nameless hero

牛☆大権現

序章

ある山の奥の地図に載っていない集落、山中深明という男は、所要を終えて帰路についていた。

そして、その過程で段々と、赤子の声が大きく聞こえる様になっていた事に気が付いていた。

最近この辺りで生まれた子供といえば、3件程ある、だが、この激しい雨の中連れまわる意味が無いし、なによりその声は、我が家に近付くほど大きくなるではないか

そして彼は、家の塀の前で、段ボールに入れられて、傘をかぶせられた状態で捨てられている赤子を発見した。

門が閉まっていて、塀で囲まれている為に、中に入り軒下に置く、という選択肢が無かったのだろう。

傘の下を覗き込むと、生後一年くらいだろうか?その位の赤子と、親からのメッセージと思われる紙

それを開くと、次のような内容が書かれている。

「やむを得ない理由でこの子を産みましたが、私達は命を狙われています、きっとこのままではこの子まで、そう思い高名な貴方に託しに来たのです。出来れば、直接お会いしたかったのですが、あまり長居してしまえば、きっとこの子の出自が奴らにバレてしまいます。親不孝な我々ですが、どうかこの子をよろしくお願いします。この子の名前は……」


その先は傘から落ちた水滴で掠れていて、読む事は叶わなかった。


――14年後

山中深明は、あの日の事を思い出していた。

その時の赤子は、現在、彼の門下生の中でも、1,2を争う程の腕前を持つほどに成長していた。

本当の親の付けた名があるのに、別の名を付けるのは忍びない、彼が成長して事実を知り、名を望んだ時に……深明はそう思っていたのだが、彼は事実を知っても、それを望まず、本当の名前を知る為に、両親を探して聞き出します、と宣言されたのだ、それ故に現在でも彼に名前は無い、ただそれでは不便なので、道場の仲間は権、と呼称しているようだ。

その由来が名無しの権兵衛、というのはすぐにわかったので、その時は全員を一喝したのだが、事もあろうに本人が「本当の名前が解るまではそれでいい」と言ってしまったので、それ以上強くいう事が出来ず、その愛称が定着してしまった。

そして、それに匹敵するだけの実力を持つ、同年代の少年、正一と組手を行っていた。

それだけを聞けば、ただの武術道場と思うかもしれない、だが、そうではないのだ

「はあっ!」

名の無い少年―愛称権の掌を上にして握った右拳が、正一の腹に迫る―だが、それをよく見ると、バチバチ、と空中に放電が奔っている。

正一は、腰を捻りかわすと、その腕を取り、関節を極めにかかる。

その最中も、腕は放電を続けているが、正一はまるでそれを気にしていない。

権にとってはそれは既に読んでいた流れだったらしく、極められる直前、肩を抑えにかかっていた左手を、空いていた自分の左手で外して口の前に持ってくると、正一の手首を噛んだ。

正一は痛みで思わず右手を離し、その隙をついてそのまま左手を引き込み、肘を入れる。

今までで最大の放電が起きたかと思うと、正一は痙攣し、その場に倒れ込む。

ここまで見て頂ければこの説明もご理解いただけるだろうか、そう彼らはただの人間では無い、生まれながらに帯電体質を持った、現生人類と限りなく近いが別の進化を遂げた種族・・・・・・通称、雷人なのだ。

彼らがいつからいるのか解らない、だがあちこちに残る雷神伝説が、彼らをモデルに造られたものであるのは明らかだ、と識者は語る。

古くはギリシャ神話のゼウス等……日本神話にも、何種類かの雷神伝説が残っており、それだけ多くの雷人が多く生活していた証なのだといわれている。

彼らはその特殊体質故に、政府によって存在を隠ぺいされている……近代国家において、彼らの存在は危険極まりないからだ。

ハッキングなどしなくとも、大量の電気を電線越しにでも流し込まれれば、精密なコンピューターは動かなくなるし、それを防ぐ為の方法が現在存在しない。

彼らの事をよく知らない人にすれば、帯電体質とはいえ、近代兵器でなら殺せると思うかもしれない、だが少なくとも、個人携行出来る火力の武器ではまず不可能だ

彼らには意識して抑えない限り常に強力な磁場が発生している、その為銃弾などは全てそれにより弾かれてしまう、手榴弾なども、あれは爆発力より飛び散った破片で傷つけるのが目的の武器の為同様だ。

また、彼らを殺せる武器は、計算上戦車砲などになってくるが、そういった兵器は個人に対して運用する想定ではない為、精密に狙う事が難しく、そして彼らの速度ならば十分効果範囲外に逃れる事も可能なのだ……なにより、計算される損害が、一個人を殺す為に出すにはわりに合わない。

その為、雷人は雷人にしか殺せない、とされている。

だからこそ、政府は雷人達をつかって、テロ行為などをたくらむ雷人の排除を行っているのだ。

そして、この集落は、政府に雇われた雷人達の隠れ里なのだ。

気絶した正一に蘇生措置を施す権を見て、山中は、頃合いか、と呟き腰を上げる。

「権、少し良いかい?」

深明が呼ぶと、権は飛ぶように彼のもとに走ってくる。

「なんですか?」

「お前は、本当の両親の事を探したい、と常々言っていたな。手紙の内容は全て話したはずだが……覚悟は出来ているのか?」

権は、少しだけ思案していたが、深明をしっかり見据えて答える

「……それほど決心が堅いのなら、良いだろう。それでは、ここの研究所を潰して、首魁を捕まえてこい。それが出来たなら、旅をする事を認めよう。」

そういって、深明は地図を渡した。

「正一も連れて行ってあげなさい。」

深明がそういうと、権が端の方で休んでいた正一に地図を見せに行く

「それでは、行ってきます、先生。」

二人がそういうと、信じられない速度で走って行ってしまった。

深明は、その背中を見ていたが、二人の姿が見えなくなると、道場に戻り、自分も何かしら準備を始めていた……



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