第21話 ご機嫌なお姫様

「やっぱり宝石彫刻師の技術は見ているだけで参考になるね。魔物からの拾得品ドロップアイテムは性質的に細かい加工が難しいから、微細な魔力操作と指先の感覚が求められるけれど、あれだけ見事に作り込むとは本物の職人は凄いものだね。ボクも見習わないといけないな…」

「そうか」

「イツキには全然わからないんだろうけれど、あの親父さんは本当に腕のいい職人なんだ。そうそうお目にかかれるものじゃないよ!」


めずらしく饒舌に語るレナエルは、さっきまでとは打って変わって上機嫌のように見える。それだけ宝石彫刻師の作品がレナエルの心を刺激したのだろう。

あてもなく話し続けるレナエルの姿を見て、イツキは言葉を切り出すタイミングを逸してしまっていた。

きっと、このまま触れない方がお互いのためにはいいのかもしれない。そう思った。けれど、それではイツキの気が収まらないのだ。

そして、イツキは思い立ったように唐突に足を止めた。


「………レナエル、少しいいか?」

「うん?なんだい?あ、もしかしてボクの機嫌が悪かったのを気にしているのかい?それだったら、もういいよ。君の言葉足らずは今に始まったことじゃないからね……」

「だが、余計な気苦労をさせてしまったのは事実だ。だから、詫びだけはさせてくれ」


そう言うと、イツキは懐から小さな指輪を手に取り、レナエルの前へ差し出した。

紫色の宝石が嵌め込まれた魔力を放つ指輪だ。当然ただの指輪ではなく、特殊な加護が施された装飾品ということになる。


「え、えっと、これは…?」

「状態異常耐性と不惑の加護が宿っている。お前がもし戦うとしたら前線ではなく後方火力が中心となるだろう。そして、お前のように高度の魔法を扱える者は決して多くはない。そんな戦略上重要な立ち位置にいる者が行動不能になるわけにはいかないと考えるならば、状態異常への耐性は上げて然るべきだ」


戸惑うレナエルに向けて、イツキは指輪の能力を余すことなく説明しはじめた。

次から次へ「ダンジョンでは……」「戦場では……」云々と戦術的な話を続けるが、誰がどう見てもこの状況にそぐわないことは確かだ。

最初は驚いた表情でイツキの言葉を聞いていたレナエルも、途中で呆れたように肩を落とした。


「あー…えっと、つまり?」

「俺からお前へのプレゼントだ」


今度は満点の回答を直球で投げ込むイツキ。先ほどの茶番がどうでもよくなるほど、その言葉は真っ直ぐレナエルの胸に飛び込んでいった。

そう、この指輪はレナエルがいなくなっている間に職人の親方がこっそりと用意してくれた“秘策”である。

世間的には“ご機嫌取り”と訳すのだが、誰に対しても不愛想な“あの”イツキがしているのだ。特別感を味わわずにはいられないだろう。


「プ、プレゼント……!?イツキから?ボクに??」

「そうだ。指輪が欲しかったのだろう?」

「いや、そういうわけじゃないけど……あ、ううん、むしろこれは望んでいた形になるのかな……?」


イツキからの不意打ちサプライズに、レナエルはあたふたと慌てふためくことしかできない。妄想が現実になった、と言っても過言ではないからだ。

思考が大渋滞を起こしている中、レナエルはまじまじと指輪を見つめた。

それは本当に“指輪”だった。金属の上に綺麗な宝石が置かれており、指輪以外の何物でもない。頭が悪いと思われるかもしれないけれど、何度も確認せずにはいられないのだ。

だが、そこでレナエルはふと思い出した。ついさっき勘違いで頭を抱えるほど後悔したことを。


「だ、騙されないよ!これは、あれだよね?誰かに渡してきてくれ、みたいなことなんだよね?!」

「さっきも言っただろう。これは詫びだ、俺からお前への。疑う気持ちはわかるが、そう露骨に言われるとさすがに傷付くんだが……」

「あ、すまない……なら、いいんだ!その……とても嬉しいよ!」


レナエルは満面の笑みを浮かべると、イツキから指輪を優しく受け取った。色合いからして魔力を吸収したアメジストの一種で、耐性の加護が強い宝石だ。

手の中で桔梗色の輝きを放つ宝石は、不思議と重たく感じられた。指輪を身につけるなんて柄ではないけれど、これほど貰って嬉しいものはないだろう。


「少し前に一度ダンジョンに行きたいと言っていただろう。もし行く時に余裕があれば、これを持っていくといい。他に良い装備を持っていれば使う意味はないが……」

「君って……本当にズルいよね……」


レナエルは俯きながら、イツキに聞こえないよう小声でつぶやいた。

まるで自分を気にしていないようでいて、実はちゃんと見てくれている。そんな不愛想な友人からの贈り物は、腹立たしいほど嬉しかったのだ。

この勇者には振り回されてばっかりだなぁ…と心の中で苦笑いを浮かべつつ、勢いよくイツキの手を取った。


「……じゃあ、明日っ!明日いこう!」

「俺は構わないが、いいのか?」


イツキは妙に張り切るレナエルを心配そうに見つめた。

今はただの暇人冒険者であるイツキはともかく、目の前にいる小人族レプラカーンの王女様はエルネストリア屈指の魔法技師であり、常に多忙を極める要人でもあるのだ。

今日だって丸一日予定を空けてもらえたことが奇跡みたいなもので、普段はこう簡単にはいかない。そんなレナエルが連日に渡って暇を持て余すことなどあり得ないのだ。


「大丈夫だって!山積みの仕事だって、今のボクにかかればちょろいものさ!」


ちょろいかどうかすら確認しないまま、自信たっぷりに安請け合いをする王女様。とはいえ、今のレナエルを止められる者などいない。


「それに今回の探索もいずれは行かなくちゃいけないものなんだから、別に遊んでいるわけじゃないさ。きっとそうだよ、うん!」

「それならいいんだが…」


レナエルの気迫に押し切られ、イツキは渋々といった様子で了承した。

いかんせん気分屋なレナエルのことだから心配ではあるが、下手にあれこれ口を出すとまた不機嫌になりかねない。


「ふふっ、楽しみに待っていてくれたまえよ!」


小人族レプラカーンの王女はドヤ顔で今日一番の笑みを浮かべたのだった。


☆☆☆


「無理だぁぁぁぁぁ……!!こんなものは人が手を出すべき領域じゃないよぉぉぉ……!!」


その夜、有頂天と言っても差し支えないほど上機嫌で屋敷に戻ってきたレナエルを待ち構えていたのは、天にも届くほど積み上げられた仕事の山だった。

圧倒的な物量を前に為す術なく打ちひしがれることしかできない。ここ最近は会議も蹴り飛ばし、酒に逃げ、アイドルのライブに入り浸ってばかりで、ついにその反動が返ってきたのだ。

そんな情けない無計画さを露呈している主人を前にして、パメラは大きくため息をついた。


「はぁ……だから前々からお伝えしていたではありませんか。このままではヤバいですよ、と」

「それは……わかるよ。わかるけれども!明日だけは何としても行かなくちゃならないんだ!」


呆れるパメラの言葉に何も言い返すことができないレナエルは、必死の形相で机にかじりつきながら叫んだ。

明日イツキとダンジョンに赴くためには、目の前に高々と積み上げられた書類の山を捌くしかない。けれど、どう考えても明日までに終えられるとは思えなかった。

だが、せっかく掴んだ千載一遇の機会チャンスを逃すわけにはいかない!いつもは逃げてばかりのレナエルも、今日ばかりは気迫が違った。


「………お嬢様のお覚悟、よくわかりました。私の信じるお嬢様ならそう言われると思いまして、既に手は打ってあります。えへん、偉いでしょう?」


パメラは可愛らしく腰に手を当てながら胸を張った。

実はレナエルが出掛けるとわかったその日から、あちこちの契約先を脅し……もとい、懇切丁寧に説得し、何があってもいいようにスケジュールを確保しておいたのだ。

主人の恋路を邪魔する障害は全て取り払う。それが王家に仕えるメイドの務めだ。まあ、レナエルの場合は反応が可愛いからつい虐めてしまうだけなのだけれど……。

すると、そんな頼りになるメイドの姿を、レナエルは涙目になっていた双眸を大きく見開いて見つめた。


「本当かい…!?」

「ええ、根回しも済んでおります。なんたって私は有能なメイドですからね。ですが、これで貸し一つですよ、レナエルお嬢様?」

「貸しでも何でもいいさ!パメラ、君は天から舞い降りた女神様だよ!」


レナエルは大袈裟に喜びを爆発させながらパメラに抱きつくと、子供のようにはしゃいで回った。仕事から解放され、頭の中がパラダイスだ。


「あぁ…明日が楽しみだよ…!」


レナエルは目をキラキラと輝かせて小さくつぶやくと、可愛らしく鼻歌を口ずさみながらイツキに貰った指輪を眺めていた。光で反射する紫の輝きは、他のどの宝石よりも強く美しく感じられた。

胸がドキドキする…こんな気持ちは初めてアイドルのライブに行った時以来だ。きっと明日はもっと心が躍るのだろう。それが楽しみでしょうがない!

レナエルは鳴りやまない胸の鼓動を抑え込むように指輪を抱きしめた。

そして、初めてのことばかりで余程疲れていたのか、そのままベッドに倒れ込むとあっという間に安らかな寝息をたてはじめた。


「まったく、困ったお嬢様ですね…」


パメラは自由気ままなレナエルに少し呆れつつ、放置されている書類の山を綺麗に整理する。

そして、パメラは思わず涎が垂れそうなほど可愛い主人の寝顔に自制心のブレーキを全力で踏みながら、優しくそっと毛布を掛けてあげるのだった。

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