第33話 小さな情報屋(2)

「この街で起きていることを教えてくれ」


イツキは事情を伝えることなく、フィーネに向かって単刀直入に質問をぶん投げた。本人は大真面目なようだが、肝心の質問内容が直球どころか的を貫通している。

そのあまりにも抽象的過ぎる注文に、さっきまでぼんやりしていたフィーネも困惑した表情を浮かべた。


「この街で……?相変わらず滅茶苦茶なことを言うッスね…。たしかにあたしの手にかかれば、お茶の間の小さな喧嘩から大物貴族のスキャンダルまで何でもござれッスけど、全部はさすがに……」

「いや、すまない。言葉が足りていなかったな。今回はその中で、とあるグループについて知りたい」


無茶な要求に苦笑いを浮かべるフィーネに向け、イツキは先んじて謝罪をする。

つい悪い癖で先に言葉が出てしまった。酒場で自戒したばかりだというのに、これでは何の意味もないな……とイツキは心の中で反省する。

すると、そのイツキが何気なく放った言葉にフィーネが目を丸くして驚いていた。そして、直後にニヤリと意味深な笑みを浮かべる。


「おぉ…?あれあれ?なんスかなんスか?ずいぶん優しくなったじゃないッスか!昔の旦那なら、依頼が終わった後に『訂正するのが面倒だった』とか言い出してたッスよ?」

「……別に大したことではないだろう。俺も意思疎通の齟齬から面倒事になるのを避けておきたいだけだ」

「つれないッスね〜。あれッスか?愛し合う相手とかできちゃいました?」

「お前、そうやって手当たり次第に掘り起こしていくから客が来ないんだぞ。少しは節度を弁えたらどうなんだ」


にやついた顔で追及してくるフィーネに、イツキが少しイラっとした表情で文句を言う。

この野次馬根性とも言うべき“情報への執念”がフィーネの強みであり、同時にイツキが彼女に依頼を頼みたくない理由でもあった。

情報屋としての腕は良いのだが、どうにもこのしつこさだけは好きになれない。

そして、何より厄介なのが、人畜無害な顔をしながらも、常に強かな立ち位置を守っていることだ。下手に出ている相手に対して情報を要求し、にこやかな笑みを浮かべながら他人にその情報を売り渡す。それが“情報屋”という人種であり、この街を裏で牛耳る存在なのだ。

苛立ちながら訝しげに睨むイツキの様子を見て、フィーネも少しやり過ぎたと思ったのか、わざとらしく表情を崩して苦笑いを浮かべる。


「あちゃ~これは痛い所を……。こればっかりは情報屋の性ッスから、仕方ないんスよ。まあ旦那の話を聞くのは後に置いておくとして、その“とあるグループ”ってのは何なんスか?」

「………ニフティーメルだ」

「ニフティーメル……?あぁ〜…あの可愛い"アイドル"ってたちッスね?そりゃなんでまたそんな情報が欲しいんスか?」


唐突に新興文化である“アイドル”の話題になり、フィーネが頭に?マークを浮かべる。

“元勇者”であるイツキがアイドルにドハマりしていることは、勿論あまり知られていない。というか、そもそも知っている人がほとんどいないので、情報として出回ることがないのだ。

イツキとしては隠す気は全くないが、身の上話から始めたらいつまで経っても終わらないうえに、この情報欲の塊のような存在にネタをみすみす明け渡すわけにはいかない。

そこで、イツキは詳細部分をぼかしつつ、昨夜遭遇した路地裏での事件の内容を手短に伝えた。


「ほぉぉ〜!そりゃあたしも初耳ッスね〜!!」


初めて知る情報えさを目の当たりにしたからか、フィーネが目を輝かせて食い付いてくる。

こうして眺めると、ボサボサの髪と小柄な体が相まって、まるで可愛らしい野良犬のようだ。

とはいえ、昨晩の出来事をフィーネが知らないということは、あの冒険者風の男たちが情報統制をしているのだろう。そうでもなければ、この情報欲の権化がこんな面白い話に食いついていないはずがない。つまり、あの連中には隠しておくべき後ろ暗い何かが裏にあるわけだ。


「襲ってきた冒険者たちがどうにもきな臭い連中でな。いくら有名人とはいえ、ただの少女にあれだけの数で囲い込むのは異常だろう。ニフティーメルが何らかの問題を抱えているか、厄介な輩が鬱陶しい企みを仕掛けているのかもしれない」

「ほぉ〜ほぉ〜…つまり旦那は足繁く通い詰めているアイドルを助けたいってことッスね?」


理路整然と持論を述べたイツキを、フィーネがニヤニヤと愉しげな笑いを浮かべて眺めていた。

引っ掛けられた…!コイツ、最初からわかって泳がせてたな。事件のことは本当に知らなかったようだが、相変わらず厭らしいカマかけをしてくる。

イツキはそんなフィーネのわざとらしい煽りに、思わずむすっとした表情を浮かべた。


「………知っていたのなら最初からそう言え」

「いやぁ〜旦那が言い訳している姿が可愛くてつい――――って、ちょっと待つッス!!魔法で爆破するだけは勘弁して!!」


規格外の魔力を纏いはじめたイツキの姿を見て、フィーネが冷や汗を流しながら必死に押し留める。

イツキが本気で魔法を放ったら、たとえ単詠唱であっても、ここら一帯が焼け野原か爆心地に様変わりすることになるだろう。少なくとも、フィーネが丹精に造り上げた隠れ家は綺麗さっぱり消え去り、しばらくの間は極貧野宿生活に突入だ。

わかりやすく狼狽えるフィーネの反応を見て、イツキは魔力の波動を抑えながら冷ややかな視線で威圧した。


「もう一度くだらない鎌掛けをしたら、お前の隠れ家が消し飛ぶことになる。わかったらさっさと情報を吐け」

「わかったッスよ……まったく、冗談が通じないところは前と変わらないッスね。前の隠れ家なんて旦那に丸ごと吹き飛ばされて大変だったんスから……毎回見た目を細工するのも一仕事なんスよ……」


これまでに散々大変な思いをしてきたのか、フィーネがぶつぶつと文句を言いながら渋々といった様子で、隣にちょこんと座っている人形に手をかざした。そして、それと同時に人形を通してフィーネに魔力が流れ込んでいく。

フィーネは人形の中に魔力の形で情報を隠しておけるらしい。恐らく固有の魔法と思われるが、イツキにもその詳細な能力は知らされていない。

フィーネは目を瞑ってからものの数秒で情報を読み取ると、すぐさま依頼主であるイツキの方を見た。


「さて、と……あたしが持ってるニフティーメルの情報は色々あるんスけど、今回の件に関係あるのは“あれ”ッスね~」

「前置きはいい。結論だけ言え」

「まったく、せっかちなんスから……。あたしの掴んだ情報にはこう銘打ってあったッス。『ニフティーメル解散の危機!』ってね」


小さな情報屋は衝撃の内容をにこやかに軽く言ってのけた。まるで散歩の途中で犬を見かけた、とでも言うかのように。

だが、フィーネにとってはただの商売道具であっても、重度のアイドルオタクであるイツキからしてみれば天地がひっくり返るほどの衝撃的な情報だ。そして、これが破天荒な“元勇者”に伝わったことで、後にエルネストリアの街を巻き込む大騒動の幕開けとなるのだった。

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