第28話 剛と柔

「ほぉ〜…こりゃ大したもんじゃねぇか」


ジョーが感嘆している視線の先―――そこでは魔物はおろか、周囲の溶岩ごと全てが氷漬けになっていた。

先ほどまで燃えるように熱かった空気までもが凍り付き、吐く息も白く肌寒いほどだ。そして、岩石の巨人ゴルドルグも腕を振り上げた姿のまま全身真っ白な氷に覆われていた。


「ふっふっふっ…ボクだってやれば出来るんだ。舐めないでくれたまえよ」


レナエルが胸を張って自慢げにドヤ顔を披露する。魔物を殲滅して、すっかり天狗になっているようだ。

そんなわかりやすく調子に乗っている王女様の様子を見て、ジョーは褒めたことを若干後悔した。


「ちょっと褒めた途端にこれかよ…」

「だが、事実としてレナエルの魔法は驚嘆に値するだろう。まさか最下層のフロアごと凍らせてしまうとはな…」


イツキは純粋な気持ちでレナエルの魔法を称賛した。

完全詠唱とはいえ、広間全体を覆い尽くすほど広範囲に魔法を行き渡らせるのは至難の業だ。

威力だけで言えば、レナエルは魔法使いの中でも頂点に近い存在だろう。それほど異次元の才能を持っている。

だが、戦いはまだ終わっていない。迷宮ダンジョン攻略はそれほど簡単なものではないからだ。


「さて、ここからどうするか…」

「どうするって、このデカブツはボクの魔法でやっつけたじゃないか。早いことグレイネストを回収して、こんな迷宮ダンジョンから退散しよう」


考え込むイツキに業を煮やしたレナエルは、拾得品ドロップアイテムを回収しようと凍り付いたままのゴルドルグに近付いていった。

見上げるほど大きい岩石の巨人は、全身が白く凍り付いているからか、壮麗な建造物にも思えてくる。

そして、レナエルがパキパキに凍った地面を踏み締めながら先ほどまで激闘を繰り広げた階層主フロアマスターのすぐそばまでやってきた時、それに気付いたイツキが鋭い声を上げた。


「よせっ!!」

「え?――――って、うわぁ…っ!?」


近付くレナエルを制止しようとイツキが飛び出した瞬間、ゴルドルグが文字通りはじけ飛んだ。

いや、凍り付いていた表面の岩だけが爆発するように四散したのだ。

そして、レナエルを庇うように割って入ったイツキに、内側から湧き上がってきたどす黒い呪いが降りかかる。


「ぐっ………!!」

「イ、 イツキ……?!な、なんで?あいつは倒したはずじゃ……?」


レナエルはイツキに抱き留められたことで降り注ぐ岩と呪いから難を逃れたものの、全く状況に追いつけていなかった。

さっき放った魔法は確実に直撃して、敵の息の根を止めたはず…。

だが、驚愕するレナエルの目の前で、氷漬けになっていたはずの岩石の巨人が動き出す。


『グゥゥ……ガァァァァアアアア―――――!!』


凍り付いていた岩石を吹き飛ばし、ゴルドルグが天高く咆哮した。

先ほどまで岩石で覆われていた体は真っ赤に燃え盛る溶岩となり、ギラついた真紅の目が侵入者である冒険者一行を睨みつけていた。

溶岩の魔人。それこそがこの階層主フロアマスターの本体なのだ。


「そう簡単に倒せるわけねぇだろうが、チビ助!あれでもれっきとした階層主フロアマスターだぞ!」

「一件落着と思いきや、これはまた面倒なことになりましたね…」


ジョーとシンが岩石の鎧を脱いだゴルドルグに向かって疾駆する。

たしかにレナエルの魔法を無防備な状態で食らったら、階層主フロアマスターと言えどひとたまりもないだろう。

だが、敵はただ立っている"的"ではなく、厳しい世界を生き抜いている"魔物"だ。致命傷になり得る攻撃を前に、守りの手段を用意していないはずがない。

ゴルドルグは表面を覆っている鉱石を犠牲にして、内側にある本体へのダメージを防いだのだ。


「………ジョー!シン!仕留めろ!」

「ったく、言われなくても叩き潰してやるぜ!」

「フッ、ようやく私の華麗な妙技を披露する時が来ましたね…!」


レナエルを抱えて距離を取ったイツキと入れ替わるように、ジョーとシンが溶岩の魔人に向かって突撃していく。

圧倒的な防御力を誇っていた岩石の鎧がなくなったことで、武器による攻撃も通るようになっている。そして、鎧の内側に仕掛けられていた呪いも、先ほどイツキたちに放たれている。

つまり、今のゴルドルグはほとんど丸腰状態というわけだ。ここまで御膳立てされれば、一級冒険者たる二人の敵ではない。


「醜い…ああ、なんと醜い…これが魔物の性というものなのでしょうか…。では、我がつるぎにて、成敗させて―――」

「めんどくせぇ口上してねぇで、さっさと斬れ!!」

「痛ったぁ!?ちょっと!人がカッコよく決めようとしてたのにぃ!!」


仰々しく剣を構えてポーズを決めていたシンの頭に、遠慮のないジョーの拳が叩き込まれる。

自由気ままというか、緊張感の欠片もないというか…。そんな二人の姿からは、協力して階層主フロアマスターを倒そうなどという気持ちが微塵も感じられない。

ゴルドルグはまるで息の合わない冒険者二人に標的を定めると、天高く雄叫びをあげ、拳を振り上げた。


『グォォォオオオオ――――――ッッ!!!』

「いくら暴れようと無駄ですよ」


敵が動き出した途端、シンの目つきが変わった。

氷のように冷たい眼差しで溶岩の魔人を見据えると、地を蹴り上げて水の如く滑らかに疾走する。

そして、怒り狂ったように腕を振り回し、周囲に炎をまき散らすゴルドルグの攻撃を軽やかに躱して、エルフの剣士はその懐に入り込んだ。

岩石の鎧が消えたことで敵の速度は格段に上がっているが、神速を誇るシンにとっては止まっているのと同じようなものだ。


「【舞い散る華の如く、斬】」


花のように美しい剣閃が溶岩の魔人を切り刻み、その全身に亀裂が走る。目にも止まらぬ斬撃の嵐だ。

けれど、まだ息の根を止めるには至らない。

全身に傷を負ってもなお、ゴルドルグの目から闘志が消えることはなかった。そして、攻撃を終えたエルフの剣士を追撃しようと拳を振り上げる。

だが、その瞬間、ゴルドルグの視界いっぱいに禍々しい巨大な斧が映り込んできた。

既にジョーが間髪を入れずにゴルドルグの頭上近くまで飛び上がっていたのだ。それも巨大な戦斧を振りかぶったまま。


「これでとどめだ―――【巨人タイラント大切断スラッシュ】!!」


無慈悲な斬閃。

落下する勢いも合わさって、絶対的な破壊の一撃が振り下ろされた。

ゴルドルグがとっさに腕で守りを固めるが、ジョーの人間離れした怪力の前では全てが無意味。

そして、溶岩の魔人は為す術なく戦斧によって両断され、力なく地面へと倒れ込んだ。


『グ…グゴゴ……ゴォ………』


ゴルドルグの体を形作っていた溶岩が溶けるように崩れていき、やがて他の魔物と同じように黒い霧となって消えていった。


「ま、ざっとこんなもんだろ」

「フッ、またこの世界に私の華美な剣技が映し出されてしまいましたね」


そして、それぞれ自分勝手に技を叩き込んだ巨漢の戦士とエルフの剣士は、お互いに目を合わせることなく背中合わせに着地したのだった。

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