第65話 作戦開始(2)

日が沈み切った空に松明の火がちりちりと舞い、ヘルタの大森林に夜の訪れを告げていた。

手元に火か光がなければ一歩先も見通すことができない暗闇の世界。その奥からは時折、魔物の遠吠えや縄張り争いをする小競り合いの音が響き渡ってくる。

今晩の見張りを任された2人の若い狩人ハンターたちは、そんな森の様子を気怠そうに眺めていた。


「もう夜だぜ……?本当に見張りなんか必要なのかよ……」

「今朝の戦いがあったからガルバーさんも神経質になってるんだろ。今回は『狩人ハンターの誇りを取り戻すために絶対失敗できない』って豪語してたからな」

「けどよ、こんな森の中を冒険者ごときが抜けて来られるとは思えねぇよ……」


背の低い狩人ハンターはそう言うと、呆れた様子でため息をついた。

目の前に広がるヘルタの大森林は野生の魔物が悠々と歩き回っている危険地帯だ。特に夜間は視界が悪いうえに強力な魔物が闊歩しているため、熟練の狩人ハンターでも足を踏み入れたくない時間帯だった。

それなりに鍛錬を積んできた狩人ハンターの一人としては、この大森林の奥地を一介の冒険者が踏破できるとは到底思えなかった。

その言葉に、洞窟の入口を挟んで向かい側に立っていた、もう片方の背の高い狩人ハンターも同意するように頷く。


「まあお前の言いたいことはわかるけどな。それだけガルバーさんも本気なんだろ。にしても、何であんな薄汚い冒険者にご執心なんだか……」

「そりゃあ、あれだろ。負けたからじゃね?」


背の高い狩人ハンターがふと呟いた疑問に、背の低い狩人ハンターが薄ら笑いを浮かべながら応えた。

すると、その言葉を聞いた途端、背の高い狩人ハンターは血相を変えて隣に立っていた背の低い狩人ハンターを鋭く睨みつける。


「………おい、それ絶対に本人に言うんじゃねぇぞ?」

「わかってるわかってる。あの人の前だと恐ろしくて言えるわけねぇよ」

「まったく、ここも誰が聞いてるかわからないんだからな。俺はお前と一緒に追放されるなんてまっぴらごめんだ」

「…………………………」

「おい、聞いてるのか?」


問いかけても反応がない。

不審に思った背の高い狩人ハンターが近付こうとした瞬間、すぐ目の前に立っていた狩人ハンターの男の体がグラっと揺れて、そのまま静かに地面に崩れ落ちた。


「んな……………っ?!」


突然の事態に開いた口が塞がらない。

そして、背の高い狩人ハンターは焦った様子で仲間の元へと駆け寄っていく。


「お、おいどうした――――んぐ…っ!?」


衝撃。

頭をガツンと揺さぶられたような痛みと眩暈が狩人ハンターの男を襲った。

敵……?魔物か……?ダメだ……視界が暗くなっていく……!

辛うじて意識が残っている狩人ハンターの男の頭の中を憶測と疑問が飛び交う。だが、狩人ハンターの男はその疑問に答えを見いだせないまま体を支えきれずに倒れ込むと、一瞬にして意識を手放した。


☆☆☆


「ん〜鮮やかな手口ッスねぇ〜」


イツキの素晴らしい手際の良さを、肩の上に乗ったまま眺めていたフィーネが手放しで褒め称えた。

まずは、気配を悟られずに背の低い狩人ハンターの背後へと急降下。そして、着地と同時に首元への手刀で一人目の意識を奪い去った。

その直後、倒れ込む狩人ハンターに紛れて暗闇に潜むと、駆け寄ってきたもう片方の狩人ハンターの背後に音もなく回り込み、同じく首元へと手刀を叩き込んだのだ。


「大したことはない。さて、行くぞ」


イツキは見張りの狩人ハンターが気絶していることを確認すると、そのまま彼らを捨て置いて彼らの拠点の中へと足を踏み入れた。

狩人ハンターの拠点の特徴は、まずその入り組んだ地形だ。

山を抉るように掘られた洞窟の中には綺麗に整備された道が幾つも伸びており、さながら地下迷路といったところだろう。内部の地形を正確に把握していなければ、いつまでも道に迷い続けることになる。

それに加えて、さすがに拠点だけあって奥行きも相当なもので、一人で全ての場所を探すのは相当骨が折れる作業になりそうだ。


「うひゃ~…狩人ハンターの拠点の中を見たの初めてなんスけど、広いッスねぇ~…」

「拠点ごとに最適なルートが決まっているらしい。だからこそ、内部の人間が侵入者よりも素早く立ち回れる仕組みになっている」


これだけ広ければ、興味半分で狩人ハンターの拠点に襲い掛かる馬鹿はそうそういないわけだ。

しかし、そうは言っても、これはあくまでも面倒なだけ。魔法道具マジックアイテムによる特殊な仕掛けもなければ、狩人ハンター固有の武技スキルを活かせるわけでもない。


「けど、派閥クランの拠点にしては原始的ッスね。これだったら外からの大規模魔法で簡単に吹き飛びそうな気がするんスけど……」


そんな当然の疑問を、肩の上に乗って拠点の様子を眺めていたフィーネが不思議そうに呟いた。

魔法道具マジックアイテムに囲まれた生活を送っている彼女からすれば、魔法道具マジックアイテムを一切使っていないこの岩石の拠点は脆い要塞にしか見えないのだろう。

その考え自体は決して間違いではない。

だが、実戦においては見栄えや単純な性能以上に“自然”という存在が大きな意味を持ってくる。それをイツキはよく知っていた。


「ふむ……たしかに手を尽くした要塞に比べれば脆いと言わざるを得ない。だが、だからこそ洞窟なのだろう。ここは頑丈な鉱石を含んだ岩山を削って造ってあるからな。多少の攻撃ではビクともしないはずだ」

「お~、それなりに頭は使ってるんスね」

「言っておくが、彼らは原始的なだけで決して馬鹿なわけではない。むしろ、知恵を絞った狡猾な手段で敵を仕留めにかかってくる―――――…!」


その瞬間、フィーネと会話をしながら走っていたイツキの足が僅かに沈み込む。

直後、イツキの斜め後ろ―――本来は死角になっている小さな隙間から、目にも止まらぬ凄まじい速さで矢が放たれた。

不意打ちのトラップだ。

この拠点の構造を把握している者でないと事前に察知することはできないはず―――だった。だが、イツキにとっては大したことではない。

足への僅かな振動だけでトラップを察知すると、背後から迫ってきた矢を振り向くことなく素手で掴み取ってみせた。


「っと、こんな風にな。毒もある」

「………な、なるほど……よくわかったッス」


鏃にたっぷりと塗られた毒を見て、全く反応できていなかったフィーネは引き攣った笑みを浮かべた。

たしかに何の変哲もない原始的な罠。けれども、当たれば相手を確実に死に至らしめる姑息で凶悪な攻撃。

そんな罠がそこら中に設置されているわけだ。まったく性格が悪いにも程がある。

フィーネは自分のことを盛大に棚に上げると、改めて狩人ハンターと気が合わないと実感したのだった。

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