第12話 中間階層

「ふっ―――!!」

『グギャッ―――!!』


イツキはすぐ隣で湧いて出た両手に鎌を持つ魔物―――エッジマンティスを短剣で斬り伏せた。

放置しておくと次々に仲間を呼び寄せる厄介な魔物だ。それでいて単体での戦闘力も凄まじいものがあり、多くの駆け出し冒険者を葬っている。上層にいる初級冒険者のパーティー程度ならこの一体だけで壊滅させられるだろう。

イツキは面倒事の種を処理し終えると、速度を上げて即座に前を走るシンに追い付いた。


「ちらほらと面倒な敵が増えてきましたね」

「ああ、だが速度を落とさなければ追いつかれることはないだろう」

「それは、まあ、そうなんですけどね…」


イツキの言葉を聞いて、シンが微妙な表情で後ろを振り返る。

そこには滝のように汗を流しながら、へばりそうになっているジョーの姿があった。


「お、おい…っ!ちょっと…待ってくれ…っ!」


ギルドの団長の威厳は何処へやら。汗だくになったジョーは二人に置いてかれまいと必死に走っていた。

はじめは快調に走っていたものの次第に速度が落ちていき、気が付けばパーティーのお荷物状態だ。可愛い少女ならともかく、いい歳したおっさんがぜぇぜぇと息を切らせる姿は手伝う意欲が湧くどころか正直あまり見ていたいものではない。


「まだ第10層だ。残りの5階層はもっと速度を上げないと魔物に囲まれることになるぞ」

「装備が軽くなったからと最初に飛ばし過ぎましたね…なんと情けない…」


イツキが冷静に注意を促し、シンがやれやれと呆れるように肩をすくめた。

ダンジョン攻略を生業とする冒険者の端くれであるジョーにとっては屈辱的な光景だろう。


「クソっ、やってやろうじゃねぇか!!うぉぉぉおおおおお!!」


ジョーは吠えた、天高く。そして、漢の意地を見せるかのように全力で駆け出した。これが冒険者だ、とでも言いたげに。

だが、その後ろ姿を見てイツキとシンは内心こう思った。

叫んで体力を使うぐらいなら普通に走れ、と。


☆☆☆


中間階層ミッドフロア、俗に"中層"と呼ばれている空間は、その先に広がる高難易度迷宮への門番となっている。

特に中間階層主ミド・フロアマスターはその名の通り中層に住まう強力な魔物を指しており、踏破を目指す上級冒険者パーティー以外はまず戦おうと思わない相手である。

何より厄介なのが、この中間階層主ミド・フロアマスターが一体だけではなく無限に湧き続けることだ。避けて通ることが難しいのは勿論のこと、複数体と同時に戦えるだけの戦力が必要になる。

イツキたちはそんな“中級冒険者の関門”とも呼ばれる中間階層へと足を踏み入れていた。


「さて、やるか」

「フフッ、やはり天は私に二物を与えたようですね!あのイツキよりも速くなれるとは、サイン会に向けた走り込みをした甲斐があるというものです」

「はぁー…っ…はぁー…っ…はぁー…っ…死ぬ…」


イツキたち三人は中間階層の入り口に立ち、眼下に広がるダンジョンの風景を眺めていた。死にかけの巨漢の男一人を除いて、だが。

イリアスのダンジョン第15階層。だだっ広い空間に柱のような岩山が幾つも並び、外壁の中で光り輝く鉱石がフロア内を明るく照らしていた。

入り組んだ地形が多いダンジョンの中で、この階層は特に異質な空間である。まさに巨大なドラゴンと戦うために作られたと言っていいほどだ。


「ジョー、大丈夫か?さすがにそのまま戦うのは厳しいだろう」

「ああ……だがなぁ…っ、ここまで…はぁー…っ…たどり着きゃあ……こっちのもんだぜ!全力で鬱憤を晴らさせて…もらおうじゃねぇか」


ジョーは息も絶え絶えになりながらも、意地と根性で執念を燃やしていた。だが、どう考えてもとばっちりだ。

筋肉の塊のような巨漢からこんなどうでもいい理由で闘志を燃やされるドラゴンが可哀想に思えてくる。


「冒険者ともあろう者がそんなに息を切らせてどうするというのです?やれやれ…やはり、ここは絶世の美剣士である私が戦うしかありませんね。フッ、まったく世話が焼けるものです」


疲れ切ったジョーを嘲るようにシンが謎のキメポーズをしながら、髪をファッサァと無駄になびかせた。

顔だけはとてつもなく良いため様にはなっているが、それ以上に小馬鹿にしたポーズと無駄なカッコよさが果てしなく鬱陶しい。


「こいつ、シンプルにウザいな」「同感だ」

「フッ…脇役は黙っていて下さい、ここからは私の出番です。イツキにも勝る神☆速の足を持つ天☆才美剣士である私の手にかかれば、あんなトカゲ共など相手になりませんよ。我が華麗な妙技でメイナちゃんへの贈り物を手に入れて見せましょう!」


シンはドヤ顔で高笑いをしながらフロア内を闊歩するハイランダードラゴンたちをコケにし、イツキとジョーを煽ってみせる。

どうやら中層にたどり着く速度でイツキに勝ったことで有頂天になっているようだ。何か良いことがあれば、すぐ調子に乗る。それが残念エルフのシンである。

それに対して、煽られた二人は怒り心頭―――かと思いきや…。


「そうか、なら、今回の餌はシンだな」

「ここまでやる気を出されちゃあ仕方ねぇな。見せ場はおめぇに譲ってやるか」

「フッ、私と張り合いたい気持ちはわか―――は……?え……?餌とは……?」


二人の塩対応に肩透かしを食らったシンは見事なまでの間抜け面を晒す。いつもならば互いに煽り合うのだが、見事にその梯子を外された形だ。

呆けたままのシンの肩に手を置き、真剣な表情でイツキが説明をはじめる。


「ハイランダードラゴンの習性を知っているか?」

「ええ、たしか『縄張りに入ってきた者は全て敵と認識し、フロア内を追いかけ続ける』でしたね。なので、この第15層にハイランダードラゴン以外の魔物は湧かず、闇雲に逃げ回れば囲まれるのがオチです。ですから、ハイランダードラゴンと戦う時は遠距離で誘き出して各個撃破が定石となっていますね」

「その通りだ。だが、希少品レアドロップであるエンヴィーロゼッタがドロップする確率はあまりにも低い。一体ずつ倒していたのでは何日かかるか知れたものではない」

「それは、まあ、その通りですが……」

「そこでだ!あの憎たらしいドラゴンの習性を逆手に取って、あっという間に奴らを殲滅する方法をオレたちが考えた!名付けて"撒き餌作戦"だ!」


ジョーが高らかに声を張り上げ、シンを挟み込むようにイツキの反対側から無理やりガッと肩を組む。

二人の様子に異変を感じ取ったシンは、そこではたと考え込んだ。


「ハイランダードラゴンの習性を利用……餌……ま、まさか…?!」


ようやく二人の企みに気付き、シンの表情がみるみるうちに青白く染まっていく。


「は、計りましたね…!?この、離せっ…!嫌だ、食われるのだけは…嫌だぁぁああ!!」

「逃げ切れば食われるこたぁない。自慢の足を見せつける良い機会じゃねぇか」

「そうだ。お前はこの作戦の最大の功労者になる」

「いやぁ、こんなに名誉なことは一生ないと思うぜ!オレだったら墓石に刻んで一族の家宝にでもするだろうなぁ!羨ましいぜ!なぁ、イツキ?」

「全くだ。きっと世界中のドラゴン愛好家たちの間で“二度と味わえないスリルを味わった奇跡の冒険者”として評判になるだろう」

「それは暗に私が死ぬと言っているじゃないですかぁぁぁあああ!!!」


絶叫し、必死にもがくシンだったが、イツキとジョーは互いの言葉にうんうんとうなずきながらも決して組んでいる肩の力を抜くことはなかった。

捕まえた獲物は逃がさない。これが冒険者の鉄則である。


「いくらおだてても意味ありませんよ…?!くぅっ…今回ジョーのギルドメンバーと行かず、私に声を掛けたのはこれをするためだったんですね…!?あ…、ちょっと…、そっちはダメですって…!崖ですよ…??ねえ、聞いてます!?!?」

「やっぱ餌を投げ込む時は上からだよな」

「おい、今、完全に私をただの餌だと言いましたよね…?!」


シンを引きずるようにして、イツキとジョーはじりじりとハイランダードラゴンの縄張りの近くにある岩壁まで近付いていく。

すぐ真下には巨大なドラゴンが寝そべり、やって来る獲物を待ち構えていた。

ここから叩き落されれば、まず間違いなく標的にされるだろう。それどころか、打ち所が悪ければ落下の衝撃で骨の一つや二つはあの世行きだ。


「待、待ってください…!せめて心の準備を――――――」

「幸運を祈る」「世界に幸あれ、ってやつだ」

「そこは何か一言待つところでしょうがぁぁぁああ!!!うわぁぁぁぁああああ!!!」


シンの懇願にも一切耳を貸すことなく、イツキとジョーはまるでゴミを捨てるようにポイっと崖から投げ落とした。

そして、そんな二人に向かって最後まで全力でツッコミを叫びながら、シンは大きく口を開けた崖下へと落ちていったのだった。

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