第10話 エルネストリアの魔術師(2)

「っと、そういえば、君からの預かり物を一つ返さないとね」


レナエルの工房であれこれと話題に花を咲かせていた時、ふと思い出したようにレナエルがごそごそと棚を漁りはじめた。


「預かり物…?」

「装備に無頓着な君なら忘れていると思ったよ…。ほら、君から調整を頼まれていた第一級品の魔剣イレイースさ。ちょっと工夫を凝らしておいたから、是非とも今回の戦いで使ってみてよ」


レナエルが取り出したのは濡羽色の長剣。それも特殊な魔力を帯びた魔剣だ。

魔剣はその名の通り刀身に魔力が込められている剣を指し、魔法や武技にはない特別な力を発揮することができる。

この魔剣はいつぞやの旅の際にイツキが偶然拾った一品で、そのままだとまともに使うことすらできない暴れ馬だったことから、魔法技師であるレナエルに調整を依頼していたのだ。


「そういえば、そんな剣も持っていたな」

「君は……本当に変わり者だね。並みの冒険者なら自分の武器は何よりも大事なはずだと思うけれど」

「どんな武器でも刺せば敵は死ぬ。それだけだ」


イツキは無表情なまま一種の境地に達した様子で、差し出された魔剣を手に取った。

そんな勇者はおろか冒険者であるかすら疑わしい発言をするイツキに対して、レナエルは少し引き攣った笑みを浮かべる。


「それだけって……君はもう少し欲を出してみたらどうなんだい?貯め込んでいるお金を使えば、武器の一つや二つにならどうとでもなるだろうに…」


「そういうお嬢様は少々羽目を外しすぎのようにも思いますが。昨晩も散々暴れ回っておいででしたし」

「………っ!?パメラ!イツキの前で余計なことは言わないでよ!」


知らぬ間にわずかに開けられていた扉の隙間から、メイド服姿のエルフの女性がじ~っと見てきていた。

真っ青な髪にキリっとした切れ長の目が特徴的なエルフ顔の美人だ。美形が多いエルフに違わず、凛とした顔立ちはため息が出るほどの美しさを放っていた。

パメラと呼ばれた彼女はこの家に仕えるメイドの一人で、水の国を飛び出してきた王女様であるレナエルの世話をしているのだ。

イツキも何度か会ったことがあり、表情は読み取りにくいがとても手際のいい優秀なメイドと記憶している。

パメラは主人から叱られたにも関わらず特に悪びれることなく工房の中に入ってくると、イツキに向かって静かに一礼した。


「イツキ様、レナエルお嬢様がいつもお世話になっております」

「いや、こちらこそレナエルには世話になっている」

「なに堂々と世間話をしてるんだい!?イツキも馴染み過ぎだよ!それに、ボクがいつ工房に入っていいって許可をしたんだい?」


レナエルが半発狂しながらパメラを責め立てるが、当の本人は表情を変えることなく主人の方へ振り返った。そして、形式的に首を垂れると、抑揚のない声でつらつらと言葉を紡ぎはじめる。


「申し訳ございません。ですが、お嬢様から定刻を過ぎて戻らなければ呼びに来いと申し付けられておりましたので。それに、このままでは魔法技師協会の会議に遅れてしまう可能性もありますので、失礼ながら声をかけさせていただきました」

「うっ…そ、それは…」


レナエルは淡々と正当性のある理由を述べるパメラに全く言い返すことができず、納得がいかないとばかりに唸ることしかできなかった。

普段から接しているパメラもレナエル相手ならお手の物なようで、主人が言葉に詰まるのを満足そうに眺めていた。どうやら力関係はパメラの方が上らしい。

そして、パメラはすぐ隣にいるイツキに目を移すと、そちらに絡んでいった。


「お嬢様がイツキ様とそれはもう楽しげに雑談をされていましたので、割って入るタイミングを掴み損ねてしまいまして…。ところで、イツキ様、お嬢様との会話はいかがでしたか?」

「そうだな、レナエルとの会話は刺激になる。俺の知らないことを沢山知っているからな」

「あぁ…もう…穴があったら入りたい気分だよ…」


心底楽しそうな様子でイツキに絡んでいくメイドの姿を見て、レナエルは煤けた表情で嘆いた。

家族同然の者と仲のいい友人が自分の話題で盛り上がっていたら、誰しも穴の一つや二つは掘りたくなるものだ。

だが、パメラはまだまだ止まらない。


「お嬢様、それでイツキ様をデートに―――」

「うわぁぁぁ!!ななな、なに変なことを言ってるんだい!それはここではダメだって!」


さらりと爆弾発言を繰り出すパメラと、顔を真っ赤にして止めに入るレナエル。

そんな両者の攻防に全く気付いていないイツキは、頭に疑問符を浮かべていた。


「ん?他に何か用があるのか?」

「いえ、お嬢様が―――もがもが」

「いやぁ、パメラが変なことを口走ってね、アハハ!今日はもうこれで大丈夫だから、うん。これからダンジョンに行くんだろう?気を付けて行っておいで!」

「……?ああ、また来る」


冷や汗やら恥ずかしさやらで何が何だかよくわからなくなってきているレナエルは、パメラの口を必死に抑えながら強引にイツキを工房から追い出そうとする。

このままイツキが中にいれば、いつどんなタイミングで暴露されるかわかったものではないからだ。

レナエルに急かされたイツキは訳が分からないままその場を立ち去ろうとするが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まった。


「おや…?固まってどうしたんだい?何か忘れ物でもしたのかい?」

「いや、そういうわけじゃない」

「だったら何が―――」


イツキは突然レナエルのそばまで行くと、その額に手を当てた。そして、顔を近付けながらレナエルの表情をじ~っと見つめる。

いつになく真剣なイツキの眼差しが、無防備なレナエルの目に映った。

そして、一瞬の間の後、やっと落ち着きかけていたレナエルの顔が再び耳まで真っ赤に茹で上がる。


「…………ッッッ?!?!」

「ふむ、熱は問題なさそうだな。脈も異常はないが、少し速いか…?」

「な、なっ…!?君は、何を…っ?!」


あまりにも突然の出来事にレナエルは全く呂律が回らず、口をパクパクさせる。

なにが?どうなっている?額に手が……手が??

額に当てられた手の感触が妙に生々しく感じられ、とにかく居ても立っても居られない衝動に駆られる。

それに対して、イツキは全くの無表情なままあっさり手を離した。


「昨晩潰れるまで止めなかった詫びをしようかと考えていたのだが、全く思い付かなくてな…。体調ぐらいは気遣わなくては、と思っただけだ」

「そ、そーゆーのは大丈夫だからっ!!ボクは君よりも年上なんだよ…?!」

「そうだったな、すまない。問題ないならよかった。では、また来る」


イツキはすぐに納得をすると、あっさり引き下がり、そのまま工房から出て行った。

勘がいいのか、はたまた鈍感なだけなのか。

小さな魔術師は未だに掴み切れない元勇者の感性に改めて頭を悩ませることとなった。



☆☆☆



いつきがいなくなってから何事もなかったかのように黙々と作業をするレナエルと、その身の回りの世話をするパメラ。

不自然なほどの静けさが二人の間に流れる。

しばらくしてから、微かに聞こえる程度の小声でパメラがボソッとつぶやく。


「お嬢様、本当にヘタレですね」


レナエルは電流が走ったかのようにビクッと身を震わせると、作業台から顔をあげて無表情なままの己がメイドを睨みつけた。


「う、うるさいな!今日はそーゆー雰囲気じゃなかっただけだよ!次こそは……」

「そう言い始めてもう何回目ですか。ここまで連れ込んでいるんですから、バッと押し倒してしまえばいいんです。責任問題にしてしまえばこちらのものですから。先ほども体調不良を理由にあんなことやこんなことを要求すれば良かったんですよ」


やれやれといった具合にパメラが首を振る。このメイド、普段は無表情な割に大胆な発言をするものだ。

煮え切らない主人を焚き付けるためだったのだが、当のレナエルはその言葉を聞いた途端、怒りやら恥ずかしさやらで顔を火照らせる。


「き、君はなんてはしたないことを言うんだい?!そんなことが出来るわけないだろう!?それにボクらは下心なくアイドルちゃんたちのために集まっているのであって、そーゆーいかがわしいことをするのはどうかと―――」

「はいはい、私が悪うございました。………次は惚れ薬でも仕込んでおかなくてはなりませんね」

「ちょっと、パメラ?!本当にわかってる??」


レナエルが危ない発言を繰り返すメイドを問いただすが、それを聞いたパメラはめずらしくキメ顔をすると、グッと親指を上げてみせた。


「お嬢様、大丈夫です。お嬢様の幸せは私が掴み取ってみせます」

「だから違うって〜〜!」


小人族レプラカーンの王女の悲痛な叫びが響き渡った。

彼女が仄かに抱いている恋心が鈍感な元勇者に伝わるのはいつになることやら。

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