第34話 小さな情報屋(3)
「解……散……だと!?」
予想だにしていなかった“答え”に、イツキは驚愕の声をあげる。
解散。その二文字はあらゆる時代、あらゆる世界で嘆き悲しまれてきたアイドルファンにとっての禁断の言葉。
これまで積み重ねてきたモノが全て崩れ去っていく。そんな錯覚にさえ陥ってしまった。
「あ、一応言っておくッスけど、まだ確定したわけじゃないッスからね。あくまでも"危機"ってだけッス。あたしの予想だとエルネストリアを出て活動するか、バラバラに散るかッスね」
「…………嘘じゃないだろうな?」
「これでも情報屋ッスからね。信用と信頼は必要不可欠。旦那に嘘をつくなんて、それこそ自分の命でも懸かってないとするわけないッスよ」
イツキがフィーネのタレコミを半信半疑な様子で訝しむが、その言葉を聞いた途端にフィーネの顔から間の抜けた笑みが消え、真剣なトーンで反論した。
情報屋にとって、提供する情報の精度は命そのものだ。狼少年よろしく、一度でも嘘を伝えればそれが木霊するように広がっていき、いずれ誰もその情報屋を信じなくなるだろう。ましてや、今回の相手はあのイツキだ。嘘をつくメリットなどあるわけがない。
イツキもすぐに自分の言葉の軽薄さに気付き、冷静さを取り戻した。
「そうだったな。それにお前がそう言い切るからには、確かな情報を掴んでいるということだろう。少なくともこのまま放っておけば、ニフティーメルというグループはこの街から消えるんだな?」
「ん〜まあ、そうとも言うッス。とはいえ、あたしも他の情報を追っかけてる時に偶然知っただけなんスよね。あちこち入り混じってるせいで全体像がイマイチ掴み切れないんスけど、どうやら事の発端はルーベン伯爵による土地の買い上げみたいッス」
「土地の買い上げ…?」
唐突にフィーネの話が脇道に逸れる。
その不自然な話題転換に怪訝な表情を浮かべるが、イツキにはその単語に聞き覚えがあった。そして、すぐにこの前レナエルと共に訪れた宝石彫刻師の店で聞いた話に、それと似た話題があったのを思い出した。
「そういえば先日宝石彫刻師の親方から、冒険者ギルドが来るせいで街の工房が立ち退きさせられていると聞いたな」
「おぉ〜よくご存知で!それを主導してるのがルーベン伯爵ッスね。冒険者ギルドは金を落としてくれるんで、街としては大歓迎なんスよね〜。それにエルネスタ全体で進んでいる工房ギルドを後押しする狙いもあるみたいッス」
“工房ギルド”とは、その名の通り工房をまとめ上げた連合体を指す。これは王都であるエルネストリアに限らず、エルネスタ王国が推進している政策で、これまで各地に散らばっていた職人を結集することによって技術革新を起こそうと目論んでいるのだ。余談だが、“エルネストリアの魔術師”と呼ばれているレナエルが参加している会合も、この政策に関係するものらしい。
とまあ、王国の政策の中身は置いておくとして、問題はそれに伴う影響だ。フィーネの含みのある言い方から察するに、貴族たちがただ土地を買い上げているとは考えにくい。
「………つまり、裏の狙いがあるというわけか」
「さすが旦那、察しがいいッスね」
イツキの答えを聞いて、フィーネがにやりと意地悪い笑みを浮かべる。
情報屋全般に言えることだが、彼らは暴露話が好きだ。特に権力者のスキャンダルなどは大好物といっても過言ではない。そして、情報とは他者に伝わることによって意味を成す。世間を揺るがすスキャンダルも、人々に伝わらなければ何も起きることがないからだ。
情報屋はそんな大衆心理を上手に活用して、街を裏から動かすことが楽しくてしょうがないのだろう。だからこそ、フィーネは「情報を集めること」以上に「情報を語ること」に重きを置いていた。
「表向きは冒険者ギルドの誘致ってことになってるッスけど、どうやら私兵を抱え込むためのカモフラージュのようッスね。ルーベン伯爵は一部の魔素脈の管理も引き受けてるので、隠し場所はいくらでも用意できるッスからね」
「貴族の私兵隠蔽か……あの連中も相変わらずだな」
戦争が終わったばかりだというのに結構なことだ、とイツキは嘆息する。
貴族は権力保持のために元冒険者等の私兵を抱え込んでいる。本来は不足している警備要員に充てることになっており、過度に武力を持たないよう人数も制限されているのだが、どの貴族も権力争いのために口実を作っては私兵の隠蔽を目論んでいるのだ。
いずれ各国に規制されることになるとは思うが、それはイツキの与り知るところではない。だが、イツキにはこの話題とニフティーメル解散がどう関わってくるのか全く見えていなかった。
「それで、それがどうニフティーメルに関係してるんだ?」
「単純な話ッスよ。彼女たちがライブをやっているレイルラン劇場が取り壊されるから立ち退きを求められてるってわけッス」
「あの劇場が、か……」
イツキは通い慣れた古びた劇場を思い浮かべた。
この世界でアイドルがステージに立てる場所は決して多くはない。たしかにあの劇場がなくなってしまうとなると、ニフティーメルが窮屈な選択を迫られることになるのは想像に難くなかった。
「にしても、リーダーが何者かに襲われたってことは立ち退きを拒否したんスかね?かなり危ない橋だと思うんスけど…」
イツキから聞いた話を振り返って、フィーネが不思議そうに頭を傾げる。
だが、イツキにはアンネたちの行動の意味がよくわかっていた。それは彼女たちが守ろうとしているモノの重さを肌で感じ取っていたからだ。そして、ニフティーメル内部でちょっとした揉め事が起こっていることも大方見当がついていた。
「なるほどな……大体の状況はわかった」
「お?旦那も動くんスか?となると、この街も荒れるッスね〜」
「いや、まだ俺が表立って動くことはない。私兵を抱え込むなんてことは、貴族なら誰でもやっているだろう。それにいくら貴族がグレーなことをしていたとしても、勝手に殴り込みに行くわけにはいかない」
事態が面白可笑しく転ぶと考えて愉しげなフィーネに対して、イツキは至って冷静に言葉を返した。
不正を働いている貴族を全員叩き潰すことはイツキなら可能だが、そんなことをしてしまえばエルネストリアどころかエルネスタ王国そのものが滅びかねない。いくらイツキでも、遊びでしていい事と悪い事の区別ぐらいはついている。
「これでも、俺は"元勇者"だからな」
「はぇ〜…旦那がまともなこと言ってるの初めて見たッス…」
「おい」
「いやぁ〜ちょっと軽口じゃないッスか!それに旦那といえば『面倒だから全部焼いた』ってエルフの森まで燃やして追放された伝説まであるんスから、これぐらいは勘弁してほしいッスよ……。でも、どうするんスか?まさか、このまま眺めてるだけとか言わないッスよね?」
「打つ手はある。どう転ぶかはわからないがな」
イツキは不敵な笑みを浮かべ、己の中に浮かんだとある秘策を実行するべく行動を起こすことに決めたのだった。
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