第2話 元勇者(2)
暗転。
劇場の照明という照明が消え、暗闇がゆっくりと部屋全体を包み込むように広がっていった。
その途端、あれだけ騒がしかった人々のざわめきがスッと消え去り、静寂だけが空間を支配する。
酒を片手に騒いでいたドワーフたちも、優雅に雑談をしていたエルフたちも、笑顔を振りまいていた売り子たちでさえ、息をひそめてまっすぐに劇場の中央―――誰もいない舞台を見ていた。
一瞬の静けさの後、暗闇を切り裂くように、天から舞台のど真ん中に向けて一筋の光が差し込む。
そして、その光の中を舞い踊るように一人の天使、いや、天使と見紛うほど美しい少女が降りてきた。
白と赤を基調とした艶やかな衣装をはためかせ、快活そうな印象を垣間見せる明るい茶髪を横に結び、ゆっくりと舞台の真ん中へ向けて舞い降りる。
ただ空から降りてくるだけ。
それだけで、この場にいる誰も彼もをその美しさと可愛らしさで見惚れさせた。
それほど彼女が放つオーラが圧倒的であり、まるで御伽噺の中から現れたお姫様であるかのように全ての動作が美しいのだ。
やがて、少女は優雅に舞台へと降り立つと、観客たちへ静かに一礼した。
『皆様、本日は私たちニフティーメルの
その瞬間、劇場の天井、その三辺の隅から三人の少女が飛び出した。
青、黄、緑の鮮やかな光の雨を振りまきながら、観客の頭上を自由自在に飛び回る。次々に氷の花が咲き乱れ、雷の花火が打ち上がり、風の渦が優雅にダンスを踊る。
そして、あっという間に色とりどりの魔法が真っ暗な劇場を煌びやかに、華やかに染め上げていった。
『―――――――――――――――――ッッッ!!!』
つんざくような歓声が巻き起こった。
それまで沈黙を保っていた観客たちが、舞い踊る少女たちへ向けて一斉に声を上げる。
中にはいきなり泣き崩れる者もいれば、腕組みをして意味深にうなずく者もいる。そこには種族も性別も関係なく、それぞれが思い思いに自分の感情を露わにしていた。
「待ってましたぁぁぁぁあああ!!!」
「ティルザ様ーッ!今日も惚れ惚れするほど美しいですッ!!」
「ノエルちゃん、こっち向いて!ジト目で見下して!可愛い!!!」
「今夜もかっこいいダンス期待してるぞ!!」
彼女たち“ニフティーメル”はこの世界の“アイドル”だ。
優雅に空を舞い、巧みに
まだライブ前の前座とは思えないほどド派手な魔法が打ち上がり、イツキたちの目の前を巨大な炎の鳥が悠然と飛び立っていく。
「おぉ~、こいつぁすげえ!惚れ惚れするほど見事な魔力操作だな」
「同感だな。これがないとニフティーメルのライブにきた実感が湧かない」
イツキとジョーの二人が感心し切った様子で舞台上のアイドルたちを褒めちぎる。
それもそのはずだ。この決して広くはない劇場内で、舞台にいる四人が全力で魔法を放っているにも関わらず、魔法同士の衝突はおろか暴発すら起きていない。さらに、組み合わさった魔法たちが鮮やかな紋様を描き、観客たちを誘うように盛り立てている。
圧巻。まさに芸術の領域に達している芸当なのだ。
いくら魔力を注ぐだけで魔法を放つ魔法道具を使っているとはいえ、あれだけの数の道具を巧みに操るには相当の鍛錬が必要となるはずだ。さらに、それを滑空しながらこなしているのだから、およそ常人には真似できない。
そして、なにより、彼女たちが誰よりも楽しく、誰よりも情熱に溢れていた。
遠目から見ても感じられるその熱気がより一層観客たちを盛り立て、会場全体をニフティーメル一色に染め上げていくのだ。
「そういや、今日は叫ばねぇのか?いつもなら飛び上がって喜んでるだろ」
「馬鹿馬鹿しい。俺は周りに迷惑をかけるような行為はしない」
「そうだったか?おめぇ前のライブで飛び跳ねてた気がするんだが…」
「俺は必要な時にしかコールをしない。それがマナーというもの―――」
『それじゃあ、一曲目いっくよ~!サイレント・シグナル!!』
「ああああああああああああ、最高だぁぁぁぁああああああ!!!!アンネちゃぁぁぁあああああん!!!」
「オレを殴るんじゃねぇぇぇぇええええ!!!」
かつて勇者と呼ばれた不愛想な男―――イツキは推し曲が流れ始めた途端、隣に立つジョーの頭を殴りつけながら、ステージ上にいるアイドルに向けて叫んだ。
その目は爛々と輝き、心の底から躍動していた。そこには恥も外聞もなく、ただ自分の好きなモノに熱中し、全てを曝け出す男の姿があった。
さて、勇者は平和な世界で何をしているのか。
王国を作り上げた?より高みを目指して修行の旅をした?救い出したどこぞの姫と結婚した?―――否。全て違う。
この男、異世界に転生し、魔王を打ち破った勇者―――いや、“元勇者”はこの異世界の地でアイドルを追いかけるドルオタになっていた。
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