研究所の死闘
「怨寺(おんじ)博士、大変です!」
暗い研究所の中、白衣を着た若い男が走り込んできた。
「どうした、今は忙しい時じゃと言うのに。」
「それが、この研究所に侵入者が現れました!しかも、数十人に消音機付きの銃を撃たせているのですが、まるで当たりません!!」
怨寺博士と呼ばれた男が、スイッチを取ると、侵入者と思われる二人と、研究所の護衛達が戦闘を繰り広げている映像が流れる……いや、それを戦闘と呼ぶなのだろうか?
なにせそれは、その二人に浴びせられる銃弾は、彼らの歩みになんの遅延も及ぼすことは出来ず、護衛達は、二人に触れられただけで、その場に崩れ落ちるという、そう呼ぶには異様な光景なのだから。
やがて、二人が近付くと、カメラは謎の暗転を起こし、映像はプツリと途切れる。
「間違いない、我々の、いや人類の敵……雷人じゃ。」
「こ、こいつらが!?博士、どうしましょう?」
若い男が頭を抱えて心配そうに歩き回るのを、恩寺博士が手にしていた杖で叩いて黙らせる。
「落ち着け、ここが何のために造られたか知らん訳じゃないじゃろ?それにな、奴らの方から来てくれたんじゃ、良い研究データがとれるかもしれんなあ。」
恩寺博士は、ニヤリと笑うと、手術のような物を施していた男に目を落とす
その男は、今まさに肉体を弄られているにも関わらず、意識がはっきりしているようで博士の方を一瞥すると、歓喜と取れるような唸り声を上げる―
「権ちゃん、この調子だと、すぐ解決しそうだね。」
二人は、護衛の一人から首魁恩寺博士の居場所を聞き出した後、その部屋に向かって駆け出していた。
「いや、まだ油断できないぜ正ちゃん。だいたいおかしいだろ、最初以降、“人を一人も見掛けないなんて”」
そう、二人は最初に遭遇した護衛隊以降、この研究所内に努めているはずの研究者の姿も、他にもいるであろう護衛の姿も見ていないのだ。
「じゃあ、最初のあれで全員逃げちゃったんじゃないの?」
「それはそれで、任務が達成出来なくて困るんだが、あの程度で逃げるようなちんけな施設を先生が俺ら二人にわざわざ潰させに行くと思うか?」
その言葉に、正一は思案して見せるが、素直に解らないと首を振る。
「どのみち、怨寺とやらがいる部屋に行ってみるしかないか」
二人が、警戒しながらその部屋の内部に侵入した所、がらんとした広い空間が現れる。
「いや、よく来てくれたサンプル共、早速だが実験を始めさせて頂こうか」
上から、壮年の男と思われる声がする。
見上げれば、ガラスによりこちらと遮断された、研究室と思われる機材が大漁に設置された部屋と、そこからこちらを見下げる、杖をついた男と、年若い男の二人がいる。
「杖をついた方、お前が恩寺で間違いないな。そんな所にいないで降りて来い!」
「いかにもそうじゃが、まあ慌てなさんな。隠し扉からこちらに来れるから、ソイツを倒せたなら、探して上がってくると良い」
恩寺がそう言い割るや否や、上から降ってくる3M程の巨大な物体―否、恐らくは鎧のような物を着込んだ人間
相当上から降ってきたというのに、僅かに膝を沈みこませただけで着地し、平然とこちらに歩みを進めてくる。
「……行くぜ正ちゃん、あいつはやべえ、気い付けろ」
「ああ、解ってる」
二人は、一旦お互いから距離を取ると、放電による牽制を行う。
だが、その人間が着ている鎧表面の黄色い何かが、電撃を弾き飛ばしてしまう。
「遠くからの放電は聞かないみたいだね、どうする?」
「引き続き目くらまし代わりに放電を続けてくれ、俺が接近して直接打撃を打ち込んで、電撃を流し込む」
その場で方針を決めると、権が自分の足に電撃を流して、人間ではありえないだろう瞬発力で接近する。
その巨体ゆえか、またそもそも反応が追い付いていないのか、その人間は何の動きも見せなかったが……
ドンッ!
打撃を入れた瞬間、凄まじい速度で“権自身が跳ね返された”。
「権ちゃん!」
正一が呼びかけると、背後から立ち上がる音がする。
「大丈夫、受け身は取った……それより、今の感触、あれは“ゴム”だ。」
「まあ、流石に気づくじゃろうのう」
恩寺は、自分のカラクリが看破されても動揺せず、笑っている。
「そう、これはワシが遺伝子改造したゴムの木から生成した特殊な耐熱性ゴムを使い、柔軟性等を変えたゴムの層を幾重にも重ね、戦車砲の衝撃と熱すら凌ぐ衝撃拡散構造としたものでな、打撃も電撃も通じんよ、まあ、貴様らのような人外どもの打撃と、忌々しい電撃を凌ぐために、100cmもの厚さになってしまったのでな、同じく遺伝子から改造を施した、その化け物にしか着こなせない代物になってしまったがのう。」
「あれが博士の発明品、対雷人戦用鎧(アンチサンダーマンアーマー)……」
若い男が恍惚としたようにつぶやくと、今度はこっちの番だとでもいうかのように、鎧の化け物が拳を振りかぶってくる。
大振りな攻撃だったため、二人とも難なく回避したが、コンクリート製と思われる地面に、大きな陥没が生じる、このままでは、足場の凹凸が酷くなり、段々と回避が困難になっていくだろう。
「防御が完璧であれば、攻撃はおざなりでもいずれは当たるじゃろう?まあ、貴様ら人外どもの持久能力テストを兼ねている点もあるがの。」
そう、その点は確かに博士の言う通りであった。
こちらは当たってしまえば甚大なダメージを避けられないというのに、相手にはかすり傷すら与えられない、例え足場の事が無かったとしても、いずれ権たちのスタミナが尽きる事は明白だろう。
「だが、少しばかり想定より動きが鈍いな、ゴムの軽量化、並びにもっと身体改造の研究を進めた方が良さそうじゃな。」
博士がそんな事を呟く中でも、戦闘は続く。
二人は、勝つために幾つかの試行を重ねる。
関節技を試してみたり、ゴムが薄くなっている部分を探したり、だが、その試みは無為に終わる。
DNA改造を施された男の怪力は凄まじく、それを狙う為に接近するリスクが大きい事が原因だ。
「チイッ!仕方ない、“球電砲”を仕掛ける!正ちゃんは足止めをしてくれ!」
「ほう、何か仕掛けるようじゃのう、どれ、一つ見せて貰うとするか」
博士は、興味深そうに彼らを見つめている。
とはいえ、何をするつもなのかは、権の叫んでいた言葉からある程度推測が出来ていた。
雷が落ちた後等に観測される事が多い、空中を発光体が浮遊する球電現象と呼ばれる物がある。
それは、正体はプラズマの塊であるという説が有力であるが……二人の師、山中深明は、その球電現象を、雷人の発電能力を応用して任意で発生させる事に成功した。
彼の流儀では、これを奥の手として弟子全員が習得しているのだが……山中の事は知らずとも、研究者である怨寺博士は、球電現象について承知しており、プラズマで物理的な破壊を狙うのだろう、という推測を立てていた。
だが、仮にも100cm程の厚さのゴムだ、それを貫くことはまず不可能であり、いかに強力なプラズマであれ受け切れるだろう、寧ろ雷人が出せる最大火力をデータに収め、今後の研究に生かさねばなるまい、そう結論付けたのである。
「ハアッ……」
権がその場で足を止め、右手の平に球体状の発光体を出し始める。
鎧の化け物は、それを見て権に対し拳を振りかぶるが……振り下ろされる直前、正一がそれに対して跳び蹴りを放つことで、その勢いは殺される。
だが、正一の身体は、先程の権と同じく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる
「正ちゃん!」
権が声をかけると、正一は笑って答える
「大丈夫、権ちゃんは気にせず準備を続けて!」
その後も、蹴りやハンマーナックルなど、幾つかの攻撃を仕掛けてくる鎧の化け物を相手に、体当たり等を駆使して、相殺し、或いはその攻撃を弾いていく正一
だが、体重差もあり、その体には明らかな疲労とダメージが蓄積していく。
腕は真っ赤に腫れ上がり、後数撃受ければ骨が折れるだろう事は容易に予測が出来た。
苦い表情をかみ殺し、蓄電を続ける権に対し
「後は、任せたよ」
正一は、そう言い残すと、今までで最大量の電撃を放出しながら、鎧の化け物に向かって走りだしていく
「おい、止めろ!」
権の悲痛な叫びも虚しく、正一の足は止まることなく鎧の化け物に向かっていき、化け物も、喜んでいるかのように正一に向かって走り出すが……不意に正一がしゃがみこむ。
その巨体ゆえに正一を視界から逃したらしい化け物は、人間が石に躓くように派手に転倒する。
しかし、それによるダメージは一切ないらしく、手をついて起き上がろうとするのだが-
「ありがとう正ちゃん、このチャンスは逃さねえ。」
その時には、すでに鎧の化け物の顔面に向かって“球電砲”が叩きこまれていた。
全身各部をゴムで覆っていた鎧だが、唯一それが出来なかった場所がある、それは“視界を確保する為の領域”だ
勿論、そこは耐熱・耐衝撃・耐電性のガラスにより覆われており、一定以上の光量を遮断する仕組みにより強力な光による失明を防ぐ機能も備わっていたのだが、それがゴムと同等程度の強度を有していたのであれば、怨寺博士も最初から鎧をこれで作成していただろう。
それでも、腕による防御や、高い場所にあるが故の狙いづらさを考慮し、そこに当てられる心配はない、と踏んでいたのだが、正一により転倒させられた事で、その予測が裏切られた。
バキッバキバキバキッッ
派手な音を立てながら粉々になっていくガラス、中身の遺伝子工学の化け物も、流石にプラズマには耐えられなかったらしく、獣の様な悲鳴を上げると、気絶した。
「ふむ、まさか倒されるとはのう。これはまだ改良の余地がありそうじゃ。」
だが、これを見ても怨寺は焦った様子を見せない。
「なんで落ち着いてられるんだ、次はお前だ!」
権がそう上に向かって叫ぶが……
「まあ、ゆっくり隠し扉を探しなさい、ワシは待っておるから」
恩寺がそういうと、何かのスイッチを押した。
そして、若い男を押しのけて、博士の隣に並ぶ二体の鎧の化け物
「まだ、これと闘う気があるなら、じゃがの。」
「ふむ、これで戦意を失わんのは想定外じゃの、まあ検体を手に入れられるのじゃから、こちらとしては構わないんじゃが。」
一匹目の化け物を倒してからほどなく、隠し扉を発見した権たちは、通路から研究室に向かって接近しつつあった。
「奴らが近くにいると、機械類は全部だめになってしまうから、今までの研究データが飛んでしまうのは惜しいが、重要なデータは別の場所にも保管しているし、生きた雷人二体を手に入れられるのならば釣り合うわい。」
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