第59話 侵入者(3)
「テメェはこのオレが殺す!!」
覆い被さるように倒れ込んでいた部下たちを蹴り飛ばし、ガルバーが目を血走らせながら立ち上がった。
圧倒的な実力差を前にしても、冷静さを上回る闘志の熱量。
溢れ出す殺気を抑えることもできない
「威勢がいいのはわかったが、いい加減諦めたらどうなんだ?」
「ハッ、このオレがそう簡単に諦めて―――――!」
しかし、すぐに飛び掛かってくるかと思いきや、ガルバーは背後に控えている黒装束の男をチラッと見た後、急に剥き出しだった闘志を引っ込めた。
「…………………………?」
その変化にイツキも眉をひそめる。
だが、ガルバーはすぐに表情を元に戻すと、周囲でざわついたままの部下たちを急かすように蹴り飛ばした。
「おい、お前ら!さっさとガキ共取っ捕まえてこい!!」
「いや、でも、ガルバーさん」
「言い訳はいらねぇ。中に入りゃあ、こっちのもんなんだぞ!つべこべ言わずにさっさと行きやがれ!」
ガルバーが必死の形相で部下たちをけしかけようとする。
だが、化け物同然のイツキを前にして、無謀にも飛び込んでいく者は誰一人としていなかった。
「俺も面倒事はごめんだ。そろそろ尻尾を巻いて帰ったらどうだ?」
「………テメェ、さっきから舐めやがって相当ぶっ殺されてぇようだな」
軽い挑発にガルバーが苛立ちを露わにする。
イツキが
能ある鷹は爪を隠すという訳ではないが、こちらの手札を晒すのは得策ではないというだけだ。
そして、こうして挑発を繰り返しているのも、狂戦士さながらの闘志を持つ
「戦うのならば容赦はしない。もっとも、お前にその度胸があればの話だがな」
「馬鹿にするのもいい加減にしやがれッ!!いいぜ、やってやろうじゃ――――!」
挑発に乗ったかのように見えたガルバーだったが、途中で踏み止まると、黒装束の男の顔色を窺うようにチラチラと視線を向けた。
先ほどから見せるあからさま動き。まるで首輪で引き留められる狂犬のようだ。
その様子に、イツキも違和感を覚えずにはいられなかった。
「(なんだ…?あの黒装束の男に何かあるのか…?)」
劇場全体は既に探知の魔法で覆ってある。
もし逆側からの奇襲があったとしても、時間的猶予は十分に確保できるはずだ。それとも、あの黒装束の男が特殊な魔法でも扱うとでもいうのだろうか。
イツキがより一層警戒心を強める中、それまで沈黙を保っていた黒装束の男が一歩前へ出た。
「…………ガルバー」
「うるせぇ!オレは、オレたちはまだ負けちゃいねぇ!!」
「時間切れだ。我々に失敗は許されない」
威圧を込めた一言でガルバーを一蹴すると、黒装束の男は禍々しい魔力を身に纏った。
再び空気がピリつき、戦端が開かれる予兆を見せる。
イツキも短剣を持つ手に力を入れ、いつどこから攻撃が来てもいいように構える。
だが、そこでイツキにも予想外の出来事が起こった。
「あんたたち、何してんのよ!!」
イツキの背後、レイルラン劇場の入口の扉からメイナが駆け出してきたのだ。
一瞬の硬直。
誰もが突然の乱入者に気を取られる。
そして、そこから最初に抜け出したのは、ガルバーと黒装束の男だった。
「うぉぉらぁぁぁあああああ!!」
「―――――――――っ!!」
絶好の機会を得た獣は全力でナイフを振り下ろし、鋭い斬撃を放った。ここぞとばかりの力任せの攻撃だ。
反応が遅れたイツキだったが、ガルバーの渾身の一撃を紙一重で受け止めてみせる。
だが、その脇から黒装束の男がふわりと宙に浮かんだまま駆け抜けていった。
「これは僥倖だ。向こうからノコノコとやって来てくれるとはな」
「あの馬鹿が……ッ!メイナ!中に戻っていろ!」
黒装束の男の意図に気付いたイツキは目の前のガルバーを蹴り飛ばし、背後のメイナに向かって叫んだ。
しかし、その言葉に黒装束の男はニヤリと笑みを浮かべる。
「――――――もう遅いさ」
黒装束の男が素早く空中へと飛び上がり、僅かに反応が遅れたイツキを置き去りにして、メイナに向かって突進していく。
魔法を――――いや、ダメだ。メイナも巻き込んでしまう。
イツキは魔法による追撃を諦め、黒装束の男を追うように地を蹴り上げて疾走するが、致命的な判断ミスが重なった結果、完全に出遅れてしまう。
そして、気付けば黒装束の男はメイナの目の前まで到達していた。
「な、なによあんた……!ここはメイたちの大切な場所よ!出て行きなさい!」
「フッ……【クルーエル・シャドウ】」
単詠唱によって、男の纏っている黒装束の下から漆黒の影が湧き上がってくる。
蠢く混沌の闇。
溢れ出すのは、遊び心の欠片もない純粋な敵意だけ。
メイナはそれを見て、感じただけで、住む世界が違うことを理解してしまった。
「あ、う…ぁ………!!」
蠢く影を前にして、恐怖で身動きを取ることすらできない。
逃げて、反撃しないと…!!
心の中で必死に警鐘を鳴らすが、足は地面にピタリと張り付いたまま僅かに震えるだけ。
「静かに眠るといい」
男の言葉と共に真っ黒な影はメイナを覆い尽くすほど広がり、恐怖に震えたままの少女を飲み込もうと大きく口を開けた。
それでも、手も、足も、口さえも動かない。
ただひたすらな恐怖によって、メイナの思考は塗り潰されてしまっていた。
「メイナ、危ない!」
「え……?きゃっ……!?」
その時、突然の衝撃によってメイナの体が突き飛ばされた。
そのまま石畳を二転三転し、少し離れた柱にぶつかって体が止まる。
そして、地面に倒れ込んだメイナが見たのは、漆黒の影に飲み込まれていく
「ア、アンネ………ッ!?」
「なんだ、別の餌が引っ掛かったか……まあいい」
黒装束の男は捉えたアンネを己の影の中に取り込むと、すぐさま空へと飛び上がった。
その直後、男の首があった場所をイツキの投げた短剣が通過していく。
「ちぃっ…!!」
「護衛の男、止まれ!もし動けば、この幼気な少女の安全は保証しない!」
黒装束の男は影の中に囚われたアンネの首元に赤黒いナイフを突き付けると、有無を言わさぬ声音で警告を言い放った。
その言葉に、背中の長剣を引き抜こうとしていたイツキが動きを止める。
「…………いいだろう。何が要求だ?」
「少女はこちらで預かる。あの馬鹿な支配人に『早くこちらの要求を受け入れろ』と伝えておけ」
「どういうことだ?一体その少女を――――」
「貴様らに交渉する余地はない。わかったら、黙って従え」
黒装束の男はイツキの言葉を聞くことなく一蹴した。
彼我の戦力差を理解しているのだろう。イツキとは刃を交えるつもりは毛頭ないらしい。
そして、黒装束の男は警戒を緩めることなく、ゆっくりとガルバーたち
「おいおいおい!テメェ、横入りしてんじゃねぇぞ!!」
「我々は任務の達成が最優先だ。お前の下らん執念に付き合っている暇はない。行くぞ」
「………チッ、おいモグラ野郎!今度は絶対叩き潰してやるからな!」
それだけ言い残すと、黒装束の男とガルバーは共にエルネストリアの街中へと姿を消していった。
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