第15話 帰路

銀髪の男とひと悶着あった後、無事第15層を抜けたイツキたちは上層を目指して階層間を繋ぐ通路を歩いていた。

各階層ごとに置かれているこの通路は言わば“安全地帯”であり、魔物が湧かないことから身体を休めるにはもってこいの場所だ。特に第15層は中間階層主ミド・フロアマスターであるハイランダードラゴンがいることから、その手前にある通路は広く整えられており、様々な救援物資が備え付けられている。

しかし、本来は身も心も和らげるためにある休息空間のはずなのだが、イツキたちの間には微妙にピリピリとした空気感が漂っていた。

原因はもちろんジョーだ。

先ほどはイツキが無理やり止めることで場は収まったが、逆に押し込まれたジョーは不満をありありと表情に出していた。


「イツキ、おめぇなんで止めた?あの連中は野放しにしたら絶対に事件を起こすぞ」


溢れ出る不満を抑え切れなくなったジョーが抗議の声を上げて足を止める。

ダンジョン内で騒ぎを起こす者は大抵狩人ハンターのような外部からの挑戦者だ。先ほどの銀髪の男はまさにその典型例で、ダンジョン内における不穏分子と考えられるだろう。

ジョーの眼には、そんな輩をなぜ見逃したのか、という非難の感情が含まれていた。

だが、ジョーに合わせて足を止めた他の二人は、やれやれと呆れたように正義感の強い巨漢の男の方を振り返る。


「冷静さが欠けていますよ、ジョー。今回は私もイツキの判断を支持します。あの場で戦うべきではなかったでしょう」

「まあ戦う戦わないは置いておくとしても、あの首領、かなりの手練れだ。もし狩人ハンターならばそれなりに名の通った者に違いない」


イツキがあごに手を当てながら順を追うように説明をはじめた。

あの銀髪の男がそれなりの強者であることに関しては誰も異論がない。そして、相手グループとは人数差もあったことから、戦いになれば少々厄介な状況を強いられていたことだろう。

だが、途中でイツキの言葉を遮るようにジョーが食って掛かる。


「もし…?どう見ても狩人ハンターじゃねぇか!」

「いや、俺の言い方が悪かったな…。たしかに狩人であることに違いはないだろう。だが、あれだけ実力のある者がダンジョンに来る理由は何だ?」

「それは……………」


イツキの問いかけにジョーは思わず言葉に詰まる。

様々な地形を生かした地上での戦闘が主な狩人ハンターにとって、狭いダンジョンでの戦闘は不得手そのものだ。

たとえ戦うのが同じ魔物だとしても、“狩る”のと“攻略する”のとでは戦い方が全く異なってくる。だからこそ大抵の狩人ハンターはダンジョンを毛嫌いしており、それは先ほどの銀髪の男も例外ではないようだった。

それでもダンジョンに潜ってきていたということは、つまり、行きたくなくても行かなければならない事情があった、ということだ。


「……そんなもん、あれだろ、大方どっかの貴族の依頼でも受けたんじゃねぇのか?」

「それですよ、ジョー。もしエルネストリアの貴族からの依頼だとしたら、あの者たちといざこざを起こした時に面倒なことになります。最悪私たちが依頼の遂行を邪魔した、とでも言われかねませんよ」


絞り出したジョーの答えに、シンがめずらしく真っ当な意見を述べる。腐っても鯛、アホでもエルフということだ。

この世界では、よくあるファンタジー世界よろしく王族と貴族が強い権力を握っている。圧倒的な階級格差があるわけではないが、独自に軍隊を持つ貴族も居たりするため、関わらない方がいい存在に変わりはない。

そして、そこいらにいる狩人ハンターはともかく、そんな支配階級に喧嘩を売るとなれば話は別だ。下手をすればエルネストリアから追い出されるかもしれない。

イツキはそんなシンの意見に頷きつつ、さらに言葉を続けた。


「シンの言うとおりだ。そして、それ相応の名のある者ならばダンジョン内で一線を超えた暴挙に出ることもないだろう。俺たちで奴らを叩きのめすのは難しくないが、それでは規律ルールを破った奴らと大差ない。俺たちは無法者を成敗する正義の味方になりにきた訳じゃないんだ」

「…………なるほど、よくわかったぜ。悪かったな、これは全面的にオレが間違っていた」


ジョーはイツキの言葉に納得すると、降参するように両手を上げた。

己の間違いを認め、潔く謝る切り替えの早さが、この巨漢の男に信頼が集まる理由だろう。さすが曲者が集まると言われている冒険者のギルドを束ねる者だ、鬱陶しい筋肉も伊達ではない。


「それに、あの男は強そうだったからな。戦うのがめんどくさかった」

「おい絶対それが本音だろ」


神妙な面持ちでつぶやくイツキに、ジョーが思わずツッコミを入れる。

イツキは必要なこと以外にやる気を出さない省エネ型の人間であり、基本的に面倒事は避けて通りたがるのだ。

逆に成すべきことはどんな困難が待ち受けていようと成し遂げる。それがスライム1万匹を狩るということであっても、平気で夜通し狩り続けられるイカれた精神の持ち主だ。

最強の勇者たらしめているのは、その尋常ではない努力の仕方だろう。そして、今回はそれが良い方向に作用したのは事実だ。それがわからないジョーではない。


「ま、何はともあれ助けられたな。この借りはいつか返すぜ」

「そうか、今日の拾得品ドロップアイテムは全部ジョーが持って帰ってくれるのか」

「……………………は?」

「フッ、荷物持ちという名誉な役職に自分から名乗り出るとは、さすがジョーですね」

「ちょ、ちょっと待て…!」

「さすがギルドの団長だ。器が違う」

「よっ、筋肉団長!!今日もキレてますね!!」

「潰す」

「いや、イツキだって……ぐぼぉっ!!!」


鬼の形相となったジョーの裏拳をもろに食らい、シンが吹き飛んで顔面から壁にめり込んだ。

可哀想だが、因果応報と言う他ない。

そんなシンを放っておき、イツキはそそくさと自分の荷物だけまとめると、清々しい顔で走りはじめた。


「俺は先に行く。残りの荷物は頼んだぞ」

「ハッ……!いいぜ、やってやろうじゃねぇかクソがぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

「…………なんで、私だけ殴られたんですかね……??」


身軽になって快足を飛ばすイツキ、大量の荷物を抱えて激走するジョー、そして、殴り飛ばされたまま放置されるシン。

誰もが能力だけは高いのだが、この三人に“連携”と呼ばれるものはほとんどない。自由気ままに、面倒事は押し付け合って、騒ぎながら冒険をするだけだ。

ともあれ、こうして一行は『イリアスのダンジョン』から無事に帰還したのだった。


その道中、イツキは先ほどの騒動のことを振り返っていた。

今回は上手く場を収めたが、ジョーたちとの議論の際にイツキはもう一つの可能性に触れていなかった。

あの銀髪の男に依頼を出したのが、何かしらの有力者だということは確かだろう。

しかし、エルネストリアの事情をよく理解している者ならば、地上での戦闘を得意とする狩人ハンターに依頼を出すとは思えない。

この街で絶大な権力を持つギルド連合に隠しておきたい秘密があるのか、はたまた、ただ単に狩人を懇意にしている貴族なのか。それとも、あの銀髪の男がただの狩人ハンターではなく、何か特殊な業務を請け負っているのか。

最初に『もし狩人ハンターならば』と含みを持たせたのも、それが理由だ。

だが、どれにしても厄介なことに変わりはない。

ただの予感だが、絶対に関わりたくないタイプの面倒事が近付いてきているな…と、イツキは心の中で思ったのだった。

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