第27話 完全詠唱魔法
イツキの剣がゴルドルグの岩石の体に無数の傷を刻み込み、幾ばくかのダメージが見えてきた頃、ただ拳を振り回していただけのゴルドルグに変化が現れた。
『グゥゥゥヴヴヴ―――――ッ!』
先ほどまでイツキを狙っていたゴルドルグが唐突に動きを止めると、岩石の腕を思い切り地面に突き刺した。
ガチガチの外見で勘違いされやすいが、この
イツキはゴルドルグが特殊行動を起こしたのを確認すると、一度距離を取るように離れ、舌打ちをしながら後ろに控えていたジョーを振り返った。
「――――ちっ!!………ジョー!!」
「おうよ、いつでも準備万端だ!」
イツキの声に反応し、ジョーが斧を高々と掲げた。禍々しい戦斧に
ゴルドルグに限らず、魔物は魔力に反応する。特に魔法詠唱をしている術者がいれば、まず間違いなく標的にされるだろう。
正攻法ではダメージを入れられないイツキが無理に飛び込んでいったのも、魔法を詠唱するレナエルから敵の注意を逸らすためだった。しかし、それだけで防ぎ切れるほど甘くはない。
だからこそ、この
『ゴォォォオオオオ―――!!!』
ゴルドルグが雄叫びを上げる。
そして、地面から腕を引き抜ぬくと、その手に巨大な岩石を掴んでいた。人間にしてみれば三人分はある巨石、それも硬度の高い鉱石がふんだんに含まれた特別製だ。
ゴルドルグはそれを軽々と振り上げると、魔法の詠唱を続けているレナエル目掛けて思い切り投げつけた。
「【光れ、光れ、光れ。満天の星空に届く、凍てついた輝きを】……ッ?!」
「チビ助、詠唱止めるんじゃねぇぞ!こいつはオレがやる」
いきなり標的にされて戸惑うレナエルの前に、全身鎧の筋肉男ジョーが仁王立ちで立ち塞がった。そして、岩石を迎え撃つように愛斧を振りかぶる。
いくらなんでも無茶な……と焦るレナエルを尻目に、ジョーは不敵な笑みを浮かべたまま、鈍く光る愛斧ジルドランドを思い切り薙ぎ払った。
「【
ぶつかり合う筋肉と岩石。
レナエルの体が震えるほどの衝撃波が広間全体を揺るがし、とてつもない轟音が鳴り響いた。
常人であれば尻尾を巻いて逃げ出す投擲攻撃だ。まともな神経をしていれば、正面から受けて立とうなんて馬鹿げたことは考えないだろう。
だが、体が頑丈なことだけが取り柄のジョーは、それに全く動じることなく強引に
「そぉぉぉりゃぁぁああ―――!!」
岩石が吹き飛んだ、そう表現するのが適切だろう。
凄まじい速度で放たれた巨石を、ジョーは
「へっ、どんなもんよ!」
「(さすがに鍛えてどうこうなるレベルを超えている気がするのだけれど……)」
レナエルは守ってもらっていることに感謝しつつも、異次元の肉体を目の当たりにして若干引いてしまっていた。そして、かつてこの化け物を病院送りにした
☆☆☆
「いいですねぇ…あっちは盛り上がってて…。わかっていましたけれど、私の仕事、地味すぎません…?」
シンが周辺の雑魚敵を掃討しながら、羨ましげに
ボスフロアと言っても、他の階層と同様に魔物が湧く。無尽蔵に出てくるわけではないが、戦っている最中に乱入されてはかなわないので誰かが狩る必要があり、今回はシンがそんな地味な仕事を引き受けた、というわけだ。
そもそもエルフは知覚範囲が広いことから斥候や潜入が得意分野であり、表立った戦闘は不得手とする者が多い。それに加え、エルフの生活圏の大半が森ということもあって、彼らは弓矢を使った狩りを生業としている。つまり、刃物を扱った近接戦闘には不慣れなのだ。
シンのような剣士は珍しく、ただでさえ性格も色々とアレなうえに、エルフの中でもかなりの変人に分類されている。
「なら、お前がいくか?俺は代わっても構わないが…」
「……いえ、あんな岩を殴っていたら私の剣が粉々になってしまうので……」
シンのぼやきを聞いたイツキが戦いの合間で声を掛けるが、シンは刃こぼれしてボロボロになっているイツキの剣と巨大な岩の魔物を見比べて、スッと視線を逸らしたのだった。
肝心なところで弱気になるダメエルフ。こんなんだから見せ場がやってこないのだ。
☆☆☆
『ゴォォォォォォオオオ―――――!!』
「はっはぁっ!!いくら投げても無駄だぜ!!」
矢継ぎ早に投げ込まれる巨大な岩石を、ジョーが華麗な斧捌きではじき飛ばしていく。
この
強みを押し付け、弱みをカバーする。とても単純だが、それ故に対処が難しい。
しかし、相手の強みを押し返す“力”を以って対処すれば、決して苦戦する相手ではない。
「【疾走れ、立ち寄る春風よりも迅く。此方に絶界なる白刃を】」
ジョーの後ろで、レナエルが着々と呪文の詠唱を進める。
だが、ゴルドルグは攻撃の手を緩めることなく、常にその視線を詠唱中のレナエルに向けていた。
一度標的にされた以上、その狙いを逸らすのは容易ではない。
魔物は単純だが、決して馬鹿ではない。己に致命傷を与えるような魔法を唱えている敵をわざわざ見逃すはずがないのだ。
けれど、既に魔法は完成間近。先ほどまでレナエルの体を包んでいた魔力の帯も杖の切っ先に集中し、ピリピリと空気が軋む音が肌を刺してきていた。
「イツキ!チビ助のどデカい魔法がそろそろ来るぜ!」
「わかった」
ジョーの掛け声に反応して、ゴルドルグに牽制を入れていたイツキが魔法に巻き込まれないようにその場を離れる。
場は完全に整った。
開けた広間、直線上には強大な魔物。これを逃す手はないだろう。
イツキが後ろへ下がるのを見届けたレナエルは、魔力を煌々と湛えた杖を天へと突き上げた。
「【
詠唱が完成する。
それを察知したゴルドルグが全力で阻止しようと駆けるが、既に遅かった。
「――――――【ニールザント・シーレ】!!!」
掲げた杖から魔力の奔流が放たれる。
透き通る白光は凄まじい勢いで地を凍らせ、溶岩をも包み込んでいく。そして、白き刃となった冷気が熱を喰い尽くすように駆け抜けた。
圧倒的な魔力の濁流を前に、魔物たちは為す術なく飲み込まれていくのみ。それは
『グ……ゴ…ゴォ…ォォオ…!』
ゴルドルグが冷気の波から這い出ようと必死にもがく。
だが、絶壁を誇った堅牢な岩石も、この魔法の前では無意味。見る見るうちにゴルドルグの体を覆っていた岩石が凍り付いていき、真っ白に染まっていった。
そして、冷気が行き届いた後、レナエルは掲げていた杖を真下へ振り下ろした。
無慈悲な幕引き。
それと同時に、ゴルドルグを中心にして、巨大な白氷の華が悠々と花開いた。その真っ白な大輪は生ける者全ての命を凍らせ、広間に咲き誇ったのだった。
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