第64話 作戦開始(1)
すっかり日が暮れた夕刻。
肩の上に人形を乗せた冒険者は切り立った断崖から眼下に広がる森林―――その奥にある小さな洞窟を眺めていた。
「どうやらここらしいな」
「いやぁ〜旦那の嗅覚は犬並みッスねぇ……」
ヘルタの大森林の中でも最奥に位置するこの場所は、手練れの
入り口だけでなく足跡まで丁寧にカモフラージュされていたため最初は気付けなかったが、僅かに残っていた魔力痕跡だけは隠し切れなかったようだ。
「俺は別に匂いを嗅いでここまで来たわけじゃないぞ」
「そういう意味じゃないッスよ……相変わらず会話だと察しが悪いッスね……」
馬鹿正直に反論してくるイツキに、フィーネがつい棘のある言葉を返してしまう。
一瞬だけ固まる空気。
そして、考えること数秒。ようやくフィーネの言葉の意味に気が付いたイツキは少しムスッとした表情でそっぽを向いた。
「…………いや、今のはお前の言い方が悪い」
「いや、なに怒ってるんスか。どう考えても旦那の謎思考回路のせいじゃないッスか」
「先に言っておくが、俺は決して馬鹿じゃないぞ」
「あーはいはい。ほら旦那、アホなこと言ってないで、もうちゃちゃっと突入して仕事終わらせちゃいますよ。あたしだって帰ってやりたいことあるんスから」
「お前が変なことを言うからだ」
「えぇ~…あたしのせいッスか……?」
仲良く(?)雑談をしながら、イツキはひょいひょいと断崖絶壁を伝って
まずは、状況の確認と位置取りだ。
ちらっと洞窟の入り口を見たところ、見張りと思われる若い
イツキはそのまま見張りを見下ろせる場所まで音もなくたどり着くと、静かに暗闇へと身を潜ませた。
「それで、どうするんスか?」
「さっきから散々けしかけておいて、結局お前は何も考えないのか……」
イツキとフィーネは外にいる見張りに気付かれないように小声で会話を交わす。
全て丸投げのフィーネにイツキが苦言を呈するが、巻き込まれた側のフィーネとしては『面白いものが見れればそれでいい』という姿勢のようだ。
「別に戦うのはあたしじゃないッスからね〜。それに損せず得取れがモットーなもんで」
「偉大な商売の教えに真っ向から歯向かっていくとはいい度胸だな」
「ま、あたしは結局エセ商人ッスからね。ご高説を吹っかけてくる偉人様の言葉なんて、金にもならなければ何も面白くないッスよ」
「フッ……お前のそのスタンス、俺は嫌いじゃない」
金に正直な商人の方が信用できる、とはよく聞くが、情報を売買する情報屋にも同じことが言えるだろう。
世のため人のために働く者は当然必要だが、良くも悪くも欲望に忠実な人間もまた必要なのだ。そして、あくまでもイツキの経験上の話だが、皮肉にもそういった人間こそが最も信用できる。目の前にいる狂った情報中毒者がまさにその典型例だ。
すると、そんな優しげなイツキの態度にフィーネが敏感に反応する。
「あれあれ〜?もしかして、旦那ってあたしに惚の字なんスか~?やだなぁ~言ってくれればいいのに~」
「騒ぐな。見張りに気付かれる」
「ちぇ~…つれないッスね……」
フィーネは例の如くだる絡みをしたもののあっさり一蹴され、つまらなさそうに人形の手足をぷらぷらと振る。
前言撤回。
どうやら彼女の場合は情報中毒というよりは、世界が面白可笑しく動いている様を眺めるのが愉快で仕方ないだけのようだ……。
イツキは絡むと面倒な情報屋を無視して、眼下で暇そうに語らっている見張り役の
「奴ら、相当気が抜けているようだな。こちらを誘っているのか?」
拠点の入り口で歓談している
会話内容まではっきりとは聞こえないが、少なくとも十分に警戒しているようには見えない。いくら辺りが暗くなった時間帯とはいえ、これでは見張りの意味がないだろう。
「ん~……さっきからずっと仕事の愚痴しか言ってないッスね~。ただ、どうやらガルバーだけは張り切ってるみたいッスよ?」
「なるほどな……」
さすが人形の地獄耳だ。
フィーネの人形は下衆いネタ、もとい有用な情報を収集するために音をよく拾うことができるらしい。自分は引き籠っているくせに他人の情報だけは盗み聞きするのだから、情報屋は趣味が悪いと散々罵られるのも尤もな話だ。
とはいえ、ひとまず見張りの警戒が薄いのはラッキーだった。
イツキは頭の中でアンネ奪還までの手順を整理する。
「まず、今回は時間が命だ。構造がわからない以上、最短ルートを取ることができないからな。見張りを気絶させてからは速攻でアンネを見つけて逃げ切るぞ」
「要は旦那も力尽くで押し通るってわけッスね。でも、こんな見張りまでいるなら、どこかに罠とかも仕掛けられてないッスかね?」
「勿論警戒はされているだろう。そもそも
野に潜み、罠を仕掛け、集団で命を刈り取る。それが
自分たちの
「だが、俺には関係ない。罠があるなら全て踏み抜いていくだけだ」
この世界で誰よりも強い元勇者は、己の実力を一切過信することなく言い切った。
圧倒的な実力差。これに尽きる。
そして、今回は守りに回る必要もないため、思う存分暴れ回ることができるからだ。死角などあるわけがない。
すると、イツキの言葉を聞いたフィーネが興奮したように目を輝かせた。
「うひゃ〜さすが旦那ッスねぇ〜!これは面白くなる予感がしてきたッスよ」
「お前も少しは手伝え。奴らを尽く叩き潰す、もといアンネを探すのに時間がかかればもっと面倒になるからな。気付かれる前に逃げ出して、この根城ごと跡形もなく粉々に吹き飛ばすぞ」
「ほとんど私怨じゃないスか……まあ奴らの自業自得なんでしょうがないッスけど……」
ここまで抑え込んでいた怒気が溢れ出しはじめたイツキを見て、フィーネはそれをぶつけられる相手に思わず同情してしまった。
アイドルオタク怖ぇ~…。
「それで、あたしは何をすればいいんスか?」
「音でわかる敵の位置と人数を伝えてくれればそれでいい。あとは俺が全部闘る」
「ん~……まあそれぐらいならいいッスかね……」
「報酬はたんまりやる」
「いやぁ~!今日は仕事が楽しい日ッスねぇ~!」
報酬の話になった途端、人が変わったかのようにやる気になるフィーネ。金さえもらえれば、どんな外道なことにも手を染める。それが情報屋という人種だ。
私怨と金。それぞれの圧倒的な衝動に突き動かされているこの二人は、もはや誰にも止めることができない。
「よし、作戦開始だ」
そして、イツキは見張りの
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