第25話 迷宮攻略

『ダレンのダンジョン』は下級冒険者向けながら、下層と上層で出現する魔物の傾向が異なる。

これは少し珍しいことで、基本的に迷宮ダンジョンはそれぞれ大まかな"属性"が決まっている。

水場に面した迷宮ダンジョンでは水系統の魔物が、火山にある迷宮ダンジョンでは炎を纏った魔物が出現するというわけだ。炎が立ち込める場所に氷を纏った魔物が出てくるわけがないのだから、当然と言えば当然である。

特に短い迷宮ダンジョンであれば、その傾向は顕著になる。だからこそ下級冒険者は装備や戦略が立てやすくなり、攻略難度が下がるのだ。

しかし、何事にも例外というものが存在する。それが、ここ『ダレンのダンジョン』だ。

最初はじめじめした湿地帯だが、奥に進めば進むほど熱を帯びていき、終いには溶岩地帯に突入する。それに伴って出現する魔物の系統も変化し、下層では強力な炎を纏った魔物が多くなっていく。

イツキたちが今いるのがちょうどその境目付近、迷宮ダンジョンの壁面が熱を帯びはじめ、立っているだけで汗がにじむような熱気が立ち込める区間だ。


「リフドラゴンの羽衣は持ったな?装備するのを忘れるなよ」

「本当にこれを着るのかい…?ただでさえ暑いのに、これ以上重ね着をしたら倒れてしまうよ…」

「それぐらい我慢しろ。この迷宮ダンジョンにはいないが、竜種の鱗や羽毛は熱にも強い。そして、炎熱系の敵が多く出現するのであれば、これを活用しない手はない」


イツキは柔らかな真紅の羽衣を手に取った。

圧倒的な力を持つ竜種は世の冒険者から忌み嫌われているが、その素材を使って作り上げられた装備は高水準の耐久性を誇っている。それこそ、弱い魔物の攻撃など無力化できてしまうほどに。

今回イツキが用意した“リフドラゴンの羽衣”は、耐久に関してはそれほどではないものの、非常に高い耐火性能と軽量さに優れた装備となっている。最下層に向けて無駄な被弾を防ぎ、厄介な炎での攻撃を完封するためには欠かせないものだ。

イツキは手に取った羽衣を、暑いと嫌がるレナエルに半ば強引に着せた。


「わざわざフードまで付けておいたんだ。ほら、ちゃんと被れ」

「わ、わかってるよ!けれど、ここは下級ダンジョンなんだろう?ここまで用心する必要があるのかい?」

「おいおい、チビ助、そんなに駄々こねてると髪が燃えちまうぜ?」

「なにおう!?そんな馬鹿なことがあるわけないだろう!あと、チビ助って呼ばないでもらえるかな?!」


茶化すように絡んできたジョーに向かって、憤慨しながら言い返すレナエル。どうせまたからかうためのネタ話だろうと思っていたが―――


「いえ、実際この迷宮ダンジョンでサラマンダーの炎を浴びた冒険者がそんな目に遭ってるんですよ。巷では『サラマンダー事件』と呼ばれるほど有名ですね。“炎で毛根まで死滅した”とか“一周回って悟りが開ける”とか“肌が燃える痛みと快感、プライスレス”と一部の界隈で盛り上がっていましたよ」

「そ、そんなことが…っ!?―――って最後のはボクも聞きたくなかったんだけれど……」

「シンの特殊性癖の話はともかく、多少大袈裟ではあるが、サラマンダーの危険さを知らしめた出来事だろう。見た目は可愛らしいが、伊達に“小さなドラゴン”と呼ばれているわけではない。一部の冒険者からは人気らしいが……」

「あはは……そうなんだね……」


シンとイツキから交互にサラマンダーの危険性、もとい冒険者の変態性を聞かされ、レナエルは微妙に引き攣った表情になる。世の中には少し変わった人が大勢いるのだろう、とまだ見ぬ世界を知った王女様なのだった。

ともあれ、サラマンダー以外にも危険な魔物は数多くいる。特に最下層付近はサラマンダーと相性の良い魔物が出現するため、より一層注意が必要だ。


「さて、各自準備はいいな?俺が先行して出来る限り魔物を処理する。ジョーとレナエルは遅れず付いてきてくれ。ただし、無理に戦う必要はない」

「おう、任せとけ」「りょーかい!」

「シン、ここは貴重な拾得品ドロップアイテムも落ちることがある。最後尾で出来るだけ回収を頼む」

「フッ、この私にお任せを」

「特に何も起こらないとは思うが、このまま最下層まで一気に突っ切る。もたもたしていると面倒だからな」


イツキが的確にテキパキと指示を出していく。まさに計算され尽くされた攻略パターンだ。

そう、"冒険"というよりも"攻略"なのだ。見知らぬ迷宮に挑み、凶悪な魔物と対峙し、生と死の境界を行き来する戦いを繰り広げるのではなく、常に先手を抑えて確実に仕留めるだけ。

この世界で踏破されていない迷宮ダンジョンは存在していないと言われている。つまり、それだけ迷宮ダンジョン攻略は研究され尽くされているのだ。

冒険心を持ったレナエルにとっては少し物足りないが、イツキの性分を考えればこうなることは容易に想像がつくためしょうがないと割り切っていた。想定外だったのは、連れて来られた筋肉とアホの二人だ。


「そもそもイツキと二人っきりの予定だったのに、お邪魔虫が2匹もいるなんて聞いてないよ…。でもボクだけだとイツキの足を引っ張っちゃうし……」

「レナエル、補助魔法はかけ終わっているか?」

「え―――?あ、うん!もちろんバッチリさ。これで、そう簡単に置いていかれたりはしないよ」

「よし、いくぞ!」


イツキは全員が準備を終えたことを確認すると、先頭を切って駆け出した。

迷宮ダンジョンは薄暗い口を大きく広げ、そんな冒険者たちを歓迎するように魔物を生み出していくのだった。


☆☆☆


「イツキ、前からサラマンダーの群れだよ!」


レナエルが遠視魔法を使って後方から指示を出す。

眼前のデビルスパイダーを一刀の元に斬り伏せたイツキは、その声に反応して一気に前に飛び出した。

正面から近付いてきているサラマンダー以外にも、後方から魔物の一群が押し寄せてきている。後ろはジョーとシンで抑えられるだろう。問題はサラマンダーか…。

イツキは目の動きだけで瞬時にそれだけの状況を把握すると、後ろに控えていたレナエルの方を振り返った。


「頭を下げておけ!」

「え………あっ、うん!」


レナエルに鋭い声を飛ばし、イツキは真っ直ぐサラマンダーの群れに飛び込んでいった。

サラマンダーはこの迷宮ダンジョンで最も厄介な魔物であり、中距離で絶大な火力を誇る火蜥蜴だ。

単純な火力だけならば竜種に匹敵すると言われ、対処するためには素早い機動力と連携、そして地形を活かした戦い方が求められる。ドラゴン同様、見かけたら身を守るように立ち回るのが冒険者の基本だ。

しかし、イツキはそんな魔物の群れに真っ向から挑んでいった。


「おい、イツキ!そりゃさすがに無茶だろうが!」


真正面から突っ込んでいくイツキに向かって、ジョーが警戒を促すように叫んだ。

いくらイツキと言えども、サラマンダーの炎を浴びれば熱いだけでは済まされない。最悪の場合は全身に火傷を負い、死ぬよりも酷い経験を味わうことになるだろう。

そして、主力であるイツキが抜ければ、間違いなく一気に戦線が崩壊する。要はパーティが全滅することになるのだ。

だが、イツキは一切躊躇することなく、サラマンダーが放った火炎ブレスの中へと飛び込んでいった。


「問題ない」


一閃。

幾条もの火炎の帯を凄まじい速度で躱し切ると、瞬きする間もなく正面の一群を塵へと帰した。魔物の残骸である黒い霧が一斉に宙を舞い、わずかな素材ドロップアイテムだけを残して消えていった。

いつ剣を振り、敵を捉えているのかもわからない。気が付けば魔物が消し飛んでいた、そんな状況だ。

突然の来襲者にサラマンダーの群れは第二射を構えるが、その反応が追い付くよりも速く、イツキは既に地を蹴っていた。


「はぁ―――――――ッ!!」


サラマンダーが火炎ブレスを放つ前に、次々と剣戟を叩き込んでいく。

一切無駄のない白銀の軌跡が鮮やかに刻まれ、火蜥蜴の魔物があっという間に消えていく。

そのあまりにも圧倒的な姿に、外野で見守っていたレナエルも思わず見惚れてしまっていた。

誰もが「あれこそが勇者だ」と口を揃えて言うだろう。

あらゆる魔物を駆逐する絶対的な力を持ち、あらゆる困難をも乗り越える逸材。それがイツキなのだ。


「相変わらず命を捨てた戦い方をしやがるぜ……」

「命を…捨てた……」


かつてこの世界で戦うことしか知らなかった男の姿に、レナエルは悲しいような勇ましいような不思議な気持ちになった。

敵を殲滅するためには傷を厭わず、無謀にも思える戦い方を押し通す。誰にも負けることがないからこそ、そんな彼が持つ“天性の孤独さ”がにじみ出ているようにも見えてしまう。

だからなのかもしれない、彼の戦う姿に心を惹かれてしまうのは。


「あのー…私もめちゃめちゃ頑張ってるからもっと褒めて欲しいんですけど……」


イツキの獅子奮迅の活躍を手放しで眺めている二人に代わって、通路の隅で必死に雑魚モンスターを処理しているシンがボヤくようにつぶやいた。

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