第11話 ダンジョンへ
ダンジョン。それは宝の山であり、誰もが憧れる未知の空間。夥しい数の強大な魔物が闊歩し、挑戦者たちの力と勇気を試す場所。
これまで数多の冒険者がその好奇心に身を任せては、志半ばで命を落としていった。
ロマン、希望、憧憬。ダンジョンに挑む者たちは誰しもそんな幻想とも呼ぶべき夢を抱き、過酷な迷宮へと果敢に潜っていくのだ。
「相変わらず、地味な見た目だ」
そういった感情とは無縁のイツキは、綺麗に整備された長い洞窟でしかないダンジョンの入り口を冷ややかに眺めていた。
立て掛けられている看板には『イリアスのダンジョン』の文字。エルネストリア周辺に点在しているダンジョンの中でも、中〜上級者向けの危険な迷宮に数えられている一つだ。
今回のイツキたちの目的はこのダンジョンの中間に位置する第15層、そこに出現するハイランダードラゴンである。
よく聞くファンタジー世界同様、この世界においても竜種は絶大な強さを誇る危険な魔物だ。全てをなぎ倒す巨躯、鋭利な爪、鉄をも溶かす火炎を持つ絶対的な覇者である。
依頼でもなければ攻略でもないのに、わざわざドラゴンと戦おうとする酔狂な者はいないだろう。普通ならば、だが。
「おう、イツキ、なにボーッとしてんだ?」
ダンジョンの入り口の前で突っ立っているイツキのもとへ、全身に鎧を纏い、背中に巨大な斧を背負ったジョーが近付いてくる。
その出で立ちはまさにギルドのリーダーにふさわしい屈強さを誇っており、風貌だけでも威圧感が半端ではない。とても昨晩アイドルのライブを見て騒いでいた気持ち悪いオタクとは映らないだろう。
「別に何でもない。ただ眺めていただけだ」
「このダンジョンなんざ、おめぇもだいぶ見慣れたもんだろ。エルネストリアの近くで稼げる場所って言ったらここだしな」
「そういえば、今さらですけれど、私たち三人だけでダンジョンに挑むというのは些か危険なのでは?」
すぐ近くで装備を整えていたシンが真面目なトーンで切り出してくる。
いつものTシャツの上に薄手のアーマーを着込んでいるからか、真剣な表情と相まって死地に赴く兵士のようだ。死ぬと決まったわけではないが。
「大丈夫じゃねぇか?挑むっていっても踏破するわけじゃなく、あくまで目的は中層だ。このメンツなら身軽な分道中も楽に突破できるだろう?」
「だから、それが心配なのですが…」
余裕そうなジョーをシンが白い目で見つめた。
この世界のダンジョンは数人で気軽に攻略できるほど簡単な構造ではない。そして、“元勇者”といった一部の例外を除けば、基本的には人間よりも魔物の方が強いのだ。
そのため複数のパーティーで役割分担をし、大人数で確実に突破していくのが定石だ。
特に難易度の高いダンジョンの攻略は数日を要する長期戦となるため、本来なら装備の替えや大量の補給物資を分担して持っていくことになる。
だが、今回はその“一部の例外”に属する三人が集まったことから、湧いてくる魔物との戦闘を極力避け、中層まで強行突破する速攻を仕掛ける作戦をとることになった。
短時間・低コストを実現させる魅力的な方法だが、これには当然速度が重要視される。
「シン、それは鈍足のオレが足手纏いになるって言いてぇのか?」
「いかにも、その通りです。アダマンタイトの鎧などという重厚な装備をしているのが悪いんですよ」
「実際ジョーは驚くほど遅いからな」
普段から前衛でタンクを張っているジョーは他のパーティーメンバーと比べて守りに優れた防具を装備せざるを得ない。
その結果、持ち前の巨体と合わさって極端に速度が遅いのだ。
「どうせそう言われると思ってな、今日はいつもと装備を変えてきた。これで人並み程度には速度が出せるってもんだ」
「……何が変わったのか全くわからん」
「ええ、汚らわしい筋肉が黒光りする鉄の塊に包まれているようにしか見えませんね」
「おい、おめぇ、後で覚えとけよ」
新調した鎧を散々に言われたジョーは不貞腐れたように低い声で脅し文句を呟いた。
だが、シンはジョーの脅しを全く気にすることなく、いや、むしろ輪をかけて嘲笑うような態度をとってその巨体を指差した。
「最初に言っておきますが、私はメイナちゃんへの贈り物を取るためなら、あなたの命も切り捨てますので。エンヴィーロゼッタを身に付けたメイナちゃんの姿を想像すると…ふひひ…!あぁ…なんて可愛らしいんだ…!」
「おめぇは相変わらず気持ち悪いな…。宝石なんざ付けても大して変わらねぇだろ」
「やれやれ、これだから蛮族は…。勿論メイナちゃんは宝石を身に付けていなくても、この世で一番可愛いことに変わりありません。ですがッ!!可愛いモノを身に付けて嬉しそうな顔を見せるメイナちゃんは普段よりもッ!さらにッ!可愛いんですよッ!!!いっそ世界が滅んでしまうくらいにッ!!!!」
「わかったからいちいち叫ぶんじゃねぇ!!」
シンは昂る感情を抑えきれないとでも言いたげに身をよじらせながら、神が舞い降りたかの如く天に向かって両手を高々と振り上げた。そして、はたから見れば気持ち悪さしか感じないポースに対してツッコミを入れるジョー。
一方、イツキは狂ったシンの言葉を聞いてから、真面目な顔をしながら顎に手を当てて考え込んでいた。
「ふむ……俺も特殊な効果を持つ装備以外の装飾品を身に付ける意味はわからないが、シンの言葉にも一理ある。輝きは心から滲み出る、と以前レナエルが言っていた。恐らくアイドルという存在の尊さは、言うなれば様々な面での向上心から生まれるものだろう。それは外見の美しさにおいても例外ではないはずだ」
「あーはいはい。オレが女心のわからない男だってのは十分わかったからよ。いい加減その気持ち悪さはダンジョンの中では隠しておいてくれよ」
「………鎧の内側に天使ちゃんたちのサインを描いてもらっているあなたも大概ですよ」
ジョーが多勢に無勢とばかりに手を上げて降参しながら呆れたリアクションを取ったのに対し、シンがボソッと不意打ちを差し込んだ。
一転攻勢の構え。散々言われ続けているからか、痛い所を突くことに関してはお手の物だ。
そして、それを聞いた途端、ジョーが血相を変えてシンの方を振り返った。
アイドル好きならばサインの一つや二つは隠し持っているものだが、余程知られたくないのか必死になってにやけ顔のエルフを追いかけはじめる。
「おい!おめぇ、なんで知ってやがる…!?」
「さ、イツキ、この阿保は放っておいて、さっさと行きましょう」
「ああ、夜が更ける前には戻っておきたい」
「シン、待ちやがれ!それを誰から聞いた…?!言いふらしたらタダじゃおかねぇぞ!!」
身軽なシンはひょいひょいとジョーの手を躱しながら、イツキと共に颯爽とダンジョンへと入っていった。
そして、重厚な鎧を纏ったジョーが叫びながらそれを追いかけていく。
騒がしい冒険者たちの声が薄暗い迷宮の中に響き渡り、暗闇が静かに挑戦者たちを飲み込んでいった。
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