第4話 酒場にて(2)

オタク、それは悲しい生き物。

己が好きなモノを語り始めたら止まることすらできず、気の合う同志とは肩を組んで日夜騒ぎ合い、合わない相手とは顔を突き合わせ、取るに足らない相違についてあてもなく討論をする。

場所と時間さえ与えられれば誰が話し始めるでもなく、獲物を食らう猛獣のように己の欲求に従って心の内に秘めていた熱い感情を貪っていくのだ。

けれど、放っておけば永遠に続くであろう語り合いも、本来ならば家に帰りを待つ者がいたり、家までの交通手段といった時間的束縛がある。

だが、悲しいかな、ここに集っている男三人に待ち人などいるはずもなく、この異世界に終電などという概念は存在しない。

つまり何が言いたいかというと、終わりの見えない語らいがあてもなく繰り広げられているのだ。


「俺の世界では“絶対領域”という秘境があるという噂を聞いたことがある」

「絶対…領域…!?それは如何なるものなんですかッ?」

「たしかボトムスとニーソックスの間に生まれる空間を指していたはずだ。ほどよい肉質と見えそうで見えない焦燥感を味わえるという」

「そ、そんなところに着目するとは…!イツキ、あなたの世界の人々は相当イってますね…!」

「そうかぁ…?オレもそれの良さは十二分に知っていたけどな。アイドルは皆しなやかに鍛えていて、見ているだけで目の保養になるしな」

「最低ですね」「ああ、アイドルをいかがわしい目で見るのはいただけない」

「おい、おめぇら今そういう話をしていただろうが!!」


夜も更け、周囲にたむろっていた人々がちらほらと帰りはじめている中、独り身の男三人組はどうでもいい話題に花を咲かせ、未だに興奮の渦から抜け出せずにいた。

酒場に残っているのは可哀想な男共だけ、と思いきや、小さな影がひょこひょことイツキたちの元へとやってくる。


「やぁ、やぁ、諸君!相変わらずむさ苦しい空間で浮かない顔をしているね!可哀想なのでボクが混ざってあげようじゃないか!あ、酒代はそっち持ちでよろしくぅ!」


大量の酒をなみなみと注いだ木製のジョッキを片手に持ち、通りの良いかん高い声と共に少女がドカッとイツキの隣へもたれかかるように腰かけてくる。

そう、それは少女だった。

背丈はヒューマンの中で小柄なイツキよりもさらに二回りほど小さく、透き通る空色のショートヘアが小動物っぽさを醸し出している。

サイズ感の合っていない服装と遠慮のない仕草にはいささか違和感を覚えるが、柔らかそうな二の腕や屈託のない笑顔は誰がどう見ても可愛らしい子供そのものだ。酒気を帯びて真っ赤になった頬と、とろんと潤んでいる目を除いて、だが。


「んだよ、レディじゃねぇか…。酒ぐらい自分の金で飲め」

「面倒な酔っ払いが増えただけだな」

「おいおい君たち、ボクに対して随分と冷たい態度を取るじゃないか!これでもイツキよりは年上なんだから、少しは大人の女性の扱い方を学んできたらどうだい?」


ジョーとイツキが素っ気なくあしらうと、レディと呼ばれた少女は頬をぷくぅっと膨らませて不満げに手元の酒をガツガツと飲みはじめた。

何も知らない人が見かけたら思わず止めてしまいたくなるが、彼女は小人族レプラカーンであり、見た目と同様に年齢が幼いわけではない。

小人族はその名の通り小柄な種族を指しており、エルフほどではないが、少し尖った耳が特徴的な人々だ。彼女の場合、正確にはヒューマンと小人族のハーフだが、小人族の血が色濃く出たようで、パッと見だと幼い子供としか映らないだろう。


「大人の女性…???どこにいるってんだ?」

「おい、筋肉ダルマ。つぎ馬鹿にしたら、ボク特製の魔力爆弾マジックボムで君のギルドハウス粉々にしてくるよ?」

「それはマジで勘弁してくれ!!」


少女が据わった目をして脅し文句を口にすると、ジョーはさすがに洒落にならないと手を挙げて降参した。

過去に自宅を爆破された経験があるジョーにとって、それは冗談では済まないジョークなのだ。

そして、筋肉だけが取り柄の巨漢は助けてくれと言わんばかりにイツキへ目線を送った。


「…………なんだ?」

「なんだ、って……いや、察しろよ!」

「察する…?何をだ?」

「このままだとオレの家が爆破されるんだぞッ!?」

「そうか……それは災難だな」

「もうダメだ……助けてくれぇ……」


助け舟を出すどころか泥船に乗せてくる友人に、ジョーは嘆きながらテーブルに突っ伏した。哀れな筋肉だ。

当のイツキはというと、ジョーに何を求められているか全く分からないまま、やってきた小人族の少女に話しかけていた。


「レナエル、最近は工房に籠っていると聞いていたが、もう大丈夫なのか?」

「よ、酔いが醒めるから、名前で呼ぶのはよしてくれないかい…?」

「………?なぜだ?お前の名前は“レナエル”であっているだろう」

「うぅ…。誰かこの朴念仁に羞恥心というものを教えてあげてくれたまえよ…」


レディ、もといレナエルはどことなく頬を赤らめて、無神経なイツキの言葉に小声でぶつくさと文句を言った。

この一風変わった小人族の少女はこの世界のアイドル界隈で知る人ぞ知る有名人であり、この場にいることからもわかる通り無類のアイドル狂いでもある。事あるごとに多種多様なアイドル現場に出没し、全力で騒ぎ倒して帰っていく姿から、敬意をもって“レディ”と呼ばれるようになった逸材だ。


勿論それぐらいならば他にいてもおかしくはないが、彼女にはファンだけでなくアイドルたちからも敬意を払われる理由があった。

それは、この小人族の少女がただのアイドルのファンというだけでなく、舞台に立つアイドルたちに魔法道具マジックアイテムを提供している生粋の天才魔法技師なのだ。

この世界ではまだ新興文化であるアイドルは決して採算の良い事業でもなければ、テレビ中継などという売り込みに便利な場もない。そんなアイドルたちが満足にパフォーマンスできているのは、レナエルが無償で魔法道具を提供しているからなのだ。


「…ぉほん!ま、まあ天才のボクにかかれば、新しい魔法道具だってちょちょいのちょいだよ、うん!」

「本当は?」

「ははっ…あまりにもしんどくてアイドルちゃんを見に来ました…」


レナエルは虚ろな目で何もない空中を眺め、工房に置いてきた作りかけの魔法道具へと思いを馳せていた。

あまりにも限界を超えたレナエルの表情に、イツキも思わず言葉が出なくなる。

イツキは魔法道具作成の心得が全くないのでピンとは来ないが、ちょっとしたモノを一つ作るだけでも気が遠くなるような労力がかかることは知っているため、無責任においそれと気休めになる言葉をかけるわけにもいかないのだ。

すると、レナエルがガバっとイツキの服の裾をつかみ、目に涙を浮かべながらすがりついてきた。


「イツキぃ…!ボクはもうダメだぁ…!帰ったらまた工房に缶詰めになって地獄のような回路調整作業をしなきゃいけないなんて、そんなの耐えられないよ…!」

「だが、やると決めたのはお前だろう?」

「君ぃ…こういう時は肩でも抱いて『俺がやっておいてやる』とか『素材は全部揃えてきた』とか『この回路図の出来栄え、最高だな』とか、そーいう気の利いたことが言えないのかい?」

「しかし、素材は明日届ける予定なうえに、もしも誰かが勝手に作業を進めていたらお前は激怒するだろう?」

「そりゃそうだよ!ボクとアイドルちゃんたちとの間に誰かの手が入るなんて言語道断だね!あぁ…今日も新作の空気靴エアシューズを履いてくれていて、ボクはもう天にも昇る気持ちになれたんだ…!見たかい?あの舐めたくなるような脚線美を!…ぉっと、思い出してたらよだれ出てきちゃったよ…」

「情緒不安定だな」

「……ボクも自覚しているから、今日ばかりは静かに付き合ってくれたまえよ…」


レナエルはイツキから目線をそらすと、火照りはじめた頬を誤魔化すようにジョッキに注がれた酒をグイグイと飲んでいく。

もう気心の知れた仲であるため、こんな恥の見せ合いも煽り合いも日常茶飯事なのだ。

だが、そんな時、レナエルの向かいに座っているエルフに異変が起きていた。


「はぁー…っ、はぁー…っ、はぁー…っ!」

「おい、シン、どうした?顔が赤くなったり青くなったりしているぞ」

「いえ、すみません…お酒が入っていると発作が抑えられなくて」

「発作…?何か持病でもあったのか?」

「いえ、少し外見が幼い人を見ていると気が動転してしまうのです」

「レディに興奮できるなんて、とんだロリコンだな」

「私はロリコンじゃないッ!!!」


シンはいきなり立ち上がると、ジョーの一言に声を張り上げて抗議する。

普段から恥ずかしい服装をして街中を闊歩している男が何を今さら気にすることがあるのか、と周囲が冷ややかな目線を送るが、シンにはどうにも譲れないことがあるらしく、機関銃のように早口で言い訳をまくし立てはじめた。


「エルフは長命な種族であり、婚姻を控えた女性も他種族に比べたら幼い外見の人が多いわけで、エルフの男性はすこ~しだけ容姿が子供っぽい方に惹かれてしまう傾向があるんですよ、ええ、それはもう種族としてしょうがないわけで、だから私は決して幼女が好きなわけでは―――」

「え~、ロリコンは病気だよ~。ボクがお注射してあげるね!」

「うっ…そ、それはそれで心躍るものが…」

「ほら、やっぱりロリコンだね」「弁明の余地なしだな」「おめぇのことは忘れねぇよ…」

「ち、違うんです!これは罠ですよ!私はそんな―――」

「シン、言えば言うほど、図星だということがわかってくるものだ。潔く諦めろ」


肩に手を置いたイツキの一言でとどめを刺されたシンは、力尽きるようにがっくりとうなだれた。嗚呼、このエルフの青年に幸あれ。

シンを陥れて興が乗ったのか、レナエルは飛び跳ねるように立ち上がると、ジョッキに入ったポーションビールを一気に飲んでみせた。


「よっしゃ~!!君たち!今日はとことん飲むから覚悟しておいてくれよ!そこのおねーさん、この店にあるお酒全部持ってきて!!!」

「お、いいぜ。付き合ってやろうじゃねぇか」

「私はロリコンじゃない…ロリコンじゃないんだ…」

「俺は適度に飲んだら寝させてもらう」


浴びるように酒を飲む幼女、それに付き合う筋骨隆々で強面の男、可笑しな格好でうわ言をつぶやきながら打ちひしがれるエルフの青年、そして、空気を読まずに寝る宣言をする不愛想なヒューマン。

凸凹で愉快な四人組の飲み会は夜明け近くまで続き、レナエルが力尽きたところでようやくお開きとなった。

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