第3話 酒場にて(1)

「かぁぁ〜っ!最高だったな!相変わらずの完成度の高さに見惚れちまうぜ」

「当然だ。あれこそが至高のライブというものだからな。やはり、ニフティーメルが世界一だ」

「なんでおめぇがドヤ顔してんだ。好き勝手にオレの頭ドつきやがって」


ライブを終えたイツキとジョーは酒を片手に、酒場でしみじみとその余韻に浸っていた。

劇場近くの酒場ということもあり、周囲はイツキたちと同じくニフティーメルのライブ終わりの人々でごった返している。そして、その誰もが熱気に溢れ、時には怒号を交えながら、目の前で繰り広げられた至高のエンターテインメントについて語り合っていた。

イツキたちにとっては恒例となったこの光景もまた、ニフティーメルのライブの魅力である。

彼女たちの笑顔は見ている観客たちを魅了するが、それ以上に活力を与えてくれる。そして、生まれたエネルギーが伝播するように人々の熱い気持ちを駆り立て、誰かと分かち合いたくさせるのだ。良くも悪くも、それがアイドルという存在なのだろう。

そんな風にイツキが酒場の光景を眺めていると、こちらに近付いてくる人影があった。


「おや、聞き慣れた声がすると思っていたら、やはりお二人でしたか」


現れたのは金髪碧眼の美男子。少しとんがった耳が特徴的なエルフであり、肩まで伸びた山吹色の髪を颯爽となびかせ、細身でしなやかな身のこなしでイツキたちのテーブルまでやってくる。

切れ長の目と整った顔立ちはすれ違えば十人が十人振り返るほどであり、世の女性が求める要素をこれでもかと詰め込んでいるような存在だ。

腰に差している不格好な長剣すらも様になっており、美形が多いエルフの中でも際立った格好良さを放っている。


「お?なんだシンじゃねぇか!やっぱりおめぇも来てたか!」

「当然です。愛しのメイナちゃんに会うためですから」


シン、そう呼ばれたエルフの剣士はにこやかな笑みを浮かべながら、ジョーのすぐ隣に腰かける。それまでは不愛想で特徴のないヒューマンと、筋骨隆々で強面の筋肉しかいなかったが、美形なエルフが座ったことで途端に画面が華やかになった。

と、普通ならそうなるのだが、このエルフは一味違った。問題はその服装だ。

まず目を引くのが、薄手のシャツにでかでかと描かれている『I LOVE メイナ』の文字。

以前イツキが「俺の世界ではこうしていた(意訳)」と伝えたところ、この変わり者のエルフは嬉々として全ての服にこの文字を入れたのである。

そして、その他の服についてもイツキの朧げな記憶の中にある要素をあれこれと詰め込んだ結果、『オタクの服装、エルフの伝統と異世界の技術を添えて』という風な何ともヘンテコな見た目になってしまったのだ。


「これでいつものメンバーが揃ったな」

「イツキ、おめぇもこの可笑しな服について何か言ってやれよ…。どう考えても浮いてるだろ…」

「これは私からのメイナちゃんへの愛は無限、ということです」

「いや、なに言ってるか意味わからねぇんだが…」

「ジョーはまだまだ鍛錬が足りませんね。愛を極めれば、たとえ白い目で見られようと何とも思いませんから」

「いや、オレもそこまでなるつもりはねぇな…」


イツキ、ジョー、そして、シン。

腐れ縁なのか何なのか、アイドル現場に来るといつもこの三人で集まることになる。

愛想が悪く、初対面では避けられることが多いイツキにとって、気さくに話すことができる数少ない友人であり、そして、この冴えないヒューマンが伝説の勇者であることを知っている者でもある。


「そういや、おめぇらはなんで推しのことを"ちゃん付け"で呼ぶんだ?オレからすると、少しこそばゆい気分になるんだが…」

「阿呆だな」「ええ、全くです」

「アホにアホと言われる筋合いはねぇ!!」


当たり前だとでも言いたげなイツキとシンに対して、思わずジョーが抗議の声を上げる。

だが、このオタクたちにいわゆる常識と呼ばれるものが通用しないことをジョーは失念していた。

そして、イツキは酒に酔った勢いそのままにテーブルへ拳を叩きつけ、それを軽く破壊しながら持論を展開させる。


「まず、他の呼び方というと、呼び捨てが考えられる。呼び捨て、だと?言語道断だ!!『お前は彼女の恋人か何かなのか?』そう思わざるを得ないだろう」

「いや、そいつはいくらなんでも―――」

「イツキの言う通りですよ!アイドルたちは儚くも美しい花。そう、それはまさに天使!そんな高嶺の花を呼び捨てにする??彼女たちの下僕たる我々がそんな差し出がましいことをしていいわけがありません!」

「そうだ…この馬鹿はイツキよりも達が悪かった…」


ジョーが思わず頭を抱える。

この顔だけは周囲に誇れるエルフは見た目だけでも色々とヤバいのに、それが可愛く思えるほど中身の方が常軌を逸しているのだ。いや、この性格だからこそ、平気な顔でこんな可笑しな服装をしていられるのだろう。

そして、そこに価値観がどこかズレているイツキが加わると、およそ誰にも止められないアイドルオタクという名の大馬鹿コンビが誕生するのだ。


「俺は下僕ではないが、シンの言うことにも一理ある。アイドルのファンなら、それ相応の節度を持って接するべきだということだ」

「そうですよ!むしろ、私は呼び捨てにされて足蹴にされて汚く罵られたいですね!!そうですよね、イツキ!!!」

「いや、それは全くわからん」

「そ、そんなぁ…!」

「あぁ…もう…なんでもいいから静かにしてくれねぇか?」


マイペースなイツキと、同志だと思っていた者に突然はしごを外されて愕然とするシン。

飲み会恒例の光景とはいえ、果たしてこの二人が静かに酒を交わせる時が来るのだろうか、と少し遠い目になるジョーだった。


「にしても、少し前までは“アイドル”なんていう存在の演奏を見て、こうして酒場で騒げるなんて思いもしなかったぜ」

「当然だ。俺たちは戦争をしていたのだからな」


しみじみとしたジョーの言葉に、イツキが静かに応える。

“魔界大戦”。のちにそう呼ばれる戦争が終結してから、わずか三年。

隣接する異空間である“魔界”からの宣戦布告によって始まったこの戦いは、十年にも及ぶ果てのない戦いだった。

数え切れないほどの人々が死に、魔族の支配を受けた国々もあったと言う。

やがて、異世界から転生してきた勇者によって魔王が討伐されたことで長きにわたった戦いは終わりを告げ、世界は急速に平和へと歩を進めることとなった。

だが、勇者であるイツキは言わずもがな、ジョーやシンも戦士として戦いに加わっていたこともあり、未だに戦いの渦中にいた時のことを思い出してしまうのだ。


「そういえば風のうわさで聞きましたが、魔王軍の残党が動いているみたいですね。この周辺でもそれらしい姿を見かけたという情報がありますし、近々また戦いがあるとかないとか」

「残党っつっても大した規模じゃねぇんだろ?何か起きるとダンジョンも封鎖されちまうから、近場では勘弁してほしいぜ…」

「そうか、ダンジョンに行けなくなると資金繰りが厳しくなるのか…。ギルドの運営も大変だな」


ジョーは筋肉だけが取り柄のように見えるが、これでも冒険者たちの集団である“ギルド”の団長を務めているのだ。頭脳派の筋肉である。

ギルドは大抵10~20人程度の冒険者で構成され、主にダンジョンの探索や魔物の討伐をして生計を立てているのだが、最近はそう簡単に立ち行かなくなってきている。

というのも、戦争が終わったことで傭兵崩れの冒険者が急増したことで、これまで主流だった『依頼をこなして報酬を貰う』形式ではまともに稼げなくなってきているからだ。

そのため、今ではダンジョンに赴いて拾得品ドロップアイテムを売りさばくのが冒険者稼業の本業になりつつある。

つまり、いまダンジョンに入れなくなってしまうと、ギルドの収入減が断たれることになるのだ。


「やっと平和だ、ってなったのによ。まだ戦いが続くなんて考えたくもねぇな…」

「戦争はそう簡単に終わりはしない。俺が元いた世界でもそうだったからな。だが、いずれ必ず平和がやってくる」

「戦とは得てしてそういうものです。誰もが戦いに心を囚われ、浅ましい憎悪に身を焦がしてしまう」

「そうか…おめぇらも色々と感じてるんだな…。少しは見直し―――」

「だからこそ、世界中の誰もがアイドルを見るべきなのだ」「ええ、その通りです!」

「見直そうと思ったオレが馬鹿だった!!」


今日一番のジョーの悲痛な叫びが酒場の中に空しく響き渡った。

アイドルたちの熱に浮かされたオタクたちの夜はまだまだ終わらない。

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