、目の前で起こっている超常現象が一体何なのか理解することができなかった。


「【…………………】」

「詠唱……?」


そう。それは詠唱だった。

乾燥に包まれた空間の中であっても、静かな息遣いで言の葉が紡がれていく。ゆっくりと、一つ一つ、最上の魔力を送り込みながら。

つまり、まだ魔法は唱えられていない。

矢が止まっていたのは魔法詠唱の余波というだけ。そして、詠唱と共に本物の魔法が顕現する。


「【疾走れ、奔れ、走れ。此方に吹き荒ぶ、満天の疾風かぜよ】」


止まっていた大気が鼓動をはじめ、風が産声を上げる。

軋むような耳鳴りが空間を埋め尽くし、次第に勢いを増していく。

異様にして異質。

だが、明らかに次元が違う超常現象を前にしても尚、魔法に不慣れな狩人ハンターたちはそれが規格外の危険さを伴っていることに気付くことができないでいた。


「はっ!いくら強力な魔法でも、俺たち狩人ハンターの拠点が誇る頑丈な守りは崩せないはずだ!見せかけだけに惑わされるんじゃないぞ!」

「そ、そうだ……!魔法使いは魔法を放った直後に隙が生まれるはず。そこを狙い撃ちにするんだ!」


不安を払拭するように互いに声を掛け合い、再び一丸となって立ち向かおうと奮起する。

彼らにとっては倒すべき冒険者なのだ。

だが、本能的に湧いてくるはずの恐怖を作り物の勇気で上書きし、叶う見込みのない勝ち筋に飛び込もうとする姿は滑稽と言わざるを得ないだろう。

そして、絶対的な強さを誇る元勇者、もといアイドルオタクが推しを傷付けられた相手に手加減などするわけがなかった。


「【俗物を悉く舞い上げ、彼方へと征く霹靂と成れ】――――」


風が風を呼び、巻き込みながら膨れ上がっていく。

鋭い疾風が互いに食い合うように幾重にも紡がれ、尋常ではない勢いで吹き荒れはじめる。

それはまさに“稲妻”だった。

それも、魔法を少しでも齧っている者ならば、なりふり構わずに尻尾を巻いて逃げ出ような代物だ。


「馬鹿野郎―――ッ!!おめぇら、さっさと身を隠せッ!死にてぇのかッ?!」

「で、でも、ガルバーさん」

「いいからさっさとしろッ!とんでもねぇのが来るぞッ!!!」


魔法から逃げるどころか無防備に体を晒したままの部下たちを見て、ガルバーが凄まじい形相で叫ぶ。

このままでは全滅だ。いくら馬鹿でも死なせるわけにはいかない。

魔法を毛嫌いする狩人ハンターの中でも幾つかの魔法を修得し、これまで数多くの魔法使いと渡り合ってきたガルバーの本能が叫んでいた。

アレに関わってはいけない、と。

決死の表情でガルバーが止めに入ったことで、ようやく若手の狩人ハンターたちも異常事態だと気付きはじめ、足早に魔法の爆心地から逃げようと駆け出した。

だが、彼らが動きはじめた直後、終わりを告げるように風が一気に冒険者の元へと収束する。


「――――――【ハイリベレーション・イーレ】」


無慈悲な詠唱完成と共に、一瞬だけ静寂が訪れる。

直後、稲妻の嵐となった竜巻が全てを切り刻み、薙ぎ払うように吹き荒んだ。

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