第18話 早とちりなお姫様

『イリアスのダンジョン』から戻った次の日、イツキは拾い集めたエンヴィーロゼッタを加工するためにエルネストリア随一の宝石彫刻師の店を訪れていた。

宝石彫刻師とは、その名の通り宝石の原石を加工し、様々な装飾品を造り出す者のことを指す。特にこの世界では魔力を秘めた装飾品に数々の加護を授けることができることから、冒険者たちからも重宝される存在だ。

もちろん彼らが彫刻をすることで宝石は見栄えも煌びやかな装飾品になり、ただ着飾るためのアクセサリーとしても人気がある。

そして、龍炎石と呼ばれる妖艶な美しさを誇るエンヴィーロゼッタであっても、丁寧に加工しなければただの綺麗な石ころと大差ない。

それも推しに贈り物トリンとして渡すのだから、多少なりとも体裁は整えておくべきだろう。

そう考えたイツキは、ジョーとシンに促されるまま早速評判の店へとやってきたのだが―――――


「あ、親父おやじさん、ボク的にはもうちょっと派手な紋様がいいと思うのだけれど。これを渡すはね、こう、内に秘めた情熱が溢れる雰囲気がたまらなくてね。どうかな?」

「うーん……となると、こんな感じかね?」

「そうそう!そんな感じだよ!さすが龍炎石と呼ばれるだけはあるね。目を奪われるほど綺麗だし、女の子に渡すにはぴったりだな〜…ねえ、イツキ?」

「あ、ああ、そうだな……」


イツキのすぐ隣には、宝石彫刻師の親方と楽しげに話す小人族レプラカーンの王女様。

時折にっこりとイツキに笑いかけてくるが、目の奥が全く笑っていないことにイツキも気付いていた。


「………レナエル、その」

「イツキはちょっと黙っててね。これはボクにとっても大事なことなんだから」

「そうか……わかった」

「フ、フフ……もうここまで来たんだ。やれるだけやってやるさ……アハハ…!」


レナエルはこちらを振り向くことなく、くつくつと引き攣った笑い声を滲ませた。

そして、宝石彫刻師の職人と雑談をしながら、ガラスケース越しにエンヴィーロゼッタの加工方法の吟味を続ける。

その姿からは並々ならぬ情熱と、底知れぬ執念が伝わってくる。いや、もうそれは狂気と言っても差し支えないほどの何かだった。

隣にいるイツキですら身震いをするほどなのだから、正面に立って話題を振られ続けている宝石彫刻師の親方なんて目も当てられない状態だ。

さすが歴戦の職人だけあって表情には出ていないが、明らかに手が震えている。

面倒事に巻き込んでしまった親方に心の中で謝罪をしつつ、なぜこんなことになったのか、とイツキは天を仰ぎながら回想を始めた。

全く心当たりはないが、事の発端はきっと昨晩レナエルに声をかけたことだろう。


☆☆☆


イツキはダンジョンから帰還した直後、その足でレナエルの工房を訪ねていた。

日はとっくに暮れており、空には綺麗な月が浮かんでいる夕刻だ。

なぜわざわざ探索直後の疲れた体に鞭を打ってここに来たのかと言えば、明日エンヴィーロゼッタを加工しに行く必要があったのだが、ジョーとシンの都合が悪く、イツキだけで贈り物トリンを作りに行くには少々心許ないという話になったからだ。

こんな夜更けに友人の家を訪ねるのはあまりよろしくはないが、ダンジョンでの拾得品ドロップアイテムは徐々に劣化していってしまうため、明日中にはエンヴィーロゼッタの加工を終えておきたかったという事情もある。

なんにしても、イツキにとって一番頼りになる友人といえばレナエルなのだ。


「どうしたんだい?君がこんな夜遅くに訪ねてくるなんて珍しいね」

「レナエル、明日は空いているか?」


いきなり訪ねられて困惑するレナエルに事情を説明することなく、イツキは単刀直入に切り出した。

イツキが言葉足らずなことには慣れっこのレナエルは、少し苦笑いをしながら頭の中で明日の予定を確認する。


「また唐突だね……。明日かい?うーん……まあ、空いていると言えば空いているけれど、もしかして魔剣の調整かな?それだったらまた今度にして欲しいな」

「いや、とても大事なことがあったのだが、時間がないのなら他を当たろう」


レナエルの曖昧な返事は、遠回しに都合が悪いと言っているのだろう。レナエルの他に装飾品について詳しい知り合いはいないが、伝手をたどれば誰かしらは捕まるはずだ。

そう思ったイツキは早々に話を切り上げると、すぐにその場を立ち去ろうとする。

ところが、イツキが何気なく放った言葉にレナエルがぴくりと反応した。


「……え?だ、大事なこと?ちょ、ちょっと待ってくれたまえ、それは一体どういうことなんだい?」

「ジョーとシンから背中を押されてな。『やはり男が覚悟を見せるべきだろう』『お前の人生の大きな一歩になる』と言われ、こうしてレナエルに都合を聞きに来たんだ。やはり、身近だからこそ気付かないこともあるのだろう」


イツキは仲間たちの言葉をそっくりそのまま伝えた。

イツキたちオタクが考えた贈り物トリンでは、所詮完成度もたかが知れているだろう。いくら素材が良くても、完成品のセンスがなければ意味がない。

そして、アイドルとはいえ、贈る相手は女性なのだ。ならば、イツキをよく知る女性からの助言が最も適切なはず。

イツキはそういう意図で伝えたはずだったのだが、会話の流れを知らないレナエルには勿論そんなことがわかるはずもなく、文字通りに受け止めてしまった。


「男……人生……?それでボクを誘いにきた…??それって、もしかして……」

「どうした、ぶつぶつと考え込んで。明日は厳しいのだろう?なら仕方ない」

「いく」


何かに合点がいったレナエルはイツキの袖を引いて引き留める。その表情は唖然としながらも、ある種の決意に満ちていた。

てっきり断られたものだと思っているイツキは困惑しつつも足を止めて振り返った。


「ん?いや、わざわざ予定を押してまで来てもらうわけには―――」

「いくから!わかったね?ボクがいく、絶対に!」

「そ、そうか…俺としてもレナエルが来てくれるのはありがたい。では、また明日会おう」

「う、うん!ボクも誘ってくれて嬉しいよ。じゃあ、また明日……」


無事予定を取り付けたイツキは満足そうに礼を言うと、足早に立ち去っていった。たったこれだけのやり取りの間でとんでもないすれ違いをしているとは露ほども知らずに…。

そして、未だにイツキからの誘いを受け止め切れていないレナエルは、実質デートの誘いに来た元勇者をどぎまぎしながら見送った。



「ぅぅぅううう……えへへぇ〜……」


遠巻きにイツキの背中が見えなくなるのを確認すると、レナエルは途端にだらしないにやけ顔を晒した。

それはもう、とても“エルネストリアの魔術師”と称賛される天才魔法技師とは思えない呆けっぷりだ。夢じゃないかと自分の頬っぺたをつねったり、気持ちを抑え切れずに足をバタバタとさせたりと大忙しである。

だが、何かに気付いてぴたりと動きを止めると、すぐに周囲を見渡した。


「パメラ!」

「はい、お側に」


主人の鋭い呼びかけに、どこからともなくメイド服姿のパメラが現れる。

その手にはレナエルの予定帳を持っており、隅から隅まで話を盗み聞きしていたことが見て取れた。

このメイドの野次馬根性と過保護さは折り紙付きだ。付いて回るのが屋敷の中だけとはいえ、ほとんどストーカー同然だろう。

パメラのあまりにも迅速な反応にレナエルは思わずため息をつくが、詳しいことは聞かずに連れ立って颯爽と屋敷の中に入っていく。今はそれどころではないからだ。


「明日の予定は全部キャンセルにしておいて。埋め合わせは後でするから」

「承知いたしました」

「よし、明日は決戦だ!!」


メイドに素早く指示を出すと、小人族レプラカーンの少女は拳を突き上げて高らかに叫んだ。今度こそ成し遂げてみせる、と。

明日には穴があったら入りたいほど後悔するとは知らずに。

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