第7話 アイドルの卵(1)

幕が上がった酒場の小さな舞台、その中心に可愛らしい獣耳を生やした小柄な少女が経っていた。

身に纏っているのは酒場の店員らしさが見えるウエイトレス風の衣装。

白と桃色のフリル、そして、そこにメリハリをつける黒のラインが入った、可憐さと華麗さが見事に融合したデザインだ。

溌剌そうな雰囲気がにじみ出ているライトブラウンの髪色とも上手くマッチしており、まさにアイドルと呼ぶに相応しい出で立ちだろう。


「あ、あの!ほ、本日は来ていただきありがとうごさいます!精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」


亜人の少女はガチガチに緊張した面持ちで、マイクを手にあたふたと挨拶をする。年端もいかない少女にしてみれば、全く知らない大人たちに囲まれているのだ。緊張しない、なんてことはあり得ないだろう。


「嬢ちゃん、名前はー?」「頑張れ〜!」「緊張しないで、リラックスリラックス」


だが、そんな新人の姿を観客たちは温かく迎え入れ、ちらほらと励ますように応援する声が飛び交いはじめる。この酒場によく来る常連たちにとっては頻繁に見かける光景であり、ここにいる誰もが彼女たち“アイドルの卵”を目当てに来ているのだ。


「あ、はい…!ホノカといいます。最近働き始めたばっかりですけど、皆様を楽しませられるよう気合を入れて歌います!」


そう言うと、ホノカは深呼吸をして静かに目を閉じた。

それに合わせて舞台付近の明かりが消え、場に静寂が訪れる。今は彼女がこの舞台の主役なのだ。


『――――――――――――』


軽やかな伴奏が流れ、それに合わせて少女が軽やかに歌いはじめる。

ステップしたくなるほど爽やかなギターポップの曲調。そして、柔らかいピアノが寄り添うように絡み合いっていく。優しさの中に激しさが、清涼感の中に疾走感があり、ノリやすいけれど心の奥にまで響く、そんな曲だ。

イツキはこの曲に聴き覚えがあった。ニフティーメルの代表曲の一つで、街中の路上でも歌っている人がいるほど、この街では馴染み深い曲だ。


この街において、『アイドル=ニフティーメル』と言ってしまっても差し支えないほど、あの四人組の少女たちの影響力は絶大であり、多くの少年少女たちに夢を与えている。いま舞台で歌い踊っている少女も、その一人なのだろう。

そんなステージ上で踊るホノカも最初はぎこちなかったが、少しずつ緊張がほぐれ、ちらほら笑顔が見えるようになってきた。可愛らしい炎の魔法もふわふわと宙を舞い、リズムに合わせて楽しげに左右に揺れていた。

あらゆるパフォーマンスが高レベルにまとまっているニフティーメルに比べれば技術的には大したことないライブだが、それでも確かに光るモノがあるのだ。

着実に場を温めつつ、ステージの真ん中に立つホノカ自身が誰よりも歌い踊ることを楽しんでいた。その表情は媚びを売るような笑顔ではなく、心の底から自分の可能性を解き放っている時の真剣な笑みだ。


「やはり、いいものだな」

イツキは誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように静かにつぶやく。

この会場全体が熱気に包まれていく雰囲気は何度味わっても飽きることがない。そして、それを巻き起こしている台風の目が輝きに満ちた少女である、ということもまた素晴らしいのだ。


だが、ライブも中盤に差し掛かったところで、ある事件が起きた。

舞台近くに陣取っていた数人の冒険者が椅子を蹴り上げて立ち上がったのだ。そして、乱暴にテーブルをなぎ倒し、ガラスが砕け散るけたたましい音が響き渡る。

和やかな雰囲気だった酒場に一気に緊張が走った。


「あーあー聴いてられっかよ、こんな乳臭いガキの歌なんかよぉ…!もっと色っぽい姉ちゃんでも連れてこいってんだ」

「あ、あの、その…わたし……」


ひょろっと背の高い男がわざと声を張り上げ、ステージ上のホノカを煽るように文句をたれる。

集団のリーダー格なのだろう。それなりに良い装備を見せびらかすように身に付け、意図的に威圧するような言動をしている。

ここは酒場なのだから悪質な輩も決して少なくない。こうした時は毅然な態度で対応しなければならないのだが、まだ不慣れなホノカはただ俯くことしかできなかった。

酒場を包んでいた熱気もサーっと波が引いていき、魔法道具マジックアイテムによって自動的に動いている楽器の音が空しく響き渡る。

言ったもん勝ちだとばかりに、ひょろ長い冒険者がステージに近付きながら立て続けにけしかけていく。


「なぁ、他にもっと美人な姉ちゃん沢山いるだろぉ?こんなちゃちな音楽遊びなんてしてないでよぉ、もっとパァーっと騒げないわけ?」

「それは…その、できません…」

「おいおいおい、オレたちを誰だと―――」


その時、冒険者とホノカの間に割り込む影があった。イツキだ。

誰もがあっけに取られている間に即座に席を立ち、ステージに近付いていく男を遮るように立ち塞がったのだ。


「あぁ…?なんだぁ?文句でもあんのか?」

「静かにしてくれ」


イツキは男へ向けて威圧するように静かに呟いた。

だが、片やボロボロの貧弱そうな鎧を身に付けた地味な冒険者に対して、ひょろ長の男は見栄えのいい中級者装備だ。得物も小さな短剣しか持っておらず、誰がどう見ても無謀な試みでしかない。

ひょろ長の男は割り込んできたイツキを見て怪訝そうに眉をひそめると、雑魚が突っかかってきたとばかりに睨みつけた。


「はぁ…?何言ってんだ?」

「静かにしてくれ、そう言ったんだ。二度も言わせるな」

「てめぇ…!オレたちに楯突こうってのか?調子に乗るんじゃねぇぞ!」

「調子に乗っているわけじゃない。俺は、彼女たちの邪魔になる、そう言っているだけだ」

「ハッ、アイドルだなんだとか言いやがるらしいが、結局は可愛さ振りまいて男に媚びを売る仕事だろうが!」

「―――取り消せ、その言葉」


男の言葉を聞くとイツキは語気を強め、腰に差していた短剣に手をかけた。

間合いは十分。一気に踏み込めば反応される前にカタを付けられるだろう。

だが、次の瞬間、視界の外からイツキの頭を掠めるように鋭い一閃が振るわれた。


「―――――――――…ッ!」

「おおっと、雑魚は引っ込んでな」


ひょろ長の男の脇に立っていた巨漢が背負っていた槍を振り払ったのだ。短い動作で距離を縮め、即座に薙ぎ払うという早業だ。

そして、その槍はただの槍ではなく、魔力を帯びて光を放っていた。


「なるほど、武技スキル持ちか…」


イツキは橙色に輝く槍を見て、冷静に敵の力量を見極めた。

武技スキルとは、少量の魔力によって放つことができる技を指す。詠唱のある魔法に比べてコスパも良く、武器を使って放つことで隙も少ないため、出し惜しみをする必要がない優秀な技だ。

だが、誰もがホイホイと扱えるモノではなく、特定の武器について相当量の鍛錬・戦闘経験を積まなければ習得できない。

つまり、武技スキルを使える者はその扱っている武器を一定以上極めているということを意味する。


「兄貴は生粋の冒険者だ。魔王軍と戦ったこともある本物の英雄なんだぜぇ?てめぇみたいな弱っちい野郎が相手になるわけねぇだろうが!」

「………そうか」

「おう、なんだ、もうビビったのか?口ほどにもねぇ野郎だ」

「何を勘違いして―――」

「あ、あの…っ!わたしの歌がお気に召さなかったのなら申し訳ありません…!で、でも、せっかく聴きに来ていただいているお客様には手を出さないでもらえませんか…っ?」


ホノカが一触即発の雰囲気にも臆さず、手を大きく広げて両者の間に割り込んでいった。

だが、余程無理をしているのか手足は震え、息遣いも荒くなっている。これでは立っているのもやっとだろう。

そんなホノカの姿に、イツキは構えていた短剣を下げ、静かにその動向を見守った。


「ここは……ここは!わたしたちの舞台です…!」


ホノカが凛とした表情で言い切った。

武器を持った冒険者の前で無防備な姿を晒すことは危険極まりなく、心の中は恐怖が渦巻いていることだろう。

けれど、小さな亜人の少女は言ってのけた。彼女の大切な舞台を守るために。

だが、槍を持った巨漢の男は不快そうに顔を歪めると、ホノカの制止を振り切って押しのけるように走り出す。


「うるせぇ!どいてろ、ガキが!」

「きゃっ………っ!!」


突き飛ばされたホノカが近くのテーブルにぶつかって地面に倒れこむ。

そして、槍を構えた巨漢の男は躊躇することなく真っ直ぐにイツキ目掛けて突進していった。

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