第31話 路地裏騒動(2)

「さて、どうするか」


イツキは足元で意識を失って倒れ込んでいる冒険者風の男を眺め、少し考え込んだ。

手早く倒したのはいいが、そこから先を何も考えていなかった。身ぐるみを剥いで拷問でもするのが一番手っ取り早いが、ただのチンピラ相手にそこまでやる必要はないか…。

そもそもどういう関係性なのかわからない以上、手の下しようがない。


「なあ、こいつらは一体――――」

「おい、こっちにいたぞ!」「もう一人いるぞ、追い込め!」「逃がすんじゃねえぞ!」


イツキがアンネに声を掛けようとした時、路地から男たちの仲間と思しき声が次々とこちらに迫ってきた。足音から察するに、かなりの大所帯のようだ。

まだ仲間がいたのか……これ以上やり合っても時間の無駄だな。騒ぎが大きくなればなるほどアンネに迷惑が掛かるうえに、イツキが嫌っている厄介な事態に陥ることになる。

あと、単純に戦いたくない。

そう判断したイツキは少し怯えた表情のアンネに素早く近寄っていった。


「ひとまず自警団の本部まで行くぞ」

「え……どういう――――?きゃぁ…っ!!」


それだけ言うと、イツキはひょいとアンネを抱え上げた。

決して大柄ではないイツキでは脇に抱えるのは難しく、さすがに肩で担ぐわけにもいかないため、消去法的に腕で持つことになる。

背中と膝を腕で支える持ち方―――いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる、あれだ。


「暴れると落ちるからな。ちゃんと掴まっておけ」


そして、いきなり抱きかかえられて戸惑うアンネに一切気を遣うことなく、イツキは地を蹴り上げて、空へと舞い上がった。

急加速からの急降下。

真っ暗な路地しか見えなかった周囲の景色が、一気に満天の夜空と雄大なエルネストリアの夜景に変わる。そして、色とりどりの魔力灯が視界いっぱいに広がり、遠目でも眩しい光の粒が雨のように流れ込んでくる。

イツキはそのまま隣の建物の屋根に着地すると、猛然と凄まじい速度で屋根上を駆けていった。


「ちょ、ちょっと下ろしてください…!」


一瞬だけ夜景の美しさに見惚れていたが、アンネはすぐに我に返ると、イツキの腕を振りほどこうと必死にもがく。

何せ見ず知らずの男に抱っこされ、衆目に晒されながら街中を飛び回っているのだ。そんな自分の置かれている状況を客観視すると、恥ずかしさや戸惑いで気が動転してしまいそうだ。

もちろん実際には屋根上の様子など誰も見ていないとわかっているのだけれど、羞恥心を感じずにはいられなかった。

だが、アンネの言葉を聞いたイツキは足を止めることなく、むしろ怪訝な表情を浮かべた。


「落ちたら死ぬぞ?」

「いえ、そういう意味じゃなくて……ああもう!私だって自分で走れますから!」


“この格好が恥ずかしい”という乙女の気持ちを一切察してくれない不愛想で鈍感な冒険者を睨みつけ、アンネはできるだけ周りから見えないように衣服で顔を隠した。

そんなアンネの様子を見て、イツキは少しだけ思考を巡らせる。


「ふむ……だが、君だけではあの数に敵わない。勇ましいのは結構だが、時と場合を弁えた方がいい。まずは自警団に頼るのが先決だ」

「はぁ………もういいです。あなたが失礼な人だということは十分にわかりました」

「ああ、よく言われる」

「~~~~~~~~……ッッ!!」


精一杯の皮肉を込めた言葉も素通りされ、アンネは腹立たしいやら恥ずかしいやらで、声にならない叫び声を上げた。何を言ってもまるで的外れ。すれ違いどころか、真逆に疾走していっている。

嗚呼、この行き場のない感情は何処へ向ければいいのだろうか。

さっき助けてもらったことへの感謝の気持ちなど頭の隅から遥か彼方に消え去り、アンネは諦めたようにうなだれたのだった。


☆☆☆


“自警団”とは、戦争によって軍隊が出払っていた時に有志が作り上げた、犯罪を取り締まる組織だ。

戦争が終わった今でも軍と協力することで機能を果たしており、彼らの存在は一般市民にとって重要な身を守る手段となっている。

街の各所にある詰所や本部では日夜巡回や人々からの通報によって犯罪の防止と取り締まりを行っており、いわゆる警察の役割を担っているのだ。

イツキはアンネを抱えたまま、その本部に当たる場所の前に颯爽と着地した。


「ふぅ……さあ、着いたぞ」

「はい、ありがとうございます………これで満足ですか?」

「別に感謝されるためにしたわけじゃない」

「そうでしたか。それは失礼しました……………もう本当に何なんですか、この人は……」


アンネは相変わらず不愛想な男に向かって、聞こえないほどの小声で拗ねたように愚痴を言った。

助けてもらったことに感謝はしているけれど、この言いようのないモヤモヤとした苛立ちは何なのだろう…。


「勝手にふらふらとどこかへ行くなよ」

「ええ、わかってます!私はそんなに子供じゃありませんから!」


不用意なイツキの一言に、アンネが少し怒り気味に返事をする。このダメ勇者はなぜこうも間の取り方が下手なのだろうか…。

怒らせるつもりなど毛頭なかったイツキはそんなアンネの様子に目を丸くしながらも、了解を得られたと思い、一足先に自警団の本部内へと入っていった。


エルネストリア自警団の本部。

名前は仰々しいが、本部といっても厳重な警備があるわけでも、地下に犯罪者が閉じ込められているわけでもなく、何の変哲もない少し大きめの建物に過ぎない。

自警団は元冒険者や元兵士をいった者たちで構成されている巨大な組織ではあるが、そもそも『力なき者のため』という理念によって成り立っているため、あくまでも事件や騒動の仲介役をしているだけだ。

刑罰等も軍や政府によって執り行われるため、“冒険者ギルドと殴り合える力を持った組織”であれば外見や体裁は何でもいい、というわけだ。

まあ冒険者ギルドが山ほどあるこの街の自警団は侮れないがな、とイツキは多少警戒しつつ歩を進める。

すると、外を見張っていた自警団の構成員の男性が敷地内に入ってきたイツキの姿に気付き、何かあったのかと近付いてきた。


「どうしました?何か事件ですか?」

「彼女を頼んだ。ヨハン・エーデルに『イツキが来た。少女は丁重に扱え』と言えば伝わるだろう」

「はぁ……エーデル団長に、ですか?」


イツキは拗ねているアンネを手招きしながら、構成員の男に手早く用件だけ伝えた。

そんな不愛想なまま用件だけ告げるイツキを見て、自警団の構成員の男が怪訝そうな表情を浮かべる。

いきなり訪ねてきたうえに、少女を渡してきたのだ。誰がどう見ても不審者であり、信じられないのは当然だろう。だが、イツキにとってはアンネの安全以外どうでもいいことだった。


「怪しむのは結構だが、あの少女を保護するのが先決じゃないか?」

「ええ、勿論そうさせてもらいます。ですが、あのエーデル団長があなたのような一介の下級冒険者の友人を持っているとは思えません」

「それはその“団長”に確認すれば済む話だろう。あいつは怒ると厳しいからな、ちゃんと伝えた方がいい。お前の身を守るためだ」

「――――…っ!?は………はッ!!」


イツキが放った威圧感満載の脅し文句を聞いた途端、構成員の男は顔色を変え、敬礼してその言葉に従った。そして、本部内からこれでもかと人を呼んでくると、どこぞの姫を護衛するかのようにアンネを囲い込んで丁重に中へと案内していく。


「さ、こちらへ。我らの団長が奥にてお待ちです」

「え……?な、なんですか、これ…!?どーなってるの??」


突然の待遇にアンネが目を丸くして戸惑いの声を上げる。

そして、あっという間に湧き上がってきた人々に圧倒され、アンネは言われるがままに自警団の本部へと運ばれていった。


「さて、俺はいく。あいつに会ってこれ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だからな。くれぐれも頼んだぞ?」

「はッ!この命に代えても、必ずや団長の元まで送り届けてみせますッ!!」

「いや、そこまで深刻な話じゃないんだが……」


何やら勘違いをしている構成員の男に苦笑いをしつつ、用事を済ませたイツキはこれでお役御免だ、とばかりにさっさと帰ろうとする。

自警団に任せておけば、まず間違いなく安全だ。明日には劇場まで送り届けてくれるだろう。

その時、アンネが自警団の構成員たちに連れられながら、遠ざかっていくイツキの方を振り返った。


「え、あ、ちょっと待って下さい…!あなたは一体…?」

「………ただの通りすがりの冒険者だ。明日からはもう少し夜道に気を付けるんだな」


イツキはそれだけ言い残すと、また夜空に向かって飛び立っていったのだった。

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