第24話 凸凹パーティ

薄暗い迷宮ダンジョンの中を小人族レプラカーンの少女がひた走っていた。

凹凸の激しい砂利道を駆け抜け、入り組んだ通路をくぐり抜け、必死の形相で足を前へ前へと動かしていた。

すると、少女を追いかけるように、背後から赤い眼を光らせた巨大な蜘蛛が現れる。

数体の巨大な蜘蛛―――デビルスパイダーは獲物を捕らえようと少女に迫り、じわじわとその距離を狭めてきていた。


「うわぁぁぁぁぁああああああ!!気持ち悪いぃぃぃいいい!!!」


少女はべそをかきながら手に持っている杖を振り回すが、まるで牽制にもならない。むしろ、余計な動作をしている分だけ走る速度が落ち、より状況が悪化してきてしまっている。

デビルスパイダーは小さな子供程度の大きさの魔物で、複数体で連携をしながら獲物を狩る特性を持つ下級モンスターだ。

各個体の能力値はさほど高くはないが、無闇に武器を振り回せば吐き出す糸に絡み取られて身動きができなくなってしまい、やがて為す術なく捕食されてしまうだろう。


『ギィィィィイイイ―――!!』

「うわっ、なにこれ!?」


吐き出された糸を辛うじて躱す少女。当たれば一瞬にして絡め捕られてしまうところだった。

だが、一難去ったかと思いきや、粘着性の高いデビルスパイダーの糸は地面に貼り付き、一定時間は消えることなく獲物を捕らえる罠となる。低級の魔物ながら、いやらしい二段構えの攻撃だ。

そして、それを知らない少女はあっさりと糸の上に踏み込んでしまい、途端に身動きが取れなくなってしまう。


「え―――?あ、くぅっ…!ぬ、抜けない…!?」


懸命に糸から足を引き抜こうとするが、非力な少女の力ではなかなか剥がれない。そして、そうこうしているうちに巨大な蜘蛛の大群が間近まで押し寄せてきていた。

まさに絶体絶命のピンチだ。撃退するには強力な魔法を放つしかないが、この距離では少女自身も巻き込まれてしまう。さて、どうする――――


「モノローグ的に語ってないでボクを助けろよぉぉぉおおお!!!」


小人族レプラカーンの少女―――レナエルが、傍観を続けているイツキに向けて怒号を放った。

怒号の行く先は通路の奥、そこで腕を組んで眺めている元勇者だ。

相変わらずみすぼらしい装備に身を包み、短剣と長剣を腰に差した姿は盗賊そのもの。街中で見かけたら即通報されるだろう。

だが、今のレナエルにとっては、そんな異質な勇者が唯一の活路だった。


「おっと、そうだったな」


レナエルに叱咤されたイツキは “今気づいた”とでも言いたげな表情で剣を手に取ると、デビルスパイダーの群れに向かって突貫した。

爆発的な加速。

瞬時に群れの先頭までたどり着くと、レナエルの視線が動くよりも速く、無慈悲に切っ先を振り下ろした。


「ふっ――――――――!!」

『ギィィィィ?!』


悲鳴にも聞こえるデビルスパイダーの断末魔が響き渡り、蜘蛛の魔物は素材ドロップアイテムを残して塵へと帰した。

突然の乱入者にデビルスパイダーの群れにも動揺が走る。

そして、イツキが無意識に放っている威圧感に気圧されるように後退るが、すぐさま態勢を立て直すと、乱入者に飛び掛かっていった。


『ギィィィィイイイ!!!』


数の差を生かした波状攻撃。

搦め手ではなく、真正面から物量で押し切る作戦だ。格上にも通用する模範的な攻め方だろう。

だが、両者の間にはあまりにも力の差があり過ぎた。

イツキは武技スキルすら使うことなく、次から次へと湧いてくるデビルスパイダーを両断し、あっという間に群れを半壊させた。


「はぁー…はぁー…よし、いいね!もっとやっちゃえ!ボクを苦しめた汚らしいそいつらをコテンパンにするんだ!!」


イツキがデビルスパイダーを蹴散らしている間に糸のトラップから抜け出すと、レナエルは散々追いかけられた恨みを晴らすように野次を飛ばす。


「イツキ!見てください、これ!」

「ん………?おぉ、それはエンド鉱石か!」


そこで興奮した様子のシンに声を掛けられ、イツキが戦線から離脱してしまう。

シンが見つけたのは希少品の鉱石だ。普段の奇行の数々で忘れられがちだが、二人はれっきとした冒険者であり、珍しい素材アイテムには目がない。

しかし、これで戦場に残されたのは、迷宮ダンジョン内ではあまり役に立たない魔法の使い手であるレナエルのみ。それも、まともに戦闘を経験したことがない素人だ。


「ふっふっふっ……君たちの負けだ!こっちには絶対的な……あれ、イツキ……?イツキさ〜ん?」


腕を組み、ふんぞり返って魔物をはやし立てていたレナエルは、そこでようやく事態に気付いた。いつの間にやら前で戦っていたイツキの姿が消え、巨大な蜘蛛たちの視線が残された自分に向けられていることに。

途端に全身から冷や汗がどっと噴き出してくる。

まず間違いなく、勝ち目はない。そもそも戦っていたイツキはどこへ行ったのか…?

焦ったレナエルが視線をあちらこちらへ向けると、通路の壁の前に立っている見覚えのあるエルフとヒューマンの後ろ姿が目に入った。


「まさかここで見つかると思わなかった。予想外の収穫だ」

「ええ、全くです!本来ならば、面倒な迷宮ダンジョンを何周もしてようやく巡り合えるというのに…。さすが“鉱石のダンジョン”の名は伊達ではないですね」


興奮したように語り合いながら、何かの作業をしている二人。

戦いを投げ出すのだから、よっぽどの事態が起きたのだろう、と誰もが思うはずだ。

だが、シンとイツキが戦いそっちのけで何をしているのかと言えば、ダンジョンの壁に埋まっていた希少な鉱石を掘り出していた。それも、剣で。


「は…………………???」


理解不能。レナエルの気持ちを単刀直入に表すならば、これが適切だろう。

今する、それ?意味わからなくない??

と、レナエルは思わずその場で頭を抱えて叫び出したくなったが、それをぐっとこらえると見よう見まねで杖を構えた。

敵はすぐ目の前だ。とにかくそれっぽい感じで怯んでくれるのを期待するしかない。

しかし、迷宮ダンジョンの魔物がそんなことで待ってくれるはずもなく、強敵が消えて勢いづいたデビルスパイダーはレナエル目掛けて一気に押し寄せてくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれたまえよ…!敵はまだいるんだよ…!?これは本当にまずいって――――」

「ったく、甲高い声でうるせぇな……そらよッ!」

『グギギィィィイイ……!?』


いつも通り重厚な鎧を身に纏ったジョーが、デビルスパイダーの群れに向かって戦斧を横殴りに薙ぎ払った。

一撃。

たった一撃で前線にいたデビルスパイダーが消し飛んだ。やはり、力こそパワー。筋肉こそ最強なのだ。


「ジョー!!ありがとう!!普段は筋肉の塊とかむさ苦しい奴とかデカいだけで取り柄がないとか言ってごめんよ…!!」

「さすがに俺もそこまでは言われてねぇ!!!」


全力でツッコミながらも、ジョーは残りのデビルスパイダーを難なく全滅させたのだった。


☆☆☆


「君たち……今日はボクもいるんだから、ちゃんと守ってよ?というか、そもそも今回の目的はわかっているのかい?」


ようやく一息ついて話ができる状況になったので、レナエルはじと~っとした目で戦闘放棄をしていた男たちを問い詰めた。

レナエルは王族の箱入り娘ということもあるが、生粋の魔法使いなため、近接での戦闘は不慣れなのだ。そして、迷宮ダンジョンでは魔法を使うのにも気を遣う必要があることから、戦いは専ら剣士の仕事となっている。


「いえ、目的があるということ自体聞いていませんが……」

「オレたちは勝手に連れて来られたもんだからな」


きょとんと困惑した顔でレナエルの質問に返事をするシンとジョー。

この二人が何も知らないということは、当然残る一人が原因というわけで……。


「イツキぃ……?」

「すまない、忘れていた……」


レナエルから白い目を向けられ、イツキは素直に非を認めて謝った。

ここ数日は色々と立て込んでいたこともあり、必要最低限のことしかこなせていなかったのだ。今日も二人を連れてくることまでしか頭が回っていなかった。

それを見たレナエルも、ここまで来てしまったのだからイツキを責めてもしょうがない、と半ば諦めるようにため息をつきながら、事情を知らないジョーとシンの方を向いた。


「はぁ……じゃあ改めて説明をすると、ここ『ダレンのダンジョン』に来たのはグレイネストを収集するためなんだ。あの岩石がどうしても次の依頼に必要で、素材も厳選したいから君たちの力を借りた、というわけさ」

「ってこたぁ、最下層まで行くことになるのかよ……」

「そうだ。いくら下級ダンジョンとはいえ階層主フロアマスターを倒すことになる以上、俺とレナエルでは心許ないと思ってな。少々強引に連れて来させてもらった」


階層主フロアマスターとは迷宮ダンジョンの最下層にいる強大な魔物で、いわゆるボスだ。その強さは絶大で、最上位の階層主フロアマスターにもなれば、フル装備のイツキとまともに戦えるほどの能力を持っている。

今回は大して強くはない階層主フロアマスターなのだが、レナエルを守りながら戦うとなると骨が折れるため、暇そうな二人を掻っ攫ってきたというわけだ。


「あれは"強引"というよりは、れっきとした"誘拐犯"と言った方が正しいですよ……。せっかく人が清々しい朝を満喫していたと―――」

「今回の魔法道具はニフメルにも渡す予定の大事な物なんだ。期限まで少し余裕があるとはいえ、ボクも早めに作ってあげたい」

「フッ……ならば、この天☆才美剣士が戦わざるを得ませんね!雑多な魔物共など我が剣の錆にしてくれます!」

「ひでぇ手のひら返しだな……」


ニフティーメルが関わると聞いた途端にやる気を出すシンを見て、ジョーが呆れたようにつぶやく。

このアホエルフに関しては、ニフティーメルの話題だけ振っておけば勝手に戦ってくれることだろう。まあ、それを見越してイツキが連れてきたのは言うまでもないが。


「ともあれ、来てくれてありがとう!わかっているとは思うけれど、ボクは戦闘に関してはからっきしだから君たちが頼りだ。それじゃあ、いくよ!」


レナエルが高らかにお荷物発言をして、元気よく腕を振り上げた。

そして、小さな王女様の号令のもと、凸凹な四人組パーティは迷宮の奥底へ向けて足を踏み出したのだった。

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