第13話 喰う者と喰われる者

「ぁぁぁぁああああああ……ぐぼべぇっ!?!」


シンが華麗に顔面から着地する。骨がちょっとマズい方向に折れる音が聞こえたような気がするが、そこは上級冒険者ということで何とかなるだろう。

そして、シンは全身にじわりとくる痛みを耐えながら、ゆっくりと体を起こした。


「な、なんて人たちだ…仲間を餌にするとは…。いつか百倍にして―――」

『グギャァァ?』


目の前に巨大なドラゴンの顔があった。

しなやかで強靭な肉体を錆色の鱗が覆い、漆黒の鋭い爪は一振りで獲物を仕留めることができるだろう。背中にある小さな翼はダンジョン内で退化したとも言われ、その代わりに発達した手足によって地上での爆発的な加速を可能にしている。

シンが落下した付近には他の個体も闊歩しており、騒げば一気に押し寄せてくることになるだろう。

もしそうなれば、ジ・エンドだ。アイドルの顔を拝むどころか、自分の遺影を拝まれることになってしまう。

そう考えたシンは、出来る限りのにこやかな作り笑いと、両手を広げて敵意がないアピールをしてドラゴンとのコミュニケーションを図りはじめた。


「や、やあ、こんにちは。君、良い竜鱗をしているね!とても高価な保湿クリームを使っているんだろう?惚れ惚れしちゃったよ!おっと、ボディタッチは禁止かい?すまないね、綺麗なものを見るとつい癖で触ってみたくなるんだ」

『グルゥ…ッ?』


シンが必死に身振り手振りで会話らしきものを試みているが、ドラゴンの表情は険しくなっていく一方だ。

そもそも魔物に会話を試みている時点で頭のネジがとんでいるようなものだが、シンは冷や汗をだらだらと垂れ流しながらもドラゴンの機嫌を取ろうと全身全霊を尽くす。


「炎を吐き出して、機嫌が悪いのかな?さっき私が君たちのことをトカゲと侮辱したことは謝罪しよう、すまなかった。けれど、私たちの神は温厚だ、きっと許してくださるだろう。だから、そんな食い殺す獲物を睨むような眼で見ないで欲しいな?アーメン、悪霊退散。さあ、これで大丈夫だ!それで、どうかな、私と一緒にメイナちゃんに会いにいくっていうのは?きっと私たち良い友達になれる気が―――」


『グギャァァァァァァアアアアア!!!』

「ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!」


侵入者に怒り狂うハイランダードラゴンと、情けなく泣き叫ぶ残念イケメンエルフ。

命を懸けた鬼ごっこが、いま始まる。


「いや、これはどう考えても無理ですよッ!!死にますって!!!」


口から煮えたぎる火炎をまき散らしながら、ここの階層主フロアマスターたるハイランダードラゴンが暴れ回る。

そして、先ほどの雄叫びに呼応するように次々とフロア内のドラゴンたちが侵入者の存在に気付きはじめ、あれよあれよという間にシンの背後からドラゴンの大群が押し寄せてきた。

一対一ならともかく、これだけの数が相手となると、どんな英雄も尻尾を巻いて逃げだすだろう。


「おーおー、綺麗に引っ掻き回してやがるぜ。こりゃあ見ものだな」

「呑気に眺めていないで俺たちも準備をするぞ」


崖の上から降りて爆笑するジョーをよそに、イツキは駆けまわっているドラゴンの大群を仕留めるべく準備をはじめた。

中間階層主であるハイランダードラゴンの弱点は氷系統の魔法。逆に斬撃系の攻撃は竜種特有の頑丈な鱗によって弾かれてしまう。

だが、イツキは構うことなく剣を構え、魔力を注ぐことで白銀―――斬撃系の武技スキルに輝かせはじめた。


「俺が一撃いれる。後続は頼んだ」

「おいおい、一撃いれるっつってもあれは簡単には斬れねぇだろ」

「大丈夫だ。任せておけ」


レナエルから渡された魔剣イレイースはもともと持ち主の魔力を吸い上げ、それを攻撃力に変換する能力を持っていた。ただ持っているだけで命を蝕むという、まさに魔剣と呼ぶにふさわしい力だろう。

だが、それを天才魔法技師のレナエルが魔改造したことで、持ち主が放つ魔力に応じて武技スキルに属性を付与することができる、という異色の能力に変化した。


これが、なぜ異色なのか。

まず、この世界においていわゆる"技"と呼ばれるものは魔法と武技スキルの2つだけだ。

魔法は魔力のみを消費して様々な属性の事象を起こす。ファンタジー世界ではお馴染みのやつだ。

そして、全ての魔法が完全詠唱と単詠唱の2つを持ち、完全詠唱ならば武技スキルでは遠く及ばない威力を発現させることができる。だが、戦いながら完全詠唱をするのはリスクが高く、部隊レベルで援護をしなければならない。

そのため、魔法は単詠唱で放つのが基本となる。威力は下がるが、手軽で魔法の暴発も少ない。

では、魔剣イレイースの能力が何を意味しているのかというと、本来は少量の魔力で発動される武技スキルに、無理やり上乗せで属性を持った魔力をぶち込むことができるようになったというわけだ。

つまり、武技と魔法の疑似的な合技を行うことができるのだ。


「【我は命を刈る神々の刃】」


斬撃系最上位武技スキルに膨大な魔力が注がれ、イツキの剣から巨大な氷の斬撃が放たれる。

山をも切り落とし、大地をも氷漬けにする絶対零度の刃がハイランダードラゴンの群れを横殴りに貫いた。

本来は刃物を通さない強靭な鱗も冷気を浴びることで脆弱化し、バターのように切り裂かれていく。まさに圧倒的な殲滅力だ。

しかし、強力な技にはそれ相応の代価があるもの。

ドラゴンを一撃で仕留めるために必要な大量の魔力消費に加え、この技は致命的な技後硬直が起こってしまうのだ。

イツキは魔剣を振り切った状態のまま指一つとして動かすことができない。

そして、その隙を見逃すことなく、わずかに生き残ったハイランダードラゴンが怒り狂いながらイツキ目掛けて突進してくる。


「待ってたぜぇ…!!」


だが、こちらには絶大な防御力を誇る筋肉がいる。

ジョーは反動で動けないイツキの前に立ち、肩に背負っていた斧を手に取った。

第一級品の戦斧"ジルドランド"。

数々の戦場を共に乗り越えてきたジョーの愛斧であり、多くの強敵を打ち倒してきた相棒だ。

巨漢のヒューマンは持ち前の筋肉を存分に発揮し、向かってくるハイランダードラゴンを振りかぶった斧で思い切り殴り飛ばした。


「うおおおりゃぁぁぁぁああああ!!!」


ハイランダードラゴンの巨体が軽々と宙を舞い、もの凄い勢いで岩壁に激突する。そして、その衝撃で頑丈な岩が崩れ、瀕死のドラゴンの上から降り注いだ。

竜種を武器だけで殴り飛ばせる者など、冒険者の中でも一握りしかいないだろう。

ここにたどり着くまで散々な目に遭ってきたジョーはその鬱憤を晴らすかの如く縦横無尽に暴れ回った。

そして、イツキが反動から解放されると再び斬撃が放たれ、無尽蔵に湧いてくるハイランダードラゴンを次々に屠っていく。


「ひぃぃいい!!熱いッ、炎を吐くのはマズいですって!!ぎゃぁあ、今度は岩が降ってきたぁぁ!!」


囮に使われているシンはドラゴンに追われながら、巨大な刃と吹き飛んでくる岩石の間を必死に駆け抜けていた。

かつて数々の戦場で武功をあげた歴戦の美剣士の姿はどこへやら。美しかった顔は涙と鼻水で汚れ、キメ顔なんてする余裕もないまま情けない表情で逃げ惑っている。

ああ、なんとみっともないことか…。


「あーーっ!!イツキ、もうちょっとで私の美しい髪まで凍るところだったじゃないですか!!それだけは勘弁して―――」

「お、食われた」「食われたな」


巨大なドラゴンにもぐもぐと捕食されるエルフの冒険者。

その体が半分ほど口の中に収まったところで、イツキとジョーはハッと我に返る。


「って、食われてんじゃねぇかッ!!!!」「助けるぞッ!!!!!」


顔を見合わせて叫ぶイツキとジョー。そして、何とかドラゴンの口から唾液まみれとなった仲間を引きずり出し、周囲にいるドラゴンたちを殲滅させたのだった。

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