第20話 漢の約束
イツキは長い回想を終え、気まずい空気感が漂う宝石彫刻の店内へと意識を戻した。
思い返してみても、なぜレナエルの機嫌が悪くなってしまったのかよくわからないが、乙女の機嫌は天気よりも読めないものだとよく言われている。特に機嫌を損ねてしまった時はあれこれ言わずに静まるのを待つしかないのだ。
今回も要はそういうものなのだろう、とイツキは結論付けて、早々に頭の隅のゴミ箱へと投げ捨てた。
そんな思考の整理をしているイツキを他所に、レナエルは小さな宝石を見つめながら黙々と職人の親方に注文をつけていた。
「あ、そこの飾り付けはもっとシンプルに、宝石の色合いがくっきりとわかるようにしてもらえるかな?」
「おうよ、任せな」
レナエルは不機嫌そうな表情をしながらも、職人に向けてテキパキと細かな指示を出していく。そして、それを元に職人が疑似的な予想図を組み上げていき、後日完成品を作り上げるのだ。
そばで眺めている素人のイツキからすれば大差ないように見えるが、横から口を出すような野暮なことはしない。もっとも、口を出せるほど知識があるわけでもないのだが…。
そうこうしているうちに、レナエルの頑張りによって全ての注文が終わった。
「ふー…これで手持ちのエンヴィーロゼッタは全部終わったかな?下準備の設計だけとはいえ、これだけあると一苦労だね」
「すまないな、全部任せてしまって」
全ての工程をレナエルに丸投げしていたイツキは当然ながら詫びを入れる。結局やっていたことは回想という名の反省会をするのみで、戦闘とアイドルに関して以外はまるで役に立たない元勇者様なのである。
その姿を見たレナエルはつーんとしながらも、呆れたように小さく笑った。
「いいよ、別に。イツキだけじゃあヘンテコなガラクタばかり作ってしまいそうだからね。それはそうと専門の宝石彫刻師のお店に来たのは初めてだけれど、冒険者向けの装飾品だけでも本当に数多くあるんだね。親父さん、軽く見て回っても大丈夫かな?」
「おう、別に構わないぜ。好きなだけ見ていってくれ」
レナエルは気前のいい職人から了解を得ると、店内にある様々な装飾品を物色しはじめた。
普段から
特に興味がないイツキは話題を提供することもなく、ただぼ~っとその後ろ姿を見送るだけだった。
すると、レナエルの姿が見えなくなると同時に、職人の親方が作業の手を止めて小声でイツキに話しかけてきた。
「なあ、兄ちゃん。お連れさんの機嫌がすこぶる悪いようだが、何かしちまったのかい?」
「全く心当たりがないのだが、どうやらそうみたいだな……」
親切な職人の親方の言葉にも頭を傾げ、己の失敗に全く気付く見込みがないダメ勇者。これだからすぐに機嫌を損ねてしまうのだ。
だが、そんなイツキの様子に職人の親方もうんうんと頷きながら、同情するように肩を叩く。
「兄ちゃんの気持ちもわからんわけではないが、女の気持ちを汲んでこその男ってもんよ!せいぜい尻に敷かれないように頑張んな」
「俺とレナエルはそういう関係ではないが……まあ、忠告として受け取っておこう」
男女が二人で宝石彫刻師のところに来ているのだから、そういった関係だと勘違いされるのも致し方ないことだろう。それに、あからさまに否定するのは逆に誤解を与えてしまいかねない。
イツキはそう判断し、特に否定することなく受け止めた。
「にしても、最初は面食らったが、あの嬢ちゃん中々の目利きじゃねぇか。容赦なく痛い所を突いてきて、こっちが焦っちまったよ」
「彼女は
「そうかい!そりゃあ厳しいことを言ってくるのもうなずけるってもんだ。ところで
「気を付ける……?何をだ?」
職人の親方の不穏な言葉に、イツキは眉をひそめる。
すると、職人の親方は「おや、兄ちゃん、知らねえのかい?」とエルネストリアの街で起きている異常事態の説明をはじめた。
「最近はあちこちで地上げが流行っているらしくてな。うちは大丈夫だったが、この前も同業者が立ち退きを食らったもんだ。戦争が終わったばかりだってのに、落ち着いて商売もできないんじゃやってらんないんだがな……」
「この街でそんなことが起きているのか……」
お手上げ状態だと嘆く職人の親方の言葉に、イツキはわずかに驚きの表情を見せる。
土地の買い上げをするとなれば、相当大掛かりな事業を行うということだ。戦時中ならともかく、このご時世にわざわざやることではないだろう。
一体どこの誰がそんなことをするのだろうか……とイツキが考え込むのを見て、職人の親方が言葉を続けた。
「なんでも有名な冒険者のギルドがここにやってくるんだそうだ。来てもらうのは構わねぇが、さすがにやり方が強引すぎてな。街の商人たちからは反発も起きているらしい…」
「その話はボクも聞いたことがあるね。どうやらエルネストリアの貴族連中とコネがあるとかないとか。土地の権利は貴族と王族しか持っていないから、そっちと話をつけられたらどうしようもないからね。……あ、親父さん、これ1つ貰ってもいいかな?」
いくつかの装飾品を手にしたレナエルが店の奥から現れ、職人の親方の言葉を肯定した。
レナエルの耳にまで入っているということは、根も葉もないただの噂ではなさそうだ。
となると、貴族へのコネを持ったギルドがこの街にやってくることになる。冒険者の街であるエルネストリアにとっては経済の活性化や魔物の鎮静化など決して悪いことではないが、イツキからすれば、要するに面倒事が色々と起きる、ということだ。
先日の銀髪の
しばらく引き籠って生活するか、と治安の維持をする気など毛頭ない元勇者であった。
そんなイツキとは対照的に、こうした事態に慣れている職人の親方は豪快に笑いながら、レナエルから料金を受け取った。
「まいど!……ま、ぐちぐち言っても仕事にならんからな。ひとまずあんたたちの依頼は受けさせて貰った。出来上がったら坊主でも走らせて知らせにいくさ」
「感謝する。良い作品を期待しているぞ」
「へっ、そう言われちゃあ、精一杯やるしかないってもんだ」
イツキの言葉に、職人の親方が張り切ったように笑った。
これで今日この店ですべきことは全て果たしたことになる。あとは完成品を受け取り、ニフティーメルのライブを楽しむだけだ。
イツキはレナエルに向けて「これで用事は済んだ」と視線で伝え、帰り支度をはじめる。
「それじゃあ、
「おう、嬢ちゃんもまた遊びに来な。次はもっと面白いもん見せてやるからよ」
「ふふっ、そう言われると来ないわけにはいかないね。時間ができたら是非またお邪魔させてもらうよ」
レナエルは気品のある表情でにっこりと笑みを浮かべると、店の出口へと向かっていった。
そして、イツキもその後に続こうと歩き出した時、不意に職人の親方に肩を叩かれる。
「兄ちゃん、あとは上手くやりな」
「ああ、気遣い感謝する」
先に行ったレナエルに聞こえないよう小声で意味深なやりとりを交わす男二人。
イツキは職人の親方から受け取った品を隠すように懐へしまうと、真剣な眼差しで頷いた。それを見て、職人の親方がグッと拳で檄を飛ばしてくる。
「イツキ、どうしたんだい?」
「いや、なんでもない。すぐにいこう」
少し訝し気なレナエルの視線を躱しながら、後を追うようにイツキも店を出る。
こうしてイツキたちは無事エンヴィーロゼッタの加工依頼を済ませ、帰路につくのだった。
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