第14話 乱入者

「こんなものでいいだろう」


15層に着いてから1時間ほど過ぎた頃、イツキたちの足元には大量の魔石やドロップアイテムが散乱していた。

ざっと見て300体ほどは討伐しただろうか。

普通の世界であれば生態系破壊もいいところだが、ここはダンジョンだ。あれだけ倒されたハイランダードラゴンがダンジョンの壁から次々と生み出されている。


「にしても、こんだけ倒してたったの5つかよ…。このドロップ率は本当に趣味悪ぃな…」

「だが、目的は達成した。他の冒険者の邪魔になる。さっさと戻るぞ」


イツキに急かされつつ、ジョーはハイランダードラゴンから落ちる希少品レアドロップであるエンヴィーロゼッタを片手に持ち、その数の少なさをボヤいた。

エンヴィーロゼッタはその美しさから“龍炎石”とも呼ばれ、緋色と桃色の混ざった色合いの石である。

主に装飾品として扱われるが、これといって目立った加護もなく、ハズレ枠の希少品とも揶揄されている。その代わりに艶美な色合いから女性への人気が高く、市場に出回れば高価で取引される宝石だ。


「にしても、こんな石っころが希少品レアドロップねぇ…。やっぱ女の感性ってのはわからねぇもんだな」

「ジョー、口ではなく手を動かせ。ぼやぼやしていると再発生リスポーンした敵に見つかるぞ」


イツキは全く手の進まないジョーを叱咤しながら、散らばっている拾得品ドロップアイテムを拾い集める。

時間経過で勝手に消えていくとはいえ、道を塞ぐほどの素材の山を放置していくのはあまり良いことではないだろう。

特に魔物から必ず落ちる魔石は加工することで魔法道具マジックアイテムの核となる部分であり、魔力に反応して様々な現象を起こすことから全て回収・処理するのがダンジョンでの鉄則だ。

さて、散々追いかけられ、仕舞いには食われかけたシンはというと、地面に寝転がりながらエンヴィーロゼッタを抱きしめていた。


「ふ、ふひひ、メイナちゃんに渡すエンヴィーロゼッタはここにある。ここにあるんだ…!」

「シン、おめぇ何してんだ?」

「見てわかりませんか?メイナちゃんへの愛を注ぎ込んでいるのですよ。邪魔しないでもらえます?」

「シンプルにきめぇな…」


にやけ顔で宝石を抱きしめている仲間の姿を見て、つい心の声が漏れ出てしまったジョーであった。


☆☆☆


ダンジョンにおいて最も事故率が高いのは、下層での激闘時ではなく、帰還時の道中である。

特に最下層まで踏破した後、疲労と達成感から注意を怠ったことで命を落とすことが多いと言われている。

どこの世界でも『帰るまでが遠足』というわけだ。

しかし、それをわかっているのか、ダンジョンの壁から次々にドラゴンが湧いて出てくる。


「ったく、もう十分だってのに、どんどん湧いてきやがるぜ」

「これは戦いだ。最後まで気を抜くな」

「もう一つ落ちたらメイナちゃんへのプレゼントにしてもいいですか?いいですよね?」

「絡むだけ面倒だから、おめぇの勝手にしろ…」

「…………ジョー、シン、きたぞ」


騒ぎつつも出来る限りドラゴンたちに見つからないよう位置取りをしながら階層の出口へと向かう一行だったが、上層への通り道の途中で運悪くバッタリと出くわしてしまう。

竜の巨体がわずかに視界の端に映り、このまま直進すれば確実に見つかることになるだろう。

だが、そのすぐ先には上層への通路があった。

一瞬の硬直。

隠れてやり過ごすか、一気に仕留め切るか。それぞれの頭の中を様々な選択肢が駆け巡っていく。

そんな逡巡の後、最初に動いたのはイツキだった。

ドラゴンの気配に瞬時に反応し、敵に認知されるよりも早く肉薄すると、その注意を引き付けるように斬撃を振るった。


「ふっ――――――!!」

『グギャァ!?』


イツキの鋭い剣戟が龍の鋭い爪をはじき、その頑丈な鱗に無数の傷を刻み込む。

不意を突かれた巨竜は視線を小さな冒険者に移すと、一気に猛攻を仕掛けた。

強靭な肉体を持つ竜種特有の力任せな殴打が次々に繰り出され、それと共に人を丸呑みに出来る巨大な口から灼熱の火炎が吐き出される。

だが、イツキは難なくその攻撃を全て躱してみせた。

いくら中間階層主ミド・フロアマスターと言えども、攻撃を避けるだけならイツキにとっては訳ないことだ。特に竜種は肉体の強さに依存した個体が多く、全般に瞬発的な反応を不得手としていることも要因の一つだろう。

とはいえ、魔力の大部分を消費したイツキでは一気に押し切ることができない。

そこで飛び出してきたのが肩に斧を背負った巨漢のヒューマン、ジョーだ。


「どりゃぁぁぁぁああああ!!」

『グギュゥゥゥ…ッ!!!』


圧倒的な力で振るわれた戦斧が頑丈なハイランダードラゴンの鱗を強引に砕いた。

目には目を、歯には歯を、防御には攻撃を、だ。

機動力に欠けるジョーだが、イツキが先行して意図的にドラゴンの注意を引き付けていたことで懐まで潜り込むことができたのだ。

そして、伊達ではない筋肉から生まれる馬鹿力によって、強靭な鱗の裏にある柔らかな皮膚が露出させられる。そのうえ、殴りつけられた衝撃でふらつき、明らかにダメージを負っていた。

まさに仕留める絶好の機会チャンスだ。


「シン、いったぞ!」

「フッ、とどめは私の愛の一閃で―――ッ!?」


控えていたシンがここぞとばかりにキメ顔を披露しながらドラゴンに向かって飛び掛かっていく。

――――――が、シンは飛び上がった直後何かに気付くと空中で急転回し、巨竜から離れるように回避行動をとった。


「【フロスト・ジャベリン】!!」


次の瞬間、巨大な氷柱がハイランダードラゴンを串刺しにした。

瀕死だった巨竜の体を数本の氷の槍が容赦なく貫き、一瞬にしてその命を奪い去る。

単詠唱による魔法だ。

しかし、イツキたちが唱えた攻撃ではなく、放たれたのはドラゴンを挟んで反対側にある階層の入口からだった。


「ったく、入口にドラゴンがいるなんざ聞いてねぇぞ。まあいい、何かに使えんだろ。おい、お前ら、ちゃっちゃと拾ってけよ」


消滅した巨竜の残骸を踏み分けて、目つきの悪い銀髪の男が悪態をつきながら階層へと足を踏み入れてくる。

そして、その男に続いて、背後から仲間と思しき集団が次々に入ってくると、地面に散らばった素材をかき集めはじめた。

20~30人ほどの大規模パーティーだ。特定のギルドの紋章を身に付けていないところを見ると、寄せ集めの野良パーティーか特殊な集まりだろう。


「なあ、あいつは誰だ?おめぇらの知り合いか何かか?」

「あんな無粋な輩を知っているわけがないだろう」

「あぁ……私のキメ技が……せっかく披露する絶好の機会だったのに……」


勝手に嘆くシンを放っておいて、イツキは集団の首領と思われる銀髪の男を注意深く観察した。

十中八九、先ほどハイランダードラゴンを仕留めた魔法を放ったのはこの男だろう。

ちょっとした身のこなしや雰囲気だけで、それなりの使い手であることがわかる。そして、単詠唱であれだけの威力の魔法を放っていることから、魔法に関しても相当な腕の持ち主だろう。

戦闘になれば厄介だな……とイツキが結論付けたところで、銀髪の男は困惑しているイツキたちに気が付いた。

そして、何を思ったのか会話をする前から敵意むき出しの殺気を放ってくる。


「んだ、テメェら。こいつはオレらが狩った獲物だ。もちろんドロップアイテムは全部いただいていくぜ」

「おいおいおい、ダンジョンでの後取りは御法度だぜ。先に攻撃をしてたはオレたちだ」


一方的に独占宣言をした男に対して、ジョーが抗議の声を上げる。

ダンジョン内では規律ルールを守るのが常識だ。特にいざこざの原因になりやすい拾得品ドロップアイテムに関しては厳しく定められており、最初に攻撃を加えたパーティーが取り分を要求できるようになっている。

だが、銀髪の男は全く意に介さないようで、面倒くさそうに舌打ちをしながら、突っかかってきた巨漢の男を睨みつけた。


「ケッ、知るかってんだ、こんな薄暗い穴ぐらでのルールなんざよ。オレはお前らが攻撃してたのなんざ知らねぇ。そして、殺したのはオレだ。なら、オレが取っても問題ないだろ?」

「外からノコノコとやってきた狩人ハンター風情が冒険者を舐めんじゃねぇぞ」

「ぁあ?やるってのか?オレぁ今猛烈に苛立ってんだ。やるってんなら容赦しねぇぞ、コラ!」


今にも噛み付いてきそうな雰囲気を漂わせる銀髪の男と、ダンジョン攻略を生業とするギルドの団長として絶対に譲るつもりのないジョー。

一触即発の睨み合い。

だが、今にも斬り合いが起こりそうな雰囲気を断ち切るように、イツキが間に割って入った。


「いや、今回はこちらが手を引こう。落ちている素材アイテムは全てそちらが持っていって構わない」

「……お?そっちの薄汚ねぇチビの方はよくわかってんじゃねーか。じめじめした穴ぐらに相応しい冒険者モグラ根性だなぁ、おい!」


相手が下手に出た途端、銀髪の男は嘲笑うように煽り立てる。

モグラ……ダンジョンに籠ることが多い冒険者を馬鹿にする常套句だ。特に冒険者を忌み嫌う狩人ハンター―――地上での猛獣狩りを生業とする者たち―――が使う言葉で、両者がよく乱闘騒ぎになる原因でもある。

だが、イツキは全く動揺することなく、感情のない眼でじっと男の目を見つめた。


「御託はいい。俺たちにはもう必要のない素材アイテムだからな。集めたらさっさと次の階層に行け。ここは面倒なドラゴンがわんさか湧いてくるぞ」

「おーおー、そりゃご親切にどーも。こっちも鬱陶しい化け物モンスターどもと惨めなダンスを踊るのはごめんなんでな。お前ら、さっさと行くぞ!」


イツキの鋭い眼光から目を逸らすと、銀髪の男は素材アイテムを拾い終えた部下たちをまとめ、さらに下の階層へ向かい始めた。


「おいっ!話はまだ付いちゃ―――」

「今は手を引いておけ」


収まりがつかないジョーは食って掛かろうとするが、イツキが厳しい目つきでそれを抑え込む。

背筋が凍るような圧迫感。

魔物も震えて逃げ出すような、死線を乗り越えすぎた者が放つ独特の威圧感だ。

そんな有無を言わせないイツキの雰囲気に呑まれ、ジョーは持ち上げかけていた武器を下ろす。そうする以外に選択肢はなかった。

そして、その視界の端で、不敵な笑みを浮かべた銀髪の男が下層へと降りていったのだった。

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